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異世界配信中。幼馴染みに捨てられた俺に、神々(視聴者)がコメントしてくるんだが。  作者: 葉月


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第12話 コミニケーション

「え、と……とりあえず一番安い部屋で!」


 自分の声が、朝の静寂に満ちた木造の受付に軽く反響し、どこか頼りなげに消えていった。


 現在――俺は神々の声に導かれ、王都北東の宿場街。その一角にある【猫のしっぽ亭】へ辿り着いていた。


 外では、朝靄がまだ薄く残り、馬車の車輪が石畳を軋ませる音が、低く――まるで一日の始まりを告げる鐘のように響いている。


 旅人たちのざわめきも夜の喧噪とは違い、どこか眠気の残る、柔らかな空気に包まれていた。


 受付で鍵を受け取った俺は、逸る気持ちを隠しきれず、半ば駆けるように階段を上った。


 部屋の扉を閉めた直後、淡い光が視界を横切る。

 あの奇妙な“チャット欄”が、朝の陽光に照らされるように浮かび上がった。


 :一番安い部屋ってww

 :朝イチでそれ言うの強いな

 :受付の子、苦笑いしてたぞw

 :逆に好感持てる

 :お前ほんとに金ないの?


 好き放題な物言いに、思わず口の端がひくつく。


 十六年祈り続けても見返り一つ寄越さなかった“女神”なら、文句を百は並べ立てていたところだが、あいにく画面の向こうは金をくれる神々。ここで噛みつくほど俺も愚かではない。


「金ならあるよ。……ほら」


 俺は封筒を取り出し、その中身――札束の厚みを神々に見せつけるように掲げた。


 たちまちチャット欄がざわつく。


 :盗みは感心せんな

 :返してこい

 :憲兵さーん!ここです!

 :明日には豚箱配信だな

 :それ新ジャンルじゃね?www


 あまりの決めつけに、胸の奥がじり、と熱を帯びた。

 確かに俺は平民だが、だからといって即『泥棒扱い』されてはたまらない。


「盗んでないし。貰った金だから」


 :嘘乙

 :そんな大金やるやついねぇよ

 :貴族でも怪しいわ

 :自首してこい

 :豚箱行き確定www


「本当に貰ったんだよ!」


 冤罪はごめんだ。

 俺は仕方なく、この封筒が自分の手に押しつけられた経緯を、最初から丁寧に説明した。


 聞き終えた神々の反応は――相変わらず勝手気ままだった。


 :いや普通叩き返すだろ

 :受け取るなよwww

 :そいつボコる配信したら伸びそう

 :公爵子息が百万ポンとか草

 :相手の女クソ過ぎるだろ

 :別れて正解

 :ざまあ期待www


「一応、貰えるもんは貰っとかないと損だと思ったから……」


 ぽつりと言いながら、寝台に腰を下ろす。

 古いバネがぎし、と沈み、俺の体重だけでなく昨夜の疲れまで受け止めたようだった。


 :で、女に振られて家出中のお前の名前は?

 :そういや、まだ名乗ってなかったな

 :さっきから欠伸ばっかしてるけど寝てねぇの?

 :失恋ショックで不眠症か?

 :哀れで草


「……ロイド。名前はロイドだ。

 べ、別に失恋で寝不足なわけじゃないからな。昨夜は、その……その……初めての……娼館にいたんだ!」


 言い終えた瞬間、胸の内側が、氷で殴られたようにズキリと痛んだ。

 言わなければよかった――。

 そんな後悔が、喉元までせり上がってくる。


 案の定、神々の反応は容赦なかった。


 :振られたその日に女買って初体験とかどこのサイコパスだよ

 :しかも公爵子息から貰った金でなww

 :清々しいほどのクズムーブ

 :ユリアナちゃんが振ったの正解すぎ

 :↑同意

 :いやユリアナも大概だろ

 :どっちもどっち

 :似た者同士の破滅カップルで草


 ――クズ。

 わざわざ指摘されなくたって、そんなこと自分が一番知っている。


 けれど、あのとき。

 あの薄暗い娼館の部屋で、優しく抱きしめてくれた彼女がいなければ――

 俺の心は本当に壊れていたかもしれない。


 それほどまでに、ユリアナは俺の“すべて”だった。


 冷たく、見下すようなまなざし。

 最後に向けられた、あの絶望的な距離感。

 思い出すだけで、胃の底がぐらりと揺れ、喉奥から酸っぱいものが込み上げてくる。


「……っ」


 本当は――

 本当は、初めての相手はユリアナがよかった。

 ユリアナの初めても、自分でありたかった。

 触れたかった。

 抱きしめたかった。

 ユリアナとしたかった。

 ……したかった。したかったんだよ! ちくしょう!


 でも、その願いはもう叶わない。

 あの瞬間に壊れたものは、もう二度と戻らない。


 忘れるために、別の温もりで前へ進むしかなかった。

 それが最低な行為だったとしても……。


 ――彼女はもう、届かぬ場所へ行ってしまったのだから。


 ぐぅ〜。


「あ……」


 こんなにも胸が締めつけられているのに、腹だけは正直だ。

 思い返せば、きちんとした食事をしたのは一週間以上前。

 座り込みの間もほとんど口にしていない。

 空腹に気づいた途端、それは暴力のように全身を襲った。


 :性欲も食欲も全開で草

 :どうせ幼馴染みに会うために何日も食わずに突っ走ったんだろ

 :若さゆえ、だな

 :見た目まだガキなんだから飯は食え

 :その宿、ルームサービスあんの?

 :あるわけねぇだろw


「るーむ……サービス」


 神の言葉は時折、まるで異国の呪文のようで理解できない。


 それより、腹が減った。

 市場に行くのは面倒だし、まずは宿の人に何か食べ物がないか聞いてみるか。


 そう思った矢先、ひとつのコメントが目に飛び込んできた。


 :メニューからファンBOX開け。神の施しじゃ


「……?」


 半信半疑で【メニュー】を開き、指示通りファンBOXの項目を押す。


 すると――

 つい先ほどまで空白だったはずの画面に、見慣れない単語が浮かび上がった。


【カップラーメン(みそ味)】


「カップ……ラーメン……?」


 またひとつ、この世界の理から外れた、謎の語句が俺の前に立ちふさがった。

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