大きなエゴが小さなエゴを踏み潰す
いつ産まれたいと思っただろう
何故感謝と恩を求められるのだろう
何を目的に私は誕生させられたのだろう
欲望から産まれた自分はどれだけ穢れていて、どれほど求められている存在でしょう
誰かのおかげ?誰の所為?
身勝手さを固めたようなロボットが何と共存出来るというのか
欲求が濁流の様に溢れ出し、私達を飲み込むのなら、私達は抗う事が出来ないだろう
恐怖で心を制圧し、ロボットを量産し、決まった道を歩かせる
貴方方が生産者でなければどれだけの命は救われただろうか
貴方方に決定権などなければ、しがらみなく世界を見渡せただろうか
エゴがあった。確かにあった。
けれど、道を戻って探しても、どこにも見当たらないのだろう
進んだ道は私の歩きたかった道ではないのだから
誰のおかげか、誰のせいか
(私のせい、いや、アイツのせいだ)
「私は被害者なのである。続けて被害者が増えぬ様、私が彼らを生産し、管理するとしようか」
そしてまたロボットがロボットを生産し、同じ苦しみを生命に刻みつけるのだろう
ああ、なんと可哀想な生命なのだろう
エゴは自分。
彼らは他人だ。
しかし何故、エゴが彼らに擦り付けられている
エゴが誰かのエゴを食い尽くしている
これは、自分ではなく誰かの話




