表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/19

早乙女という一柱の神について

僕らを急かすように再び呼び鈴が鳴った。玄関に向かう早乙女さんを追いかけて僕も立ち上がる。


「はいはーい」


早乙女さんが権能で玄関の扉を開く。キィイ、と金属の擦れる音が鳴り、扉の隙間から光がうっすらと差し込んだ。


玄関の先に立っていたのは、スーツ姿の一人の女性だった。黒い髪の毛に上下も黒色で、ジャケットの間からのぞくブラウスと彼女の肌の白さが強調されている。


僕の存在に気づくと彼女はにっこりと微笑んだ。奇麗に整えられた前髪にわずかに目尻が吊り上がった様相からは想像もつかないような柔らかい笑顔で、思わずどきっとしてしまう。


「こんにちは、初めまして」


透き通るような声だ。姫柊さんといいこの人といい、最近ビジュアルが良い人と出会う縁でも有るのだろうか。……早乙女さんはどっちかっていうと可愛い感じだけど。


会釈に合わせてさらさらと流れる髪の毛に思わず目を引っ張られる。まるでお姫様のようだ。僕とは確実に住む世界の違う、学校でもカーストの上位で成績も良いタイプの女性だ。


しかし僕の足元に立つ早乙女さんに気づくと、その柔和な笑みは消えて彼女の眉間に皺が寄る。その冷たい視線は何か汚いもの見るような――まるで放置された生ゴミを見るような、そんな冷たい視線だった。


「あら、貴女もいたのですね」


「君こそ平坂くんに発情した雌犬のような顔をして、一目惚れでもしたのかい?」


包丁で刺すような張り詰めた空気に変わる。とりあえず二人は知り合いらしい。だけどそれならばなぜ早乙女さんの住む102号室ではなくこの101号室に来たのだろうか。


「と、とりあえず立ち話もなんだし中に入るのはどうでしょうか?」 


「すみません、お言葉にお甘えさせていただきます」


張り詰めた空気に耐えかねた僕に貼り付けたような笑顔を返しながら、黒髪の女性は一歩前に進んできた。


「ボクはあまりお勧めしないけどナ」


早乙女さんが僕の脚を踏みながら話す。声色こそ普段通りだったけど、彼女があまりいい気分ではないことは容易に想像がつく。


僕は心の中で早乙女さんに謝罪した。でも仕方ないじゃないか。こういう人って怒らせると怖いんだもん。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「初めまして、秋津平坂さん。私はさかき りんと申します。以後お見知りおきを」


ちゃぶ台の前に座る榊さんが深々と礼をする。お姫様のような容貌に背筋もピンと伸びた奇麗な正座で、ちゃぶ台が本当にミスマッチだ。


「ど、どうも。というかどうして僕の名前を?」


「どうせADAの調査結果でしょ」


湯呑を僕の方にだけ置いて、早乙女さんは僕の隣に座った。


……気まずい。


そっと湯呑を榊さんに差し出すと、彼女は「お気遣いなく」とやんわりとそれを拒絶する。早乙女さんがため息をついて彼女にも茶を淹れた。


ことり、とちゃぶ台に湯呑が置かれる。しかし榊さんは一礼するもそれに眼もくれることなく、鞄からタブレットを取り出した。タブレットの背面には3つの球体が重なったような見たこともないロゴが刻印されている。


「え、エイダってなんですか?」


「Abnormality - Definition - Association の略です。私達の属する 異常特定機構いじょうとくていきこう の頭文字を取ってそう呼ばれています」


榊さんは鞄から名刺を取り出して僕に差し出す。――異常特定機構いじょうとくていきこう 第18支部 精霊部署 研究員 さかき りん。空想的な肩書きと対照的に真剣な彼女の眼差しがミスマッチしていて、まるで特撮映画のワンシーンを切り抜いたようだった。


名刺のロゴと彼女のタブレットのロゴが同じに思えたのでもう一度背面を見ようとしたが、そんなことなどお構いなしに榊さんは話を続けた。


「我々は粒子領域下に置いて低速にも関わらず非ニュートン力学的な挙動をする異常オブジェクトの調査と動作原理の特定およびその保護・観察・管理を行う非営利団体です。あなたに危害を加えるような存在とは違いですのでご安心を」


すらすらと流れるように話す榊さんの言葉は単語単位ではなんとなく理解できたけど、要領を得られなかった。


そんな僕の様子を察してから早乙女さんがうんざりした様子で口を開いた。


「要するに超常現象を特定して管理しようって連中なの。んで神々《ボクら》もその超常現象の枠に入ってるわけ」


「な、なるほど……」


つまり彼らからすれば神様も異常存在というわけらしい。しかしそれなら何故僕の部屋に来たのだろうか。管理するのであれば早乙女さんの方になりそうなのに。


それにわざわざ『危害を加えるような存在とは違う』という言い回しをしたのも気になる。まるで僕の隣に座っているのが危害を加えうる存在だと言っているようなものじゃないか。


自嘲気味に話す早乙女さんに対し、榊さんの感情は全く読めない。真一文字に閉じられた口はプラスとマイナスどちらの意味にも取れるし、先ほどの笑顔と早乙女さんに向けた冷たい視線も理由が見当もつかない以上個人的な感情なのか組織の理念からくるものなのかすら分からない。


「しかし101号室と106号室には相互不干渉という《《取り決め》》はどうされたのですか」


機械的に説明した先ほどの声色とは異なり、明確な怒りの感情を含んでいた。早乙女さんもうんざりした様子で言葉を返す。


「事情が変わったからね。取り決め自体もイワちゃんが勝手に決めたことだったしネ」


はぁ、と榊さんがため息をつく。


「事情とはなんでしょうか。秋津平坂と姫柊彩華の2人と交流されているようですが、人間同士の間に貴方が入る理由は?」


え、と戸惑う僕の膝に間に早乙女さんの見えない手が置かれる。彼女を見ると僕の目をみて小さく頷いた。どうやらADAはまだ姫柊さんが神様だということに気づいていないらしい。


イワちゃんが天上の座に帰ることになって、彼女の代理が必要になったわけさ。それで平坂くんか彩華ちゃんのどっちかに頼もうとしてたの」


石巣比売神イワスヒメノカミ の代理が人間に務まるとは思えませんが」


「人間だからこそ、だよ。ボクら同格の神々では管理者を立ててしまうと格に差が生まれてしまうから。それこそ礼を失する行為だと想像つかないのかい?」


刺すような早乙女さんの言い方に僕は少し驚いていた。彼女がここまで他の人間に敵意をむき出しにすることはこれまで見たことがなかったからだ。


榊さんもそれに臆することなく言い返す。


「しかし、貴女なら他の神々よりも十分格上なのでは?」


「そんなわけないだろう。他の神々を落とすような発言は辞めてくれるかな」


乙子狭姫オトゴサヒメであれば十分格上では?それとも”早乙女”と名乗ることに関係があるのですか――」


乙子狭姫オトゴサヒメ。榊さんがその単語を口にした途端、早乙女さんの全身の毛が逆立ち、部屋の空気が急変した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ