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異世界配信中。幼馴染みに捨てられた俺に、神々(視聴者)がコメントしてくるんだが。  作者: 葉月


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第8話 守るべき人 ユリアナ視点

「……ハヴィスさま」


 名を呼んだ途端、胸の奥で何かが跳ねた。思わず二歩、後退る。


 ハヴィス=リーデン。

 王国を支える四大公爵家の嫡男にして、私やパウラと同じく【女神の愛子】として選ばれた存在。

 眩いほど完璧な立場と血筋、少女たちの憧れを一身に集める人物……そのはずなのに、目の前の青年はどこか影を宿して見えた。


「驚かせるつもりはなかったんだ。……すまない」


 低い声音は深く落ち着き、胸の奥に静かに沁みていく。


「い、いえ……」

「ただ、二人の声が聞こえてしまってね」


 困ったように眉を下げ、そのくせ罪悪感を感じているらしい温かな微笑を向けてくる。


 ――好きな人と……ロイドと一緒にいたいの!


 その瞬間、先ほど自分が叫んだ言葉が脳裏に蘇り、頬から火が出るほどの羞恥がこみ上げた。


「ハヴィスも止めてよ。この子、本当に馬鹿なのよ?」


 背中越しに、パウラの乾いた声が刺さる。

 ぐさり、と胸に突き立つ。否定できないから余計に痛い。


「いつまでも部屋の入口に突っ立ってないで、入ったら?」


 パウラが小さく肩を竦める。


「淑女方の部屋に入ってもいいのだろうか?」


 ハヴィスさまの視線が、すっとこちらへ向けられる。

 礼儀正しい問いなのに、一国の重みが宿るようで、背筋が自然と伸びた。


 言葉が出ずにあたふたしていると、パウラが呆れたように、


「ハヴィスはあんたに聞いてんのよ?」


 と肘でつついてきた。


 ちらりとハヴィスさまを見る。

 優しい。まるで、こちらが泣きそうになるのを知っているかのように優しい微笑だ。

 その慈愛は、私が幼い頃に見上げた神父様の笑みにどこか似ていた。


「ど、どうぞ……」


 ようやく絞り出した声に、ハヴィスさまは軽く頭を下げて部屋に入った。


 白を基調とした清潔な部屋が、まるで彼の存在を迎える準備をしていたかのように静まり返る。


「それで、何があったのかな?」


 柔らかい声に促されるが、私はぎゅっと口を噤んだ。

 “貴族なんかと結婚したくない”など、公爵家の嫡男を前に言えるはずがない。

 喉の奥が痛むほど緊張し、うつむいたまま固まる。


 代わりに、パウラが肩をすくめて言った。


「さっきのあんたの叫びよ。故郷の恋人だの、結婚したくないだの……全部ね」

「パウラ! そ、それは……!」


 顔の熱がますますひどくなる。

 けれどハヴィスさまは私を責めることも笑うこともせず、ただ静かに話を聞いてくれていた。

 沈黙の中に、不思議な温度があった。


 そして、すべてを聞き終えた後、彼はわずかに眉尻を下げて、


「それは……まずいね」


 と、苦笑した。


 その苦笑には、揶揄も嘲りもない。

 ただ、どうにもならない現実を前にした、一種の憐憫のようなものが滲んでいた。


 その顔を見た途端、胸の奥に沈んでいた不安がじわりと形を取り始める。


 ――ああ。私の願いは、思っていたよりずっと厄介で、重く、逃れがたいものなのかもしれない。


 そんな予感が、ひどく冷たく心に落ちた。


「それは……どういう意味でしょうか?」


 私の問いが空気に触れた瞬間、室内の温度がひどく冷えたように感じた。

 ハヴィスさまは、顎先に添えた指を微動だにさせず、ただ一点を見つめて沈黙し続けた。


 まるで、今から告げる言葉を慎重に選ばなければ、

 この世界そのものが音を立てて軋み、崩れ落ちるとでも言いたげな沈黙だった。


 いや、違う。

 崩れ落ちるのは“世界”ではなく――私だ。


 やがて、彼はゆっくりと視線を上げた。

 その目は驚くほど静かで、凪のように揺らがず、それゆえに底知れない冷たさを帯びていた。


「……ユリアナ。たとえば、の話だ」


 低い声が、床下から湧き上がるように響いた。


「一国の姫君が、名もなき農夫などという下賤の青年と恋に落ちたとしよう。

 さて、その男はどう扱われると思う?」


 ハヴィスさまは微笑んだ。

 しかし、それは人が安堵するための笑みではない。

 事実を語る者の、残酷な確信の笑みだった。


「祝福される? 王城へ迎えられる?

 ――そんな未来、存在しないよ」


 声は淡々としていた。脅すような響きは一切ない。

 だが、淡々としているからこそ恐ろしい。


「農夫は、誰の耳にも届かぬ場所で、静かに“消える”。

 それが歴史の理だ。

 王族と庶民の間に横たわる深い溝は、恋ごときで埋まるものではない。

 権力は、必要とあらば迷いなく個人を切り捨てる」


 その言葉のひとつひとつが、冷たい刃物のように心臓へ刺さった。

 息が浅くなる。


「さらに――君は“愛子”として聖堂十二宮に選ばれようとしている。

 女神の意思を地上で体現する役だ。

 そんな君が、授かった使命を捨てて恋に奔ったとすれば……」


 ハヴィスさまは姿勢を変えることもなく、静かな声音のまま続けた。


「君は異端者だ。

 そして――異端者を生んだ土壌、すなわち君の村もまた“異端の温床”と見なされる」


 朗読するように淡々と、

 しかし逃れようのない判決を宣告する死刑執行人の声だった。


「処罰は、火か、剣か、断罪の儀か……。

 誰もが目を背けるだけで、そうした《粛清》は歴史の裏側でいくらでも行われてきた」


 その言葉が落ちた瞬間、膝ががくりと震えた。


「……村が……どうして……?」


 かすれた声が漏れた。涙がにじむ。

 ハヴィスさまは、私の反応を観察するように、ほんのわずかに首を傾けた。


「君は、愛しただけ――そう思っているね?」


 否定する前に、彼は続けた。


「だが、君はもう“ただの少女”でいることを許されない。

 愛子という存在は、人の情よりも神の摂理に縛られる。

 君の選択ひとつで、大地が救われることもあれば、滅びることもある。

 そのくらいの立場に立とうとしているのだよ」


 彼は微笑みを深めた。

 その笑みは、美しく整っているのに――底知れず恐ろしかった。


「ロイドという少年が“消える”未来は、決して特別なものではない。

 むしろ、最も穏当な処置かもしれないね。

 世界の秩序を保つための、ほんの小さな犠牲だ」


 胸の奥が冷たく、痛い。


「ロイドが……殺される……?」


 呟くと、ハヴィスさまは静かに瞬きをした。


「言葉を選ぶなら“処理される”だね。

 君と関わったがために、不要な火種となる前に」


 声色に一片の情もなかった。

 それが何より恐ろしい。


 愛子に選ばれるというのは、祝福ではなかったのか。

 なぜ私が愛しただけで、村が、ロイドが危機に晒されるのか。


 息が苦しい。

 胸がつぶれそう。

 でも――ハヴィスさまの言葉はまだ終わらなかった。


「ユリアナ。

 これらはすべて、女神様が君に課した“試練”なのだよ」


 穏やかな微笑。

 その奥に、得体の知れぬ絶対的な力が潜んでいた。


「逃げようとすれば、もっと大きな何かが潰しに来る。

 神意に背く者に、逃げ場所などない。

 君は、それほどの場所に立っている」


 言葉も出ず、愕然とする私を見て、パウラは、


「もうその辺にしてあげてよ。ユリアナだって本気じゃなかった、でしょ?」

「……はい」




 しかし――その一月後のことである。

 私は思いもよらぬ形で、ハヴィスさまと大司教さまの会話を耳にしてしまった。


 夕刻の回廊は、人影ひとつなく静まり返っていた。長いステンドグラスから差し込む光が床に淡く色を落とし、その穏やかさがかえって不吉な予兆のように思えた。


 ふと、曲がり角の先から聞こえてくる低い声に、私は足を止めた。


「ふむ……あの下賤な小僧ですか」


 ひたり、と胸が凍りつく。

 血の気が一瞬で引いていき、全身が石のように固くなる。


「ユリアナに自覚させるためにも、早めに手を打った方がいいかもしれないね」


「――――っ!?」


 その瞬間、喉が引き裂かれるような叫びが今にも漏れそうになり、私は慌てて両手で口をふさいだ。

 心臓が暴れ馬のように跳ねる。息ひとつするのも怖く、肺が痛むほど息を殺す。


 足音が近づく気配に、恐怖が背筋を駆け上がった。

 私は影のように壁づたいに身を滑らせ、その場を離れた。

 逃げ出すようにして自室へ戻り、扉を閉めた途端、膝が震えて力が抜ける。


 ――ロイドが、殺される。


 理解した瞬間、視界が揺れた。

 涙があふれそうになったが、必死に堪えた。泣く暇などない。泣いてしまえば、心が壊れてしまう。


 その日から、私は自分の心を締め殺すことにした。


 胸の奥に宿った想いが、誰の目にも触れぬように。

 あの人――ロイドに未練などないと思わせるために。


 私は、彼への手紙を書いた。

 震える指で、簡素で、冷たくて、愛情の欠片もない文面を。


『選ばれた存在の私は、あなたより相応しい人――貴族と婚姻できるらしいです。

 相手はあなたと違って頼りがいある年上の貴族。当然、お金持ちです。

 村へは務めを終えるまで帰りません。お元気で……』


 書き終えた紙を見つめた時、胸の奥で何かがぽきりと折れた気がした。

 でも、それでいい。彼を守るためなら、何だって捨ててみせる。


 ――それでも。


 それでも、彼が会いに来てくれた時は嬉しかった。


 変わらぬ真っ直ぐな瞳、懸命に私の名を呼ぶ声。

 泣きそうな、それでも必死に強がろうとするあの声を聞いた瞬間、私は駆け出し、抱きしめ、何もかも打ち明けたくなった。


 けれど、今はダメ。


 この男――ハヴィスは、必ず大司教に告げ口をする。

 そうなれば、何の後ろ盾も力もないロイドは、ただの「邪魔者」として処分される。


 それだけは、絶対にダメだ。


 たとえ彼を傷つけることになっても。

 たとえ恨まれ、嫌われ、呪われたとしても。


 私はロイドを守る。


 ――この世界の誰よりも強く、深く、唯一残された私のすべてを賭けて。


 帰る家も、自由も、未来も失った。

 残されたのは、胸の奥で静かに灯る、彼への想いだけ。

 これだけは誰にも、例え女神様にだって奪わせはしない。


 その灯火を守るために、私は強くならなければならない。

 奪われたものを取り返すために。

 いつかもう一度、あの畔道で彼と肩を並べて歩くために――。


 私はこの孤独を糧に、必ず力をつける。

 どんな世界であっても、どんな絶望であっても。


 ロイドを守れる私になるために。

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