労働と対価
「えーと、今日はこの前作ったプラモの動画を撮ってみたいと思いますー……」
スマートフォンのカメラ機能を使い、姫柊さんが動画を取る。たどたどしくはあるけど、原稿の通り彼女は撮影で来ているようだ。
「こだわったポイントはここの色分けで、作中では簡略化されていますがアニメOPのカットではちゃんと色分けしてたのでそれを再現していますー」
早乙女さんも真剣な眼差しで姫柊さんを見つめている。彼女の緊張が空気を通して伝わってくるようだ。
「肩のマントはキット付属のものを熱して一体成型しています。分割をきっちり埋めればシルエットが様になるので、難しいですが試してみる価値はあると思います」
それからもしばらくプラモの解説が続いたあと、彼女は録画終了ボタンを押してふぅーと息を吐いた。つられて僕らもため息を漏らす。
「と、撮れましたので、平坂くんお願いします」
「りょーかい」
クラウドにアップロードされた撮影データを確認して自分の部屋に戻る。次は動画編集の作業だ。
見よう見まね、ネットで調べながらではあるが、幸い僕には時間がある。早乙女さんにもしばらくはしろうさ商店の手伝いが出来ないことを連絡して、僕は動画の編集作業に手を付けた。
動画が出来るまでの間、姫柊さんは次の動画の内容か別の信仰を稼ぐ案を考える算段になっている。PCの前で両頬を叩く。気合を入れろ平坂、姫柊さんの信仰は今ここにかかっているんだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それから4日ほどが過ぎ――。
テロップの再チェック、カット演出の挿入、BGMと声の音量もOK。エンコードの設定も大丈夫。エンコード開始のボタンをクリックすると、僕は椅子に深々ともたれ込んだ。
この4日間、ずっと似たような画面とにらめっこだった。はじめて使うソフトは勝手もわからないし相談できる相手もいない。ネットの正しいかどうか分からない情報の海をなんとか泳ぎ切って、素人感丸出しだが一応体は成している動画が完成した。
「あ~~~~~終わったぁ……」
伸びをすると身体の色々な骨が鳴った。ずっと座りっぱなしだったし全身がバキバキだ。カーテンを開けると空は真っ暗になっていて、もう8時を過ぎていた。
流石に疲れたな。こういう時はひとっ風呂浴びてさっぱりしたいものだ。そうだ、姫柊さんにお風呂貸してもらおう。そのぐらいの我儘言ってもバチは当たらないだろうし。
106に行くと姫柊さんもやはり起きていた。僕がバスタオルや下着を持っているのを見て察したのか快く迎えに来てくれた。
「ごめん姫柊さん、急に押しかけちゃって」
「いえいえー。こちらこそ手伝ってもらってる身分ですし。シャンプーやソープも好きに使ってくださいね」
「忘れてた……!ありがとう!」
彼女にお礼を言って洗面所に入る。全面木製の洗面所は自然で上品な香りに包まれていた。
木製のカゴに脱いだ服を放り込んでタオルを片手に風呂場の扉を開ける。この前と変わらない、木の香りを含んだ湯気が僕の身体を包み込む。
「やっぱり神様ってずるいなぁ」
入浴前に身体を洗った方がいいよな。シャワーの蛇口をひねる。サーと水が流れる音がして、すぐに半オクターブ低いお湯の音に変わった。
手で温度を確かめる。いい塩梅だ。
頭をシャワーで濡らした時、近くから引き戸の鳴る音が聞こえた。
「え?」
僕が反応する間もなく続いて引き戸が閉まる音がする。ひた、ひた、と濡れた風呂場の床を進む足の音が何度か鳴り、僕のすぐ真後ろで止まった。
じくじくと背中の神経が熱を帯びる。何者かは息をゆっくりと吸い込むと、指が僕の背中に触れた。
「あ、あのー……」
僕の声に返事をするかのように、触れていた指は更に僕の背中に張り付き、僕は彼女の手のひらの感触まで直に感じた。
「姫柊さん?」
「……はい」
「ど、どうしたのこんなところで」
彼女の指が背中から脇、胸へと周り、姫柊さんの身体が完全に密着する形になる。どつどつと音を立てて鳴る心音はどっちの心音だろうか。
とりあえず分かっているのは今僕は理性の危機にさらされているということだけだ。
「ひ、平坂くんは私と対等な立場な関係な以上、動画を編集していただいたことの”対価”を私は支払わなければなりません」
右後ろから彼女の声が聞こえる。やわらかい彼女の全身の感覚が背中越しに伝わってきてそれどころじゃなかった。
「そ、その、対価って」
「お背中……流しますね」
くちくちとボディソープが両手の間で泡立つ音が聞こえる。
少しの沈黙の後、姫柊さんが僕の背中を抱きしめるように身体を重ねてきた。声を出す間もなく彼女の肉体は上下に運動して、ボディソープを潤滑油として僕の背中の上を滑る。
「あ、あの」
「気持ちいいですか?」
背後から僕を抱きしめたまま、彼女の両手が僕の上半身にソープを塗りたくる。人差し指が鎖骨を撫でるように走り、胸板の間を親指が滑る。
「お痩せになっているのですね」
「そ、そうだね。早乙女さんに助けてもらう前は餓死寸前だったし」
「私を管理するお方ならもう少し肥えていただかないと」
彼女の手のひらが肋骨の下、腹筋のあたりを弾く。人差し指でへその奥をほじくられて、僕は身じろぎした。これ以上は本当にまずい。
「あ、あの!もう十分だから、本当に、ありがとね!!」
僕の言葉を気にする様子もなく腰に手を回して、姫柊さんが耳元で囁いた。
「まだ、上半身しか洗えていませんよ」
もう限界だ。そう思った時、お風呂場のドアが勢いよく開いた。冷たい風が急に流れ込んでくる。驚いて扉の方を見ると、白いうさぎが巨大なしゃもじを片手に立っていた。
「さ、早乙女、さん……?」
「不純、異性、交遊ぅ~~~~~っ!!!」
鬼の形相でしゃもじを振り回す早乙女さんから逃げ切れず、僕らは湯船に叩き落された。




