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天国 地獄 大地獄

作者: P4rn0s

畳の上に横になって、うねるような雨の音を聞いていた。

ガラス窓を叩く水滴は途切れることなく続き、外の世界は灰色のカーテンに覆われているようだった。

子供の僕にとって、その音は恐ろしいものではなかった。

むしろ心を少し高鳴らせる音だった。


台風が来ると学校が休みになるかもしれない。

その可能性に胸が踊った。

日頃の宿題も、いやな授業も、憂鬱な時間割も全部風に吹き飛ばされてしまうような気がした。

雨が強くなるたび、風が窓を揺らすたびに「もっと、もっと強くなれ」と心の奥で願っていた。

自分が祈れば台風が進路を変えてくれるんじゃないか。

自分の願いが強ければ強いほど、明日の朝の鐘は鳴らなくなるんじゃないか。

そんな風に本気で思っていた。


けれど、不思議と台風はいつも夜にやって来て、そして夜に去っていく。

朝になると雨は静かになり、風もどこかに姿を消してしまっている。

昨日までのざわめきが幻のように消えて、ただ濡れた道路と折れた枝だけが残されていた。

僕の祈りは聞かれなかったのか。

あるいは夜のうちに大人たちが片付けてしまったのか。

理由はわからないけれど、いつもその「間の悪さ」に少しがっかりした。


窓の外で電線が鳴っていた夜のことを覚えている。

布団の中で、祈るようにまぶたを閉じた。

「どうか、どうか明日休みになりますように」。

その声が雨音に溶けて、風にちぎられていく気がした。

僕の小さな願いなんて、この大きな嵐の中ではちっぽけすぎたのかもしれない。

それでも、祈らずにはいられなかった。


朝目を覚ますと、もう空は明るかった。

鉛色の雲が残っていても、台風はすでに遠くへ行ってしまったらしい。

テレビのニュースを見れば「通り過ぎました」という言葉が淡々と流れてくる。

そしていつものように学校へ行かなくてはならなかった。

濡れた制服の裾と、道路に散らばる落ち葉が、台風が確かにここに来ていた証拠だった。

でも、僕が待ち望んだ「休み」というご褒美はどこにもなかった。


そんな事が何度もあった。

だからこそ「台風はなぜ夜に通りすぎるのか」という疑問が、子供の頃の僕にとっては大きな謎だった。

昼間に来てくれれば、僕の祈りを叶えてくれれば、と思い続けた。

けれど今思えば、それはただの偶然や気象の理屈だったのだろう。

しかしあの頃の僕には、台風はまるで意地悪な魔法使いのように思えた。


大人になった今も、風の強い夜が来ると、あのときの感覚を思い出す。

窓ガラスに張り付くように外を見つめて、祈るように嵐を待った自分を。

あの胸の高鳴りは、もう戻っては来ない。

けれど耳を澄ませば、あの頃の雨音が今も遠くで鳴っているような気がする。

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