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苦い珈琲

作者: natuki
掲載日:2026/04/23

 五百円あれば何ができるだろう。たかが五百円、されど五百円。できることはいくらでもある。

 俺はその金額で珈琲を思い浮かべた。よく行く喫茶の珈琲がちょうど五百円だ。

 俺の足元には一枚の硬貨が落ちている。鈍く、されど黄金の輝きを持つ五百円硬貨。

 俺が落としたわけじゃない。誰かが落としたのだろう。

 それを拾い、眺める。そして思案する。

 これを交番に届けることはできる。さほど離れてもいない。もし届ければ、一日だけ善人の称号が得られるだろう。

 でもそれだけだ。割に合わない。どうせ持ち主に還ることもないだろう。

 俺は五百円玉をポケットに入れた。


 いつもの喫茶店。注文した珈琲はすぐにやってくる。

 芳醇な香りに思わず口角が上がるのを感じる。

 一口飲む。

 爽やかな酸味が口の中に広がる。苦みは少ない。いつもの味だ。

 俺は鞄から本を取り出し開いた。

 小説を読みながら、珈琲を味わう。心地よい時間だった。


 世界が橙色で染まる時間。あと少し経てば辺りは暗くなるだろう。そんな帰り道に俺は子どもを見つけた。

 小学校中学年ぐらいの子ども。半泣きになりながら辺りを探っている。何かを探すように。

 どうしたもんか。声をかけることはできる。しかし不審者扱いされてはたまらん。無視するのが吉だ。

 少し離れて子どもの横を通り過ぎる。

 子どもとの距離はある程度ある。だというのに微かに呟きが聞こえた。

「五百円……」

 ……そういえば此処は俺が五百円玉を拾った場所辺りだ。そして子どもは何かを明らかに探していた。

 証拠があるわけじゃない。だが可能性は高い。

 思案する。だがそれはごく短い時間。

 俺はその子どもに話しかけた。

「ねえ君、なにしてるの?」

 子どもは話しかけられると思っていなかったのか、体を一度震わせる。

「え、あの……えっと……」

 少し怯えるようにこちらを見上げる。

 面倒くさいが俺は視線をできるだけ合わせた。

「もしかして落とし物? なにを落としたの?」

 戸惑っているようだが、少し待てば返事が帰ってきた。

「……五百円玉を、落としました」

 やっぱりか。嫌なことに予想は当たった。俺が拾った五百円玉は十中八九コイツが落としたものだろう。

 最低の気分だ。

「よかったらさ、お兄さんも探すの手伝っていいかな?」

「え?」

「二人で探すほうが効率いいし、すぐ見つかるよ」

「でも、そんな……」

「いいからいいから。じゃあお兄さんはあっちを探すね。君はあっちを探してくれるかな?」

 返事を待たずに俺は適当な場所で探すふりをした。

 子どもは納得がいかなさそうだが、すぐに俺と同じように探し始めた。

 俺と子どもは真反対。必然、子どもは背中をこちらに見せている。

 それを確認した俺はバレないように、財布から五百円玉を取り出した。数分待って、適当なタイミングで声を出す。

「ん、あったよ五百円玉」

「えっ」

 子どもに見せつけるように五百円玉を持つ。当たり前だがこれは俺が拾った五百円玉じゃない。だがそんなことわかりもしないだろう。

 実際、目の前の子どもは何も疑う気配がない。

「はい、もう落とさないようにね」

 子供の手に五百円玉を押し付ける。

「ありがとうございます!」

 心底ほっとしたように子どもは笑顔を浮かべた。

 これ以上関わりたくなかった俺はさっさとその場をあとにした。


 後日、いつもの喫茶店に来た。

 いつもの珈琲、今日は苦みが強かった。

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