■■■の神
「大丈夫だから入っておいで」と早乙女さんが玄関から顔を覗かせるまで、そこまで時間はかからなかった。
緊張しながらも部屋に戻ると、変わらず薄着の黒ちゃん……さんが布団の上に正座していた。すぐ隣に早乙女さんが座って、まるで三者面談をするような様相になった。
「この度は大声を出してご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでしたぁ……」
正座したまま、黒髪の女神が深々と頭を床に擦りつけて土下座の姿勢を取る。早乙女さんはそれがあまり好ましくないようで、ふんすと鼻を鳴らして腕を組んだ。
「黒ちゃん、仮にも神様が人に土下座なんてするもんじゃないよ」
「え、人間なの?」
黒髪の女神がぱっと身体を起こす。クマのひどい彼女の目がぱぁっと輝いたが、すぐにへなへなと身体を床に擦り付けた。
「でも私男の人と話したことないし……襲われるかもしれないし……」
「人なんだから黒ちゃんの方が力強いでしょ」
「た、たしかに……!」
「ま、平坂くんを傷つけたらボクが承知しないケド」
ひぃっ、と黒髪の女神が身体をビクつかせた。名目上は平等といっても実際は小さな序列関係があるのだろうか。
とりあえずこの不思議空間から脱したくなり、僕は会話の主導権を取ることにした。
「えーと、良いでしょうか」
早乙女さんの赤い瞳と黒ちゃんさんの紫色の瞳が、僕の方を見る。
僕が小さく掲げた左手に返事をするように、早乙女さんがふわふわした右手をまっすぐ差し出す。
「ハイ平坂くん、どうぞ」
「まずは自己紹介からかなと思いまして」
「たしかに!」
早乙女さんの耳がピンと立った。
「えと、前任のイワス…ヒメノカミ?様が天上の座に帰られたということで、代わりに管理人を務めることになりました、人間の平坂です。若輩者ではありますが、以後よろしくお願いします」
僕はそう言って、布団の前で二人の女神に土下座をした。直後、僕の頭上から早乙女さんの「ほぅ」という声が聞こえる。
うつ伏せになった心臓が跳ねる。最大限敬意を示したつもりだったが、まだ足りなかっただろうか。
失敗したかもなーと思ってこっそり眉をひそめた時、早乙女さんとは異なる声が頭上から届いた。
「お、面を上げてください」
か細い声につられ、言われるがままに顔を上げた。先ほどまでのおどおどとした黒ちゃんさんとはまるで別人のように、背筋を伸ばし奇麗な姿勢をとっている。……下着姿だが。
「イ、石巣比売神殿の後任を務めなさるならば、存在の格は違えど立場は私よりも上位にあります。恐れながら申し上げますが、過剰な謙遜は却って礼を失すること、お気を付け下さいませ」
「ご助言感謝します。以後気を付けます」
「いえ、こちらこそ差し出がましい真似を。申し訳ございません」
ペコペコしあう僕らの様子が気に入らなかったのか、それとも堅苦しい空気が気にならなかったのか、早乙女さんは一度小さなため息をつくとどこからか大きなしゃもじを取り出して僕らの頭を交互に叩いた。
「堅苦しいのはナシ。管理人という石ちゃんの格と平坂くんが人間な分とで帳消しだから、みんな対等ってことで。次は黒ちゃんが名乗る番!」
「わわわ私ですか!?」
「名乗り返すのが礼儀だからね。もちろん現世での通り名で大丈夫だよ」
黒ちゃんさんが「初めてなんですよ?」と食い下がるも、早乙女さんは腕を組んでその動向をじっと見守った。
少しの間彼女の顔が赤らんだり視線が左右に揺れたりしたが、何回かの呼吸の後に両手で握りこぶしを作ると彼女は口を開いた。
「わっ……私は姫柊、姫柊 彩華です。担当は玩具、と言いますかぁ……」
意を決したのも束の間すぐに姫柊さんは言い淀み、また視線をふらふらと部屋中に泳がせた。彼女の視線の先を追うように僕も部屋の周囲を見た。
間取り自体は通常通り約8畳の正方形なのだが、僕の部屋とは雰囲気は大きく異なっている。先ほどから感じていた陰気さが濃くなったこともあるが、殺風景な僕の部屋とは違って姫柊さんの部屋は大量の物で埋め尽くされていた。
座椅子とPCデスクを中心に、部屋の至る所にアニメや漫画に登場するロボットが所狭しと立ち並び、部屋の隅には平置きの箱が何重にも積み重なっている。壁にはゲームやアニメのポスターが並び、カーテンレールにはタペストリーが取り付けられていた。
部屋の奥、窓に面する方は謎の機械とスプレー缶の密集地帯で、辛うじて見えるちゃぶ台の上には空母のように戦闘機がずらりと並んでいる。
思わず圧倒される。早乙女さんはそんな僕の様子を見て満足そうに頷くと「どうぞ」と言わんばかりに僕に手のひらを差し出す。
「プラモデルの神様……ですか?」
恥ずかしそうに目を逸らしながら、姫柊さんは3回ほど頷いた。そんな彼女の様子や問題に正解した嬉しさよりも、僕は八百万の神様の多様性の方に呆気に取られた。
森羅万象に神が宿るのならばプラモの神様がいたって不思議なことじゃない――が、それと実際に相対した時の感情は全く異なる。それに外見的には完全に人間の女性だし、間取りの異常さえなければ冗談だと思ってしまうところだった。
ぽむっ、と白いふわふわが姫柊さんの頭を叩く。姫柊さんはにへへと嬉しそうにはにかんだ。これが彼女なりのほめる動作なのだろうか。
「それで、黒ちゃんは何が困ってるの?」
早乙女さんの言葉を聞いた途端に姫柊さんの表情が一変し、彼女のスカートに縋り付いた。
「そ、そうでした!大変なんです、このままだと天上の座に帰らないといけなくなっちゃうんです!」
「えぇ~~~~っ!!??」
「は、はぃ……?」
僕を置いてけぼりにするように、早乙女さんは甲高い声を上げた。




