神前会議再び
もう日はすっかり傾いて、空は橙一色に彩られてきた。しろうさ商店の野菜もまばらにしか残っておらず、同じように客足も少しずつ減ってきている。
カラスの鳴き声がこだまするなか、早乙女さんと僕は空になった野菜の籠を片付けていた。
「今日はありがとね、そろそろ店仕舞いにしようか」
「了解です、店長」
「変な呼び方はやめてよぉー」
彼女の指示に従い、余った商品や値札を回収していく。段ボールに粗方詰め終わると、それを持ち上げて再び荷台へと戻していく。
最後に店の電気を消すと、早乙女さんがふぅと息をついた。
「お腹すいたね、帰ってご飯にしよう!」
正直、僕も限界だった。朝から何も食べていなかったし、身体をここまで使うのも久しぶりだった。
軽トラに二人で乗り込んで、早乙女さんがエンジンをかける。
「今まで一人で商品取ったりお金の計算もしなきゃいけなかったから大変だったんだよ~」
僕は今日ずっと頭に引っかかっていた疑問をぶつけることにした。
「でも、これで信仰が稼げるだなんて、やっぱり信じられないんだけど……」
それを聞いた早乙女さんがふんすと一度鼻を鳴らした。彼女はそのまま軽トラを発進させながら僕の右肩を叩く。
「ねぇねえ、これ見てよ」
「え?」
運転席の方を向くと、早乙女さんがしてやったりという表情でこちらを見ていた。左手を見せつけるように僕の方へと向けて、ふさふさとした白い毛に覆われた指を何度も開いたり閉じたりしている。
「左手が生えてる……!?」
「そう!これが信仰が溜まった証拠だっ!」
「す、すごい」
「ふふん。人間が神を疑うだなんて千年早いんだよ」
どうだ敬えと言わんばかりにふんぞり返っているが、チャイルドシートの上で言われてもなんとも説得力に欠ける。
しかし実際に左腕は生えている。これは僕にとっても大きな収穫だ。僕は小さくガッツポーズをしながら、心の中で早乙女さんに感謝した。
「う”っ……♡」
突然となりから嬌声が聞こえてくる。頬を赤く染めた早乙女さんがこちらをに睨んできた。
「運転中はそういうことやめてって、本当に危ないからぁ……♡」
ちょっと理不尽だと思ったが、運転してもらっている立場でもあるし彼女の言葉を甘んじて受け入れることにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「じゃあ、これ今日のお給料ね」
玄関の前で早乙女さんから一封の茶封筒を渡された。中には何枚かの千円札が入っている。
僕は彼女にそれを突き返した。
「そんな、もらえませんよ。ご飯も頂いている立場ですし」
「そうはいってもボクと対等な立場な以上、手伝ってもらった対価はちゃんと受け取ってもらわないと困るよ」
返そうとする僕の手にさらに手を重ねて、彼女は僕の目をじっと見つめた。
「ボクの信徒になって奉仕してくれるってなら話は別だけどネ」
早乙女さんは冗談のようにさらっと話すが、これは多分中途半端に同意すると取り返しのつかないことになるだろう。
二日間過ごしてきて少しずつわかってきたが、これは早乙女さんの悪い癖だ。さも当然かのように人生をひっくり返す選択肢を並べてくる。生のスケールが違うせいかもしれないけど、それでも時たま返答に戸惑う瞬間がある。
「じゃあボクはご飯の準備してくるからちょっと待っててね」
「あ、姫柊さんも呼んでも良いですか?」
「んーーーーまぁ、平坂くんが言うなら……」
早乙女さんはぶすーっと頬を膨らませたが、一応許してはくれたようだ。もしかすると早乙女さんのご飯は結構特別なものなのだろうか。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「じゃあみんな手を合わせて」
土鍋を囲んで3人が手を合わせる。
「「「いただきます!」」」
「今日はちょっと肌寒かったから、お鍋にしてみたヨ!」
卓上ガスコンロの上でぐつぐつと野菜が音を立てて、僕はあふれ出すつばを伸び込んだ。白菜や長ねぎ、ニンジンにしいたけなどの基本の食材から、マイタケやせりといった変わり種もある。
ニコニコしながら早乙女さんが取り分ける。スープは顎だしがベースで、鳥ガラの風味も仄かに感じる。美味しい。上品だけど濃厚な味付けだ。白米を運ぶ手が進む。
野菜もそれぞれの味がシッカリと感じるのに喧嘩せずにするりと口に入るのは、煮込み時間の調整が取れているからだろうか。
「今日は平坂くんも手伝ってくれたので、ビールもあります!」
「おぉーー」
姫柊さんが嬉しそうに拍手をした。銀色のロング缶の蓋が破裂音を鳴らし、白い泡がプルタブの周囲に広がっていく。
姫柊さんが嬉しそうに「かんぱーい」と缶を突き出してくるので、僕も自分の缶を突き合わせた。ぽこ、と間の抜けた音がして、僕らは缶に口を付けた。
酒を飲むなんていつぶりだろうか。疲れた身体にアルコールが吸い込まれていく。
「それでそろそろ黒ちゃんを呼んだ理由を聞かせてもらおうかなー」
早乙女さんはビールを片手にしながら左右に揺れている。もう酔いが回っているのだろうか。僕と目が合うとにへへと口をにんまりと開けている。
「あ、はい。信仰を増やす為の手段として、姫柊さんにも早乙女さんのように働いてもらおうと思って」
「絶対嫌です」
姫柊さんが食い気味に否定した。
「でも、働いてお賽銭を貰うのが一番確実そうなんだ。ほら、早乙女さんだって左手が生えてて」
「わぁっ、急につかむな」
早乙女さんの腕をつかんで見せても、彼女は首をぶんぶんと横に振る。
「働くだなんて、死んでも嫌です~~~~~~~~!!!」
姫柊さんが渾身の声量で叫び、部屋を飛び出した。




