第11話 スーパーチャット
「……そう、だな。まずは【ポイント交換所】とやらを確かめておくか」
思考はとっくに限界に達していた。
“配信”だの“追跡者”だの、理解の外にある語ばかりで、俺の脳は疲弊しきっている。
だが視界の端を流れる淡い光の文字は、まるで神託のように――いや、悪魔の囁きのように――
【とりあえずポイント交換所を確認しろ】
と静かに命じ続けていた。
考えることをやめた俺は、その指示に身を委ねた。
【ポイント交換所】
スキル習得
アイテム交換
「スキル、ね……?」
耳慣れない単語だ。
だが迷っていても始まらない。
俺はおそるおそる【スキル習得】を開いた。
すると、石板にはぎっしりと項目が並んだ。
剣士 10p
剣の扱いに長ける。
槍士 10p
槍の扱いに長ける。
弓士 10p
弓の扱いに長ける。
斧士 10p
斧の扱いに長ける。
拳士 10p
拳での戦闘に長ける。
薬草知識 5p
薬草と毒草の見分けがつく。簡単な治療薬を作れる。
瞬歩 10p
地面を蹴る力が増し、短距離の加速が可能になる。
暗視 20p
ほとんど光のない場所でも見える。
無呼吸活動 10p
二分間の全力行動が可能になる。
威圧 10p
格下の相手を怯ませる。
魔法適性 50p
魔法が扱えるようになる。
――etc
「……鍬しか握ったことのない俺でも、これで剣士になれるってわけか」
不思議と笑いが漏れそうになった。
胡散臭いにもほどがある。
剣も槍も、鍛えれば何とかなるかもしれないが……魔法適性?
そんなもの、│権能がなければ不可能だ。
俺のような農民が、スキルとやらを購入しただけで魔法を扱えるなんて――どうにも夢物語が過ぎる。
「……まあ、一応アイテムの方も見ておくか」
気持ちを切り替え、次に【アイテム交換】を開く。
【術スクロール一覧】
【火槍】【風刃】【土壁】【水癒】【幻光】【闇霧】
【癒(小)】【癒(中)】【癒(大)】【解呪】【転移(小)】――etc
【道具一覧】
【回復薬】【解毒薬】【万能薬】【魔力回復薬】
【スタミナ薬】【睡眠薬】【爆裂瓶】【煙玉】
【祝福のオイル】【魔封じの札】【護符】【光の石】――etc
こうして眺めていると、まるで旅商人の荷馬車の中身を覗いているようだ。
だが、どれも通常では滅多に手に入らない貴重品ばかりである。中には聞いたこともない物まである。
次に確認したのは、石板の端に刻まれた【現在の順位】という項目だった。
──【現在の順位――】
そこには、虚無のように何も記されていなかった。
薄く光る枠だけが、空っぽのまま虚ろに浮いている。
続いて【イベント情報】なる欄を開くと、こちらは素っ気なく【準備中】の三文字。
何を準備しているのかすらわからない。
「……なんのこっちゃ」
思わず声が漏れたその瞬間、石板の表面を淡い光の文字が走り、勝手に文が流れ始めた。
:新人は今シーズンのランキング不参加
:お前は次のシーズンからな
:イベントは不定期開催
:イベ来てから準備してたら遅いから今のうちに準備しろ
:ところでお前、戦える?
問いかけるような文言に、俺は思わずキョロキョロと周囲を見回し、最後に人差し指を自分の顔に向けた。
「俺……?」
:お前以外に誰がいんだよww
:これ、お前の配信画面だぞw
:のんびりスローライフとかやったら即デッドライン行きだかんな
:戦えるなら冒険配信一択
:戦えなくてもそれしかない
:そもそもスキル習得はそのためにあんだわ
:エロ配信者って選択肢もあるぞww
:個人的には見たいけどオススメはしない
:前のエロ枠、イベントで首チョンパされてたしww
:戦えないとタゲられたとき終わるからな
:でも新人は視聴者いないから、最初はエロ釣りして集めんのも手
……視聴者?
だから何だよそれ。いや、そもそもこれは誰が書いているんだ?
「悪魔……とかじゃないよな?」
:あ~これは即デッドラインの匂い
:まだ理解してないっぽい
:無理もねぇけどな
:仕方ねぇ、説明してやるか
:だな
石板の文字は、こちらの思考を読んだかのように流れ、俺は言われるままに、ひたすら画面を追い続けた。
もしもこれが俺の│権能だとすれば――
ユリアナを見返す、一手になるかもしれない。
そんな淡い期待すら抱いてしまう。
だが読み進めるにつれ、もっと途方もない事実が見えてきた。
チャットと呼ばれるこの文字の奔流――
それは悪魔の囁きではなく、“神々の声”だというのだ。
そんな馬鹿げた話があるか。
あるはずがない。……だが。
:今からスーパーチャット送るから見とけ
唐突にそう告げられ、俺は石板――いや、配信画面とやらにじっと目を凝らした。
瞬間、画面に赤い縁取りの文字が浮かび上がる。
:祝初配信! ¥10000
どこか神々しさすらある赤色。
続いて新たな文字が走った。
:↑のコメントをタップ……触れろ
促されるままに指先で触れた――その刹那。
赤い文字がぐん、と巨大化し、眼前へ迫ってきた。
まるで石板の内側から“何か”が飛び出そうとするように。
【受け取ったスーパーチャットを現金化しますか。
はい/いいえ】
「現金化……? お金、くれる……?」
喉が詰まった。
そんな馬鹿な。ありえるはずが――
震える指で【はい】を押した瞬間。
「え!? うそっ!?」
ピシュッ!
配信画面の中心から、クライシス紙幣が矢のように飛び出し、俺の顔面めがけて一直線に突っ込んできた。
一万ギル札が俺の額にバチンッ! と直撃する。
「いってぇぇぇ!! ……つーかどっから跳んできたんだ!?」
呆然としながら拾い上げたクライシス紙幣は、紛れもなく本物だった。
世界がひっくり返った気分だった。
いや、もしかすると……本当にひっくり返ったのかもしれない。




