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異世界配信中。幼馴染みに捨てられた俺に、神々(視聴者)がコメントしてくるんだが。  作者: 葉月


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第15話 平凡な人生にさようならを

 ……

 ………

 …………。


「……ん?」


 しばし、言葉を忘れた。


 胸の内側が灼けつくように熱くなり、世界が白く弾け――

 そんな劇的な変化が訪れるものだと、勝手に想像していたのだ。

 いつかのユリアナのように、痛みと光が奔流となって身体を貫き、未知の力が一気に覚醒する……そんな派手な儀式を。


 ところが実際には――


「え、終わり……?」


 画面からふわりと浮かんだ淡い光が、一匹の蛍のように俺の胸へ触れ、

 そして静かに消えただけだった。


 それだけ。

 なんの衝撃も、熱も、痛みもない。


「……いやいや、そんなはずは」


 思わず眉をひそめる。

 こんな頼りない光一つで、人生を変えるような技量が身につくのか?

 握ったこともない剣を、まともに扱えるようになるのか?


 いまさら神々を疑うつもりは毛頭ない。

 だが――実感というやつが、あまりにも薄い。はっきり言って、ない。皆無です。


「……実は、すごいパワーが宿ってたり?」


 半信半疑のまま、ためしに軽く跳んでみた。

 ジャンプ力が急増している……ような気配は、ない。


「まあ……ジャンプ力は剣に関係ないよな」


 ごく常識的な結論に落ち着き、今度は反復横跳びで俊敏性を試す。

 剣士には機敏さが必要だ。ならば――。


「っ……はぁ、はぁ……あれ?」


 呼吸ばかり荒くなり、身体の動きには何の変化も感じられない。

 “実は他人から見たらとんでもなく速い”なんて甘い期待を抱いたが……そんな奇跡が俺に訪れる気配は皆無だった。


「剣士といえば……力だろ!」


 気を取り直し、近くの寝台の端へ手をかける。

 大剣だって扱えるというなら、この程度の家具――軽々と持てるはっ……ゔぅっ!


「――持ち上がんねぇじゃねぇかよ!」


 肩が震え、腕が悲鳴を上げる。

 寝台はびくともしなかった。


 俺は情けなくその場にしゃがみ込み、天井を仰いだ。


 :くそワロタ

 :新人、期待以上に面白いんだがww

 :一喜一憂しすぎて草

 :部屋で何やってんの?www

 :キレ散らかしてるのマジ好き


 画面の向こうから、神々の笑い声が聞こえてくる。


「……うるせぇ……!」


 思わず噛みつくように叫んだその声は、独りぼっちの室内に虚しく溶けた。

 だが吐き捨てた瞬間、胸の奥で何かがぽきりと折れる音がした気がする。


 ――俺は、底意地の悪い邪神どもに見事に弄ばれたのだ。


 その事実に気づいた瞬間、怒りと羞恥が血潮となって逆流し、顔面が焼けるように熱くなった。


「信じてたのに……! 騙しやがって!」


 拳を握りしめる。

 強くなりたかった。

 いや、強くなって――ユリアナを見返したかった。

 その気持ちを、胸の底に必死で押し隠していたが、こうして言葉にしてしまえば滑稽なほど幼い願望だ。


 冒険者として名を上げれば、いつか噂が彼女の耳に届くかもしれない。

 そのときほんの少しでも、彼女の心が揺らいでくれたなら――

 もしかしたら俺の元へ戻ってきてくれるのではないか。


 そんな淡い期待を、俺は抱いていた。


 未練がましい。

 男として情けない。

 百も承知だ。


 だけど仕方がないだろう。

 生まれたときからずっと隣にいた少女を、俺は十六年もの間、ずっと好きでいたのだ。


 あんな酷い言葉を浴びせられても、一日置いて冷静になると、

 ――本当は何か事情があったんじゃないか。

 そんな考えが、脳裏に浮かんできてしまう。


 自分自身に吐き気がするほど愚かだ。


 ユリアナを忘れるためにエマを抱いたというのに……。

 結果はこのざまだ。俺の心には、まだユリアナがいた。


「……はぁ」


 ひとつ大きく息を吐き、俺は力なく寝台に腰を下ろした。

 期待しすぎた分、反動もひどい。胸の奥が空洞になったような虚しさが押し寄せ、一夜にして歳を十も取ったような気分だった。


 ――バタン。


 背中から倒れ込み、古い木天井をぼんやりと見つめる。

 ぼやけた視界の向こうで天井板の節が歪み、人生の行き先が曖昧に揺れているように見えた。


 このまま村へ帰ったとして……俺はどんな顔をして生きればいいのだろう。


 小作人として土地を耕し、

 やがては村長や親に言われるまま、隣村の娘を嫁に迎え、

 平凡で、穏やかで、波風のない家庭を築くのだろう。


 だが、そこに“俺の願った幸せ”はあるのか。


 ユリアナが傍にいてくれるなら――

 そんな凡庸な未来も、きっと悪くなかった。


 けれど、彼女は俺を裏切った。

 迷いもなく、容赦もなく。


 裏切ったのだ。


 そんな彼女のいない村に留まる理由も、もう俺にはない。


 世界を巡る冒険者の生き方――

 住処も縛られず、ただ己の足で道を切り開く暮らしは、いまの俺には、あまりにも魅力的に思えた。


「鍬しか握ったことない俺でも……なれるかな」


 ぽつりと呟く。

 神々に騙された怒りは消えてない。

 だが、だからといって道が閉ざされたわけではない。


 スキルがないなら、一から身につければいい。

 剣のひと振りさえ知らないなら、今日から覚えればいい。


 ――それだけの話だ。


 そう自分に言い聞かせるように、俺はそっと拳を握った。


 ――よし。


 胸の奥に溜まった澱を振り払うように、俺は勢いよく身を起こした。


「考えてたって仕方がない。まずは行動あるのみだ!」


 言葉を口にした瞬間、心のどこかで火が灯った気がした。

 暗い部屋に充満していた陰鬱さが、すうっと霧散していく。


 俺はそのまま扉を開け放ち、階段を駆け下りた。

 朝の宿屋の一階は、旅人たちの気配で温かく、干し草や温かいスープの匂いが漂っている。


「すみません、武具屋までの道、描いてもらえますか」


 受付の娘は驚いたように瞬きをし、それから柔らかく微笑んで、手元の羊皮紙に器用な筆つかいで道筋を描いてくれた。


「ありがとう。助かった」


 俺は腰袋から千ギルを取り出し、そっと差し出す。

 娘はまるで宝石でも受け取ったかのように瞳を輝かせた。


 ……全部、人の金だけど。


 宿の扉へ向かいながら、俺はふと立ち止まり、背筋を伸ばした。


「見てろよ!」


 どこにいるのかも、どんな顔をしてこちらを眺めているのかもわからない神々に向けて、宣言する。


「自力で最強の剣士になってやるからな!」


 言葉は空気を震わせ、胸の内に確かな鼓動を刻み込んだ。


 俺は宿屋の扉を押し開けた。


 外は、陽光に照らされた商人たちの声、荷馬車の軋む音、揚げ油の香り、賑わう人々の声にあふれていた。

 街全体が、生き物のようにうねり、脈打っている。


 片手に地図を握りしめ、俺はその活気の渦へと走り出した。


 ――冒険者になってやる!

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