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異世界配信中。幼馴染みに捨てられた俺に、神々(視聴者)がコメントしてくるんだが。  作者: 葉月


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第9話 あなたの人生を配信しますか?

 エマと別れ、娼館の扉を背にした瞬間、外気は刺すような冷たさで頬を撫でた。

 酒と香の混じる濃密な空気から抜け出した途端、夜明け前の街はやけに静かで、やけに広かった。


 当てもなく歩くうちに、気づけば俺は街の中央――王都の心臓と呼ばれる大聖堂の前に立っていた。


 巨大な扉に手をかける。

 ゆっくりと押し開いた瞬間、胸の奥がきゅっと縮み、呼吸がひとつ浅くなる。


 ――圧倒される、とはこういうことか。


 世間では「神聖」「王都の象徴」と持て囃される場所だが、実際に足を踏み入れたこの瞬間、そのどれもが薄っぺらく思えるほどの気配が満ちていた。


 天井は遥か遠く、闇と光が交わる境界のように高く聳え、

 ステンドグラスを透かして降り注ぐ七彩の光は、空気そのものを染め上げていた。

 ひと息吸うだけで胸の奥に重い響きが宿る。まるで心臓そのものが儀式の参加を強要されているかのようだった。


 靴音が石床に響くたび、背筋がこわばる。

 歩くほどに、見えない誰かに値踏みされているような落ち着かない感覚がつきまとった。


 祭壇の前へ辿り着いたとき、自然と膝が折れた。

 誰に命じられたわけでもない。ただ、そうしなければならないと思わされた。

 この空間において直立でいることの方が、むしろ無礼に思えた。


 ――祈る……いや、試すだけだ。


 初めてを教えてくれた女――エマの助言が脳裏をよぎる。


『愛子の近くに長くいたんなら、ロイドも女神様に顔を覚えられてるんじゃない?』


 エマの説明では、愛子とは女神の寵愛に選ばれた十二人――聖堂十二宮のことを指すという。

 女神といえど世界中のすべての人間を見続けることはできず、

 “目を向け続けられる者” はわずか十二人。

 その十二人のひとりが、幼い頃から隣にいたユリアナだった。


 ならば、その傍らに居続けた俺も、女神とやらに認識されている可能性はある――

 というのが、エマの論だ。


 心底どうでもいい理屈だと思ってきた。

 ユリアナが王都へ連れて行かれたあの日から、俺は女神に祈るのをやめた。

 何が女神だ。何が寵愛だ。そんなもの知るか――ずっとそう思っていた。


 それなのに。


 “あのユリアナに見下されて終わる”

 それだけは、どうしても飲み込めなかった。


 何より――あのハヴィスという男。

 言葉にできない嫌悪が、胸の奥で鈍く渦巻いていた。

 理由なんて無い。ただ気に食わない。

 ユリアナの腰に手を回したことも……いや、それは多少あるかもしれないが。


 とにかく、馬鹿にされたまま終わるのは御免だった。


 ――どうか、この俺に知恵と力をお与え下さい。


 祈りの言葉は、思っていた以上に素直に口をついて出た。

 これが人生最後の祈りだ。二度とこんな真似はしない。


 そう心の中で区切りをつけた、その瞬間だった。


「!?」


 目の前の空気が震えた。

 次いで、そこにあり得ないものが浮かび上がる。


 ――光の玉。


 白でも金でもない。

 幾重にも色を帯び、かすかに鼓動するように脈打つ“光”が、俺の目の前に現れたのだ。


「な、なんだこれ……?」


 立ち上がった瞬間、冷たい石床の感触が足裏を刺す。

 聖堂内は早朝の静寂に沈み、俺以外の気配はない。

 にもかかわらず、眼前には、ありえない“光”が浮かんでいた。


 脈打つたびに柔らかく膨らみ、また縮む。

 まるで犬や猫が尻尾を振るみたいに、俺へ「触れ」と促してくるようだった。


 怖い。

 だが、それ以上に――気になった。


 逡巡はあった。

 けれど、好奇心というやつは、いつだって理性の襟首を掴んでねじ伏せる。


 俺は、人差し指をそっと伸ばした。


「うわぁっ!?」


 触れた瞬間、光が弾けた。乾いた破裂音を残し、散り散りに霧散する。

 すぐあとに、光の粉の中から“文字とも絵ともつかぬ何か”が浮かび上がった。


【々〆〒=%#^\〒々】


「なんだ、これ?」


 理解できるはずがない。

 だというのに――目を凝らすと、不思議なことに、意味が頭へ流れ込んでくる。


 知らないはずの文字が、読める。


【あなたの人生を配信しますか?】

【はい/いいえ】


「なんだ、これ……」(二回目)


 俺の人生を、配信?

 配信ってなんだ。

 この世界にあるどんな辞典をひっくり返しても出てこない言葉だ。

 それなのに何となく理解できてしまう自分が、いちばん気味が悪かった。


 どれほどその光の文字に見入っていただろう。

 ぼんやり立ち尽くしているうちに、ステンドグラスの色が濃さを増してきた。

 遠くから規則正しい足音が響く。朝の祈りに来たシスターたちだろう。


 ――見られたら、まずい。


 直感的にそう思った。


 七日間も門前で座り込みを続けた“厄介者の農民”。

 そこに得体の知れない光と奇妙な文字。

 これを見たら、人はどう思うか。


 ――悪魔と交信する異端者。


 間違いなく、そう断じられるだろう。

 俺だって逆の立場ならそう思う。

 それほどまでに、この光は、この状況は、世界の理から外れていた。


 足音は近づき、もうすぐこの場を満たす。


「ああ、くそっ!」


 唇を噛み、俺は半ばヤケになって光の選択肢へ指を伸ばした。


【あなたの人生を配信しますか?】


 ――考える余裕なんて、もうなかった。


 俺は【はい】を選んだ。

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