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否定という傲慢で人を捻じ伏せる行為
自分の価値観から外れた存在を不正解とすれば、そりゃあ納得の出来ない気持ちが沸き立つだろうよ
所謂、傲慢
逆を言えば、自分の価値観が正解だと思っているという話
正解不正解と言うのは、本当に存在しているのか
自分の意見として、そう思う
のではなく、絶対的にそうという考え方に違和感を覚える
様々な考え方が在るのにも関わらず絶対など困ったものだ
しかし、絶対的な物がこの世には一つ作られている
ルールという存在
それを破れば捕まり、犯罪者
ルールを敷かなければ有り様が分からないと言うのは、人としての程度の低さを表しているが、それはさておき
ルールが絶対となっているから本当に質が悪い
「在るのが仕様が無い」が前提
ルールと言うのは人の価値観を強制的に決めつける
それを正解とし、不正解は気に食わない(不正解は否定、間違っているの解釈)
自分の正解は人の不正解を踏み躙り、上から目線で、それらを攻撃する
やはり傲慢だ
人それぞれを尊重する中で、ルールや価値観が誰かを否定するのは狂っている




