表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界配信中。幼馴染みに捨てられた俺に、神々(視聴者)がコメントしてくるんだが。  作者: 葉月


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/25

第13話 カップラーメン

【カップラーメン(みそ味)】と記された項目にそっと指を触れると、目の前に淡い光が立ち上がり――


【カップラーメン(みそ味)を取り出しますか?

 はい / いいえ】


 また、この不思議な選択肢だ。

 俺は、迷う理由もなく【はい】を押した。


 その瞬間、配信画面が白炎のように輝いた。反射的に目を閉じた直後――


 ――ばしっ。


「ッてぇええぇ!」


 額に鋭い衝撃。反射的にしゃがみ込み、赤くなっているであろう場所を押さえる。

 床には、さきほどのスパチャのときと同じく、“何もない空間”から投げ出された物体が、無造作に転がっていた。


「……なんだ、これ」


 本日、何度目の疑問だろう。声は自然と漏れていた。

 拾い上げて軽く振ると、ガサガサと乾いた音がする。どうやら、何かが中に詰まっているらしい。


 だが――


「開く場所、どこだ?」


 見渡しても開口部らしきものはない。むしろ精巧な紙でぴたりと封じられ、その紙には細密画のような絵が描かれていた。

 いや、紙だけじゃない。筒そのものにも、驚くほど緻密で美しい絵画が施されている。


 ……わかる。絵心のない俺にだって、これが高名な絵師の手によるものだとわかる。

 そんな品を、神はまるでガラクタでも渡すかのように俺へ投げつけてきたのだ。


 俺の知るクソ女神とは格が違う。

 だけど、これは……一体何に使うんだ?


 :上の紙は蓋だ。半分剥がして中のかやくを麺の上にぶち撒けろ


 蓋……?

 神は、こんな芸術品を蓋扱いするのか……?


 気圧されつつも、俺は震える指で紙をめくった。絵を傷つけないよう、宝物でも扱うように。

 すると――中に“奇妙な乾物の小袋”が入っているのが見えた。


「かやく……これか」


 言われた通り、それを麺らしきものの上へ振り撒く。

 だが、正しいのかどうかは皆目わからない。


「次は、どうすれば……?」


 :まるで原始人で草

 :慎重すぎて逆に好感あるわ

 :カップラーメン開けるのをここまで神妙な顔でするやつ初めて見たwww

 :骨董品じゃねぇぞそれwww

 :腹痛ぇww

 :まあ異世界人じゃ仕方ない

 :ヴェル嬢はそのまま齧ってたしな

 :あれはクソワロタ

 :彼女は脳筋姫だから

 :誰か早く作り方教えてやれ

 :ちなみにカップラーメンは食いもんだぞ

 :まずはお湯持ってこい


「お湯……!」


 雷に打たれたみたいに理解した俺は、カップと呼ばれる謎の容れ物を抱えたまま、部屋を飛び出した。


 階段を駆け下りる足音が、空腹のせいか妙に軽い。

 最初に腹が鳴った時は情けなかったが、いまは違う――


 これは、神々が与えた“試練”なのかもしれない。

 この不可思議な食べ物を完成させるための、崇高なる儀式……かもしれない。


 一階の受付カウンターへ、息を切らしながら全速力で向かった。


「す、すみません! お湯! お湯ってありますか!」


 俺の勢いに圧されたのか、宿の娘は目を瞬かせながらも、湯気の立つ鍋を差し出してくれた。礼もそこそこに受け取り、受付台の片隅で慎重に湯をカップへと注ぎ込む。


 湯が白い蒸気を上げて注がれるあいだ、娘は唇をすぼめ、まるで珍妙な儀式でも見たかのように俺を観察していた。

 だが、気にしている余裕などない。

 これは、天より授かった神饌の調理――一種の神事なのだ。


 湯が溢れぬよう両手でしっかり抱え、俺はそろそろと階段を昇る。

 神々の話では、お湯を淹れて百八十秒――その短い時を待つだけで、カップラーメンなる天上の料理が完成するらしい。


 胡散臭いにもほどがあるが……すでに二度、神の奇跡を見せつけられた後では、疑う方が愚かというものだ。


 問題は時間だった。

 あいにく砂時計を持ち歩いてはいない。数を数えておけばよかったのに、興奮しすぎてそんな知恵は吹き飛んでいた。己の浅慮が恨めしい。


 だが、俺には神々がいる。

 チャットという、天の声を聞く手段が。


 フォークを握りしめ、ちらちらとコメントを窺う。


 :ウチの犬のポチ太みたいで草

 :ちゃんと“待て”してて可愛い

 :初見だけど何この光景ww

 :ポチ太への餌やり配信やん

 :ひどすぎて泣いた

 :めっちゃチラチラしてるの草

 :なんで正座待機なんだよ

 :誰か三分測れ

 :三分経った。さあ食え!


「よし……!」


 蓋をそっと剥がすと、ふわりと湯気が立ち昇り、鼻先を優しく撫でた。


 その瞬間、俺は息を呑んだ。


 なんだ、この香りは。

 土の匂いでも、獣脂の匂いでもない。

 もっと深く、もっと穏やかで、胸の奥をあたためる匂い――まるで母の腕に抱かれた幼い日の記憶のような。


 絵の蓋を傷つけぬよう慎重に外し、中を覗けば、細い糸の束が湯に沈んでいる。


「これを……食べるのか?」


 誰に向けた問いかけでもなく口から漏れ、俺は恐る恐る麺をすくい上げる。


 そして口に運んだ。


 刹那、熱さが舌を刺し――

 その直後、世界が変わった。


「……っ、う、うまい……!」


 込み上げる驚愕に声が震えた。

 味噌というものらしいその汁の味は、深く濃い。だが重くはなく、喉から胸へ染み入り、身体の中心へ向かって静かに沁み込んでいく。


 七日間の座り込み。昨日の彷徨。胸に巣食った痛みと疲労。

 そのすべてが、あたたかな光に溶けていくようだった。


「こんな料理……聞いたことがない。これって……やはり天上の食べ物なのか……?」


 麺をすするたびに香りは広がり、旨味は波のように押し寄せる。

 気づけば俺は、器に引き寄せられるように身を屈め、夢中でフォークを進めていた。


 最後の一滴まで琥珀色のスープを飲み干し、長い息をついた。


「……恐ろしい食べものだ。湯を注ぎ、ほんの数分待つだけで、これほどの……」


 器を名残惜しげに撫でながら、小さく漏らす。


「……もう一杯、欲しい」


 その呟きは、誰に聞かせるでもなく、しかし深い渇望に満ちていた。


 ちらりとチャットへ目を向けると、そこにはひときわ鋭い神の叱責が表示されていた。


 ――“簡単に神の施しを乞うな”。


 胸の奥に冷水を垂らされたような感覚が走る。

 もっともな意見だ、と素直に頷いてしまった自分が少し情けない。


 :もっと旨い食いもん山ほどあるぞ


「本当か!?」


 思わず声が裏返っていた。

 カップラーメンより旨いものが“山ほど”あるという。

 にわかには信じがたい。だが、神々の言葉ならば疑う余地もない。


 一体どれほどの味に到達できるのか――胸がざわついた。

 未知の料理が、俺の寂れた世界に色を塗り直していくような気がした。


 :お前配信者だろ

 :食いたいなら配信者らしく俺たちを楽しませろ

 :つまらん奴に食わせる飯はない

 :不人気配信者は即デリートw


「……配信者、か」


 たしかに、そんなことを言っていた。

 俺の人生を“配信”として神々に晒すのだと。

 つまらなければ、評価は下がり――

 基準値を割った瞬間、死神めいた存在が俺を狩りに来る、と。


 冷静に考えれば、洒落にならない話だ。

 チャット欄の神々が、一瞬、邪悪な化け物のようにも思えてくる。


 だが――


 金もくれた。

 食べ物も降ってきた。

 祈っても知らん顔の、どこぞの女神よりよほど慈悲深い。


 問題は唯一。


 俺なんかが、神々を“楽しませられる”のか。


「……自信、ないかもな」


 ぽつりと漏れた独白に、すぐさまチャットが反応する。


 :少なくとも配信者に選ばれたってことは、お前の人生が面白そうだということだ。自信持て

 :公爵子息に恋人をNTRされたやつなんてそうそういねぇよ

 :そのあらすじだけでチャンネル登録したわw

:有望株で草

:振られたその日に娼婦買って童貞捨てるサイコパス。うん、おもろい

:エロ配信あるなら見る

:欲望丸出しで草

:お前、戦闘経験は?

:エロもいいが、まずは冒険者になれ!


 ――冒険者。


 その言葉に、胸の奥がかすかに震えた。

 幼い頃、憧れた職業。

 だが、現実を知るほどに諦めた夢でもある。


 しがない村の農夫の息子が冒険者?

 そんなもの、死にに行くようなものだ。


 :とりあえずスキル習得しろ!


「あっ、そっか!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ