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天上の座

「天上の座って、一体何なんですか?天国みたいなものですか?」


「確かに説明してなかったね。まーでも、そんな感じの解釈であってるヨ」


早乙女さんがコロコロで布団の周囲の毛を巻き取りながら答える。僕は床に散らかった空き缶やペットボトルを拾い上げゴミ袋に放り込んでいた。


なぜこんな事態になっているかというと、端的に言えば彼女の部屋は汚過ぎたのだ。落ち着いて話すにはそれなりのスペースと快適さが必要だという早乙女さんの提案で、ひとまずは部屋を片づけることを最優専の目標としたわけだ。


姫柊さんは何か言いたげだったが、汗の匂いがキツいからと早乙女さんが有無を言わさず風呂に強引に押し込んでしまった。


そういうわけで僕の管理人としての初めて仕事はめでたく「すぼらな神の部屋の掃除」になったわけだ。


早乙女さんがコロコロのシートをゴミ箱に入れる。ふわふわとした毛の塊はほこりを吸いつけてしまうようで、手首から先がない左腕で右手をぱたぱたとはたきながら話す。……痛くはないのだろうか?


「本質を木に例えると、ボクらは枝のようなものさ。本質は天上の座にあり、ボクや黒ちゃんはあくまでその一部をこちらに顕現させているってわけ」


「なるほど。てことは『天上の座に帰らなきゃいけない』っていうのは本体の方が弱まっているってこと?」


「本体じゃなくて本質ね、私たちの本質に身体はないから、ここ大事ダヨ。逆に身体のない私たちが現世にとどまるにはそれなりにエネルギーが必要で、それには人間の信仰や崇拝が必要なの」


「ということはつまり……」


「そ。『プラモデルの神様』の信仰が弱まっているから、彼女は自分の身体を維持できなくなってきたってわけ」


「じゃあ僕の仕事ってのは『プラモの神様』の信仰者を増やすってこと?」


「そーだねー。……ただ、信仰を深めるって言ってもどうしようねぇ」


窓の外を見上げながら、早乙女さんが小さくため息をついた。


正直、僕もそう思う。腐すつもりはないが、玩具に信仰心を持つというのは難しい。豊穣や学門みたいな神様なら話は早いのだが。


二人でうーんと悩みながらゴミ袋の口を縛っていると、ドアのすりガラス越しに姫柊さんのシルエットが浮かんだ。


黒い髪の毛と薄桃色の肌のコントラストが二人の視線を強烈に引き付けて、僕らはゴクリと唾を飲んだ。


「き、着替えがないんだけど……」


「あー!そうだよね!今もってくよ!」


早乙女さんがきっと目を細め、覗くなよと僕に伝える。除くわけないから、と僕も返事をして後ろを向いた。


すぐに引き戸が開閉する音が鳴る。布の擦れあう音ですら悪戯に僕を刺激してくるので、作業に集中しようと両手で頬を軽く叩いた。


立てかけてあるクローゼットの方を見る。ペットボトルの細道はこの奥まで続いていた。


しかし姫柊さんのコートやブラウスの隙間に腕を伸ばすと、ペットボトルの滑らかな手触りとは異なるざらざらとした感触が指先に伝わってきた。


「なんだこれ?」


違和感に答えを出すために衣服をかき分けて奥をのぞき込むと、白い壁紙と同じ色の一枚の扉があった。しかし、そこには赤文字で『禁』と書かれた白いお札がその扉の前面に何枚も張られていた。


僕は小さく悲鳴を上げて後ずさり、そのまま尻餅をついた。背中に汗が滲み息が荒くなる。


禁忌――突然そんな言葉が脳裏をよぎる。


もしかして自分は触れてはいけないものに触れてしまったのではないか。お札に触れた指を見る。ぱっと見は変化はない。


見落としがないか爪の奥まで念入りに見ているとき、僕の背中を柔らかいものが叩いた。身体の震えに抗って振り向くと、怪訝な顔つきの早乙女さんがこっちを見た。目が合ったせいか、照れくさそうに彼女がはにかむ。


「なんか怖いものでもみた?お姉さんに話してみ?」


僕は震える指で扉を指した。彼女がその扉を見ると、なんだぁと小さく呟いた。


「それは怖いのじゃないのだから安心して。ボクたち用の鍵みたいな感じだから」


「触っちゃったんだけど、本当に大丈夫……?」


「うん。ボクらにとって人間の作った鍵はあってないようなものだからね。本当に誰にも見られたくないものにはこうするんだ」


早乙女さんが扉を軽く引っ張る。扉はピクリともしない。ほらね、と少し得意げに彼女がこちらを見た。


肩の力が抜けて白いふわふわが僕の身体を後ろから支えた。


「それでも黒ちゃんにとって知られたくないものだろうから、ここを見たのは秘密にしとこうね」


「りょーかい」


その時の背後からごそごそと物音が聞こえた。慌ててクローゼットを整え直すと、僕らは布団の前に並んで座ることにした。


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