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異世界配信中。幼馴染みに捨てられた俺に、神々(視聴者)がコメントしてくるんだが。  作者: 葉月


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第16話 理由

「……買ってしまった。」


 武具屋の扉を押し出た瞬間、胸の奥にぽっかりと穴が開いたような心地がした。

 勢いのまま店に飛び込み、店主の言うがまま――本当に、ただ言われるがまま――初心者用のブロンズソードを、八万ギルという大金で購入してしまったのだ。


 腰に下がる革の鞘が、やけに重い。

 刃の重さだけではない。農夫の息子にとって、この重みは“場違い”という烙印にも似ていた。


「……農夫が剣なんて佩いて歩いたら、笑われたりしないかな?」


 街路を歩きながら、そっと周囲をうかがう。

 しかし誰もこちらを気にしていない。

 荷馬車を引く商人も、酒樽を運ぶ若者も、露店の娘も、ちらりとすら視線を寄越さない。


「……まあ、そうか。」


 苦笑が漏れた。

 戦乱が続くこの時代、農夫が冒険者に転じるなど珍しい話ではない。

 みんな生きていくために必死なんだ。他人に構っている暇なんてないのだろう。


 視界の端に、例のチャット欄がふわりと浮かびあがっていた。

 相変わらず好き勝手なコメントが流れている。


 だが――


「無視だ、無視」


 あの嘘つきな邪神どもに、これ以上振り回されてたまるものか。

 耳を貸したところで傷つくのは自分自身。

 信じる心を弄ばれ、期待を裏切られ、笑われるだけ。


 そんなの、もう御免だ。


「剣も買ったし……次は、冒険者ギルドだな」


 自然と声が漏れた。

 冒険者として活動するなら、まずは冒険者登録だ。

 武具屋の店主(強面)から、ギルドの場所は丁寧に教えてもらっている。


 王都東部、商業地区を抜けて南へ十五分。

 東と南の境界近くで、剣とダチョウを組み合わせた奇妙な紋章が掲げられている建物――そこが冒険者ギルド。


 ――勇敢な者よ、世界を駆けまわれ。


 あのマークにはそのような意味があるということを、むかし村に立ち寄った旅商人から聞いたことがある。

 あの時はユリアナと二人、胸を躍らせながら聞いたものだ。


 いつか一緒に世界を旅しよう――そんな青臭い約束を交わしたこともあった。


 まさかこうして一人、冒険者の門をくぐることになるとは、あの頃は思いもしなかった。



 ◆



 冒険者ギルドの扉を押し開けると、途端にむわりとした熱と匂いが押し寄せてきた。


「……す、げぇ」


 酒、汗、革、油、鉄を打つ残り香――

 どれも生々しく、荒々しく、しかしどこか命の匂いがした。


 広いホールには、武装した冒険者たちがひしめき合っている。


 背中に船の帆柱のような大剣を背負う巨漢。

 宝石を散りばめた杖を抱いた、気品漂う女魔法使い。

 片足を椅子にかけ、軽薄な男の胸元へ剣先を突きつける、危険な美しさの女剣士。


 ……修羅場だ。

 冒険者ギルドは、まるで戦場と酒場を丸ごと混ぜて煮詰めたような場所だった。


 噂では荒っぽい連中が集まるとは聞いていたが、想像を遥かに超えていた。

 まるで場違いな草原のウサギが、肉食獣の巣に迷い込んだような気分で、俺はそろそろと歩を進める。


 その瞬間――


 ざわめきが、ぴたりと止んだ。


 杯を掲げていた男の腕も、獣皮の袋を運んでいた女の手も、動きを忘れたかのように静止する。


 次の瞬間、鋭い視線が一斉に俺へ注がれた。

 刺すような視線、観察する視線、値踏みする視線……すべてが重くのしかかる。


「……え、なに、俺……なんかした?」


 心臓がひゅっと縮む。

 まさかギルドに入る作法でもあったのか?

 知らぬ間に不敬を働いた?

 いや、そんなはず……そんなはず……。


 全身が冷える。

 剣を買って舞い上がっていた自分が、途端にちっぽけに思えた。


 ざわ……ざわ……と囁きが広がる。


「おい、見ろ……あれ、男か? 女か……?」

「旅一座の役者だろ。王都に来てるって噂の」

「あー、絶世の美少年らしいな」

「いや、俺は絶世の美少女って聞いたぞ……?」

「で、あれどっちだと思う?」

「どう見ても男装した女だろ」


 ヒソヒソ声が四方八方から飛んでくる。

 全員が俺を品定めするように見ている。


 ――頼むから、放っておいてくれ。


 胸の奥に、不安がゆっくりと積もりあがる。

 場違いなのは最初から分かっていた。


 それでも――


 俺は冒険者になるって決めたんだ。


「あの……」


 ようやく受付カウンターに辿り着いたものの、静まり返った視線に晒された緊張で、喉が砂を噛んだように渇き、言葉がうまく出てこなかった。

 そんな俺の戸惑いを解きほぐすように、受付のお姉さんは、陽だまりのような微笑みを浮かべて迎えてくれた。


「ようこそ、冒険者ギルドへ。ご依頼の受付でしょうか?」

「あ、いや……依頼じゃなくて、その……冒険者になりたいんですけど」


 しどろもどろになりながらも、ようやく言い切る。

 お姉さんは瞬きひとつ、ふわりと睫毛を揺らし、それから俺を上から下まで、まるで宝石の真贋を見極める鑑定士のようにじっと観察した。


「モンスターとの戦闘経験は?」

「ないです。」

「……では、剣術歴はどれくらいなりますか?」

「そんなのないですよ。見ての通り農民なので」

「……では、いま腰に提げている剣――それ意外の武器を扱うということでよろしいですか?」

「いやいや、なんでそうなるの? ちゃんとこの剣を使うけど」

「で、では……戦闘に有利な│権能オリジンをお持ち、という理解でよろしいですか?」

「う〜ん……」


 │権能オリジンなら確かにある。

 だが――あれはどう考えても戦闘向きじゃない。

 邪神たちとのチャットで、どうモンスターを倒せというのか。


「│権能オリジンはあるにはあるけど……まあ、戦闘向きじゃないかな」


 そう答えた瞬間、お姉さんの眉が困ったものを見るようにゆるやかに歪んだ。


「戦闘経験、ないのよね?」

「まったく」

「念のためもう一度聞くけど、誰かに剣を学んだことは?」

「ないです。あっ、でも、昔ユリアナと……幼馴染と木の枝で打ち合った経験ならあります!」

「そ、そう……。で、その腰の剣は?」

「あぁ、これ? さっき買ってきたんだよね。八万ギルもしただけあって、結構いい剣でしょ?」

「……はぁ」


 お姉さんはとうとう頭を抱え、深い深い溜息を洩らした。

 お姉さんは体調が悪いのだろうか。

 きっと日頃から強面の冒険者たちを相手にしているから、気苦労が絶えないのだろう。


「わたしから君にアドバイスをひとつ」

「はい?」

「今すぐその剣、返品してきなさい」

「なんで?」

「冒険者ってものはね、憧れだけで続けられる生業じゃないのよ。

 どれほど凄腕でも、明日の朝には冷たい屍になっている――そんなことが珍しくない世界なの。

 ろくに剣も振ったことのない女の子が踏み込むには、あまりにも危険すぎる」


 その声音には、脅しではない“本気の心配”が滲んでいた。

 甘い夢を追う若者を何人も見送ってきたのだろう。

 二度と戻らなかった者たちの顔が、きっと彼女の記憶には焼き付いている。


「せっかく親から授かった命を、そんな軽はずみに投げ捨てちゃいけないわ」


 真っ直ぐに俺の目を見るその瞳には、慈愛に似た強さが宿っていた。


 けれど、その程度の説得で折れるくらいなら、端から冒険者ギルドになんて来ていない。

 覚悟はもうできていた。


 だから、彼女の言葉の中から二つ、間違いを訂正する。


「何か勘違いしているみたいだけど、俺は男だ。それから――命を粗末にする気なんて、これっぽっちもない」


 静かに、しかし芯のある声で告げると、彼女の瞳がわずかに揺れた。逃げも隠れもぜず、俺はその目を見据える。


「俺は、人生を変えたくて──│冒険者ギルド《ここ》に来たんだ」


 そこで一度息を整え、周囲へ視線を巡らせた。

 静まり返ったギルド内で、冒険者たちの視線が俺に集まっていた。軽蔑も嘲笑もない。ただ、冒険者としての『値踏み』の眼差しだけが、淡々と向けられている。


「ここにいる人たちだって、何かを変えたくて冒険者になったんじゃないのか。どうしようもない現実に抗いたくて、自分はちっぽけな存在じゃないって証明したくて。そのためなら命だって懸けてやるって気概で、冒険者をやってるんだろ」


 声が自然と熱を帯びる。


「俺は確かに、今はまだ弱い。けど……強くなりたいと思う気持ちだけは、誰にも負けない。困ってる誰かを助けるためとか、正義を掲げたいからじゃない。そんな立派な理由、俺にはない」


 一拍置き、胸の底から言葉を引きずり出す。


「俺はただ……証明したいんだ。俺だって、やればできるって!」


 言いきった瞬間、自分の言葉が胸の奥に鋭く返ってくる。

 なぜ俺はここまで来たのか――その理由が、ようやく形を成した。


 ……俺はきっと、気に食わないのだ。


【女神の祝福】を受け、聖堂十二宮に選ばれた彼女に課せられた使命。


 ――魔王を討伐し、世界を救え。


 愛子でなければ世界は救えない。

 聖堂十二宮でなければ魔王は倒せない。


 そんな決まり、誰が決めたんだよ。


 その役目が農夫の息子だったとしてもいいじゃないか。

 ただの平民が、魔王を倒す英雄になったっていいじゃないか。


 愛子は特別じゃない。

 それを証明するためにも、俺が、平民の俺が英雄にならなきゃならない。


 冒険者登録は、その第一歩だ。


 そしていつか、胸を張って言ってやる。


 ――お前は特別なんかじゃない。

 ――平民と結ばれたって、何もおかしいことなんてないんだ。


 ……未練がましい?

 ……他の女を抱いておいて何を言うって?


 うるせぇ!

 娼婦はノーカンだ!

 俺はまだ、素人童貞なんだよ!


 思いのすべてを吐き出し、胸の中の絡まった糸がようやくほどけていく。

 そのとき――


 「いいんじゃないか、冒険者登録させてやっても」


 不意に、受付カウンターの奥から落ち着いた声が響いた。

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