その85.不器用な僕等の
「私は急いでいるんだ用事があるならサッサと済ませたまえよザコ」
「お前がスグに答えりゃ済む話だろ。答えろ、何でお前がソレを持っている」
噛み付くような僕の瞳を嘲笑うかのように会長が鼻で笑う。
「君に答える理由など無い、何故私が君に教えなくちゃならない? 身の程を弁えろクズ」
僕はギリッと音がする程歯を食い縛る。
不断なら関わりたくない男の一人だ。
だけど。
彼女の事になると自分を抑えられないらしい。
「答えろッ!!」
僕の声が廊下に響き渡る。
少しだけ会長が眉を上げるが、それ以外の変わりは無い。
「……ッチうるさいな。 コレをどうしようが私の勝手だろう? まァ、多少あの女の『相談』に使わせて貰うかもしれないがな?」
これみよがしに僕にロザリオを見せつけ、会長は笑う。
反吐の出る薄汚い笑み。
相談……?
違うだろ。
彼女がどれだけそのロザリオを大事にしてると思ってるんだ。
それこそ、逆鱗で有り、弱点でもある程に。
相談? 脅しだろうが!
僕は先程よりも更に強く睨む。
僕の太陽を。
汚す気か!
「もう良いか? 私は急がしいんだ」
会長は僕に背を向けて再び歩き出した。
同時に僕は会長に向けて走り出す。
「っ!」
僕が手を伸ばしたの会長が右手に吊るしているロザリオ。
ぶらさげていた鎖に指がかかった。
「っ!? キサマ!!」
会長が気づいた。
だが瞬時にロザリオを引っ張りながら廊下に転がり込んだ。
硬い廊下で何度か回転した後。
手の中にある鉄の感触が心を安心させる。
に、逃げるんだ。
あの子に返すんだ!!
慌てて立ち上がろうと手を付く。
その手に突然の激痛が走った。
「ぐ、っぁぁ!?」
手を思いっきり上から踏みつけられていた。
「おい、何処に行く気だ?」
見上げた先にニヤニヤと笑っている会長が居た。
分厚いメガネの先から汚らしく輝く瞳が見える。
逆側の手をぎゅうっと力強く握る。
ロザリオが手に食い込み、痛い程の感触が渡さない意思を強く持たせる。
「は、早いじゃん……」
弱気を見せる気は無い。
僕も会長に合わせて笑って見せる。
その笑みが気に食わなかったのか、会長の笑みはスグに消えた。
っぱ、と踏まれていた足が退かれた。
僕が安心する暇も無く、その足がそのまま僕の顔を蹴り上げた。
短い痛みを上げる声と共に僕は何度か転がる。
そのままうつ伏せで倒れた形で止まった。
冷たい廊下が頬に触れるが合判して蹴られた顔が熱い。
鼻から熱い物も込み上げた。
赤い鮮血が廊下に滴り落ちる。
「っぐ、ぐぅぅぅ……」
口も切れた。
縁とは違う殺意の込められた本気の蹴りだった。
寒気が走る。
この男は僕を殺そうと本気で蹴ったんだ。
「確か君が言うには? 風紀と生徒会と一年の三竦みはお互いに危害を加える事をしては行けない、だったか? だがァ? キサマを傷つけるのが駄目何て、言ってないよなァ?」
嬉しそうな声が会長から聞こえる。
鼻血が出続ける顔を必死で抑えながら何とか立ち上がる。
痛みで目に涙が溜まる。
それでも会長を睨み笑みを浮かべる。
力の無い、戦えない僕の唯一の抵抗。
こんな時、本当に縁やサクが羨ましい……!
「っへ、じゃ、じゃぁ僕に対する攻撃も無しって事で追加よろしく……」
「却下だ」
笑みを浮かべながら僕の顔面に拳が飛ぶ。
顔に走る衝撃と共に血が廊下に飛び散る。
「っがァ!」
躊躇わずに第二派が僕の腹に減り込んだ。
僕はその場で腹を抑えながら崩れる。
膝に足を付く僕に立続けに頭上から痛みが襲った。
会長が僕の頭を踏みつけたのだ。
「お似合いだなァ? 君はそうやって私の下で這い蹲れば良いんだよ!!」
頭をグリグリと足の裏で力強く踏みつけられる。
痛い……痛い……!
クソ! それでも! 渡さないぞ! 絶対に渡さない!!
「そんなのでご満悦かよ……良い趣味だなオイ……っぶっぐ!?」
顔が廊下に叩きつけられる。
勢いを付けて踏んだのだろう。
頭から足が退けられたのが解る。
それでも僕は痛みでまだ立ち上がる余力は無い。
そんな僕の耳に会長の嬉しそうな声だけが聞こえる。
「何処の女子のか解らぬ落し物を返しに行こうとした私からソレを奪いィ? 口で言っても返さないので、仕方なァく? ソレを取り返そうと仕方なく危害を加えているんだから仕方ないな? アァ仕方ない!」
自分に言い聞かせるよう? 少し違う。
完全なる自分の正当化。
この男の恐ろしい所はココだ。
全てがコイツが基準で、コイツが正義なんだ。
縁と似ているようで全くの間逆に位置する男。
だからこそ。
彼女が大切にしている宝ものをコイツに渡すわけには行かない!
僕があげたんだ。
凄く嬉しそうだったんだ。
凄く大切にしてくれてたんだ。
心から、嬉しそうに。
きっと、不器用な縁と僕の唯一の正直になれる。
大切な絆。
「おい、まさか寝てないよな? まだ終わってないんだよ、お前がソレを返すまでなァ?」
負けるものか。
彼女は今僕よりももっと痛い筈だ。
このロザリオが無くて心から苦しんでる筈だ。
負けるもんか。負けるもんか!!