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初めての依頼

僕らが住む初春荘はつはるそうは特段豪華でもなく極端にボロついたわけでもない、よくある「普通の一人暮らし向け物件」といったようなアパートだ。当初は緑色の屋根がチャームポイントだったらしいが、今では凡庸な装飾の一つでしかない。間取りもよくある1Kといった感じで、家賃の割に二口ふたくちコンロを置けるのが数少ない特長だった。


オートロックなど当然あるわけがない。吹きっさらしのコンクリートを踏みしめて、僕の住む101号室のちょうど真反対、逆側の端の106号室へと向かっている。


昨日までは然したる光景ではなかった。隣人に興味も湧くこともなく、無駄に朝日が来ないことを祈るだけの毎日が続くはずだった。


そんな僕が今は外に出て、住人の手助けをしなければならず、しかも相手は神様らしい。隣で不安と期待が入り混じったような表情で見つめる白いうさぎの獣人――獣神というべきか?――の早乙女さんの存在が、その非日常が現実だとありありと示している。


「106号室の子は八百万の神々《ボクたち》のなかでも若いでね。人間にかなり近いから平坂くんも話しやすいと思うよ」


「それは助かるけど、”若い”ってどういうことなの?」


「最近できた概念を司る神だから、そもそもの年齢が若いってこと」


自分でも思いをはせる。最近できた概念……SNS?イジメ?それとも……。嫌なことばかり浮かんできてしまうのは僕の良くない癖だ。


そんな様子を察してからか、思考を遮るように早乙女さんが口を開いた。


「何の神かは会ってからのお楽しみでー。悪いじゃないから、仲良くしてあげてね」


「りょーかいっす」


106号室は、外から見る限りはボクの部屋と同じだった。綺麗ではないが汚いというほどもない金属の扉にはのぞき穴がついていて、鍵も一応二重にかけられるようになっている。


しかしそこはかとなく陰鬱な気が漂っているように感じる。それが住んでいる神様由来のものなのか、単に僕の陰気がドアから跳ね返っているだけかは分からなかったが。


早乙女さんはお構いなしに扉を叩いた。


「黒ちゃーん、入るよー」


ノータイムでドアノブをまわしてのしのしと奥に進んでいく。小さいはずの早乙女さんの背中が今は大きく見えた。しかし僕の足は玄関で止まり、彼女に続くことができなかった。


部屋の様子が僕のものとあまりに違い過ぎるのだ。玄関の先のキッチンですら8畳以上あり、ここだけで暮らせてしまうほどだ。その奥、ガラス戸の向こうにも同じように空間が広がっているようで、確実に僕の部屋より広い。


「どしたの?」


「あいや、やけに広いキッチンだなと思って」


「神様だからね。自分の眷内りょういきの拡張ぐらいお手のものだよ」


「じゃあ早乙女さんの部屋もこんな感じなの?」


「ちょっと他の子たちより広いぐらいダケで、普通だよ」


早乙女さんは目を合わせない。これ以上は触れないほうがよさそうな気がする。


気を取り直してキッチンへと踏み込む。大丈夫、早乙女さんも入れているんだ。


玄関から感じていた陰気は気のせいではなかったと確信した。昼だというのにガラス戸の向こうは暗く、奥の様子がどうなっているか視認しづらい。異質な空間だということだけは本能で感じられる。


奥でかろうじて人影が動くのが見えた。やはり何かいる。


「黒ちゃんだいじょーぶー?」


緊張で全身が強張る僕をよそに早乙女さんは戸を思いっきり引いて開ける。僕の覚悟を裏切るように、奥には一人の女性……正しくは一柱の女神が情けなく布団の上に寝そべっていた。


たしかに外見は人間に近い……というか見た目は完全に人間だ。なんとなく彼女が纏う雰囲気は人間離れしているような気がするけども、四肢はすらりと伸びて肌も見えているし、動物を想起させるような耳や鼻もなく人間と同じような顔立ちだ。


黒く長い髪の毛は艶々と光沢を帯び、肩から背中までうねりを付けながら布団へと広がっている。


……にしても無防備というか、春先にしては薄着が過ぎないか?女神だから美貌というか、女性として理想的な姿をしているのは納得できる。しかし彼女の長く伸びた前髪の隙間から覗かせるクマの大きな片目の不安そうな表情とはかけ離れているような服装は、扇情的というよりも不可解さの方が勝ってしまう。


――というかもしかして、今目が合っている?


「ひぃぃぃぃぃいいいいいっ!!!」


黒ちゃんと呼ばれた女性が顔を枕にうずめて、大きな悲鳴を上げた。


「わぁっ!」


「おぉおぉぉおおぉお男がいるぅぅぅううううっ!!!」


とりあえずこの場は早乙女さんに任せて、僕は玄関に向かってダッシュで逃げだした。


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