その65.本当のアリサちゃんの姿。
私とアリサちゃんが二人並んで歩くというのも中々妙なものだ。
アリサちゃんはさっきから喋って居ない。
顔も蒼白なままだ。
何故こんなにも元気が無いのかは解らない。
……アリサちゃんは発作だと言っていた。
けど。
不断から嘘ばっかの狼少女に嘘は通用しない。
……アリサちゃんが答えたくないなら別に良いけどさ。
気にならないわけじゃないけど、何か事情がありそうだ。
取り合えず今は百合果って子にアリサちゃんを渡さないと、今この学校は戦場だ。
あの美少女やアリサちゃんは、変態集団や欲しいもの目当ての欲望に満ちた汚い人間達に探し回られてる。
その中で渡すとなるのは中々困難なわけで。
……いや、まぁ。
私がこの状況を作り出したんだけどね、エヘ。
「エヘ、じゃありませんよ……」
呆れたような声が隣から聞こえた。
でもその零した声は 小さすぎて良く聞こえなかった。
「ヘ? 何?」
「なーんでも無いです!」
何か怒ってる……? ホントこの子はわっかんないな?
私が不思議に思っていると何故か余計にアリサちゃんの表情はムッス~としていく。
私なんか言ったっけ……っていうか何も喋って居ないんだけど。
そうこうしているうちに階段が見えた。
アリサちゃんを見つけた所から階段まで、そこまでの距離は無かったわけだし直ぐにつくのは当り前なんだけど……。
妙に時間が長く感じたのは秘密。
……なんかちょっと睨まれた気がするけど気のせいかな。
下に向かったあの美少女を追うために階段を一歩下りようとした時。
足を下ろそうとした私とは別に、アリサちゃんは動き出さなかった。
「どうしたの?」
疑問に思った私にアリサちゃんは困ったような、怯えた表情を見せた。
「こ、この下はダメです……」
「ダメ? なんで?」
あの子を追うのなら下に降りなければ行けない。
それも見つかる前に急いだ方が良い事くらいこの子も解ってる筈だ。
それでもアリサちゃんは動く様子を見せなかった。
顔を青くさせ、絶対に行きたくないという意思を表情に見せていた。
まるで……下に何かいるみたいな。
不安な瞳が私を捉える。
行きたいけど行けないという気持ちが伝わってくるように。
「……解った、じゃぁ別の道から行こうか」
私はそう言って踵を返した。
この状況で彼女が嘘や冗談を言うとは思えなかった。
『今』はこの子を信じることにした。
踵を返した私にアリサちゃんが慌てて付いてくる。
アリサちゃんは少し驚いた表情を見せる。
まさかアッサリ信じてくれるとは思って居なかったらしい。
確かに……私は用心深い方だから自分でも珍しいんじゃないかな、とは思うけどね?
アリサちゃんが慌てたように口を開く。
「私はダメしか言って無いんですよ? 根拠とか……聞かないんですか?」
「んー? 言いたいなら聞くけどアリサちゃんが言いたく無さそうだから別に良いよ」
私の何気無い一言でアリサちゃんの表情は更に驚いた表情を見せる。
「わ、私は言いたくないなんて一言も言ってないですよ!?」
「いや……言ってなくても解るから」
そりゃそうだ、あんだけ表情に出していれば解る。
根拠は言えないけど下はダメ。でも根拠を言わなければ私は動かないかもしれない。でも根拠が言えない。
そんな感じで右往左往してりゃ、ねェ?
私の呆れたような一言に何故だかアリサちゃんは勝手に焦っている。
「み、水歩さん……」
隣で一緒に歩いているアリサちゃんは、なにやら深刻な面持ちを出している。
「何?」
目的地の逆側の階段に向かいながら、簡単に返事を返す。
「もしかして水歩さんって……心が読めたりとかします?」
「……は?」
何を言い出すのこの子?
「だ、だってそうじゃなかったら私の考えていることが解るなんて!」
「……そんだけ顔に出易くて良く魔女とかあだ名付いたね」
私の言葉にアリサちゃんは更に目を丸くしている。
また勝手に勘違いしているようだ……。
「ぇぇぇぇ!? 私の陰で呼ばれている名前まで!? もしかしてレベルの高い超能力者!?」
……私はこんなド天然な子を敵と認識していたのか。
何か頭痛くなってきたわ。
「だ、誰が天然ですか!」
あれ? 私も顔に出てた? いやでもそんなピンポイントで顔に出るものなのかな。
「し! しらばっくれてる!! な、なんて事なの……私意外に力を持っている人がいるなんて、コレは計画変更だわ……」
なにやら横でブツブツ言っている。
そんなアリサちゃんの姿に少しおかしくなる。
「アハ! 私なんかよりよっぽどエスパーっぽいのがいるじゃん!」
「……え゛?」
アリサちゃんが女の子に似つかわしくない声を出したのと、ヤッベ! みたいな顔をしている事には突っ込まないで置こう。
これ以上顔に出させたらこの子の言いたくないことが勝手に解るかもしれないし。
「へーじの方がエスパーっぽいと思わない?」
私の言葉にアリサちゃんは何故かッホと胸を撫で下ろしていた。
「へーじさんですか?」
少し不思議そうな表情をしているアリサちゃんは、まだへーじの全てを知らないらしい。
……ちょっと勝った気分。
何故か眉間にシワを寄せたアリサちゃんを無視して私は続ける。
「誰だろうが、簡単に人の心の中にズカズカ入って来て、プライバシーなんて無視無視……口では悪口しか言わないクセに誰よりも優しくて男でも女でも、勝手に忘れなくさせる……」
人の心を勝手に動かす、ほんとエスパーみたい。
私の言葉に、アリサちゃんの驚いてばっかりの表情が優しい微笑みに変わった。
「ほんとに、へーじさんが好きなんですね……」
「え、う、あ!?」
わ、私はアリサちゃん相手に何言ってんのよ!!
「さ、さぁ~? 好きって言っても友達としてっていうか私には勿体無いっていうか……」
「……そこまで言っといて何を今更」
今度はアリサちゃんに呆れたように言われてしまった。
「い、良いじゃないの別に!」
「水歩さんってばおっとめー?」
馬鹿にしたように笑うアリサちゃんの表情にもう暗い姿は無かった。
それは良かったんだけど、その言い方は腹立つわよ!
「わ、ギャクギレですよソレー!」
また私は表情に出ていたらしい。
あんまり表情に出ないほうなんだけどこの子にはお見通しのようだ」
「アリサちゃん! 覚えてなさいよ~!!」
アリサちゃんはキャァキャァと可愛い声を挙げている。
……。
……でも。
でも。
こうやって喋ってみると不思議。
知っている情報だけで彼女を認識していたけど、喋ってみれば案外普通の子。
こうやって解る事もあるんだ。
魔女だ何だと聞いた姿と。
そのコロコロ変わる表情からは想像出来ない。
敵としての認識を私は見誤ったのかな……。
それに、敵だなんてより。
友達とかになった方が面白いんじゃないかな。
そう、思ったときに。
私の隣で勝手に騒いでいた少女が突然固まった。
「……友達? 私が?」
再び私の心を読んだかのようなピンポイントな一言。
その表情は何を言ってるの? と表しているようで……。
キョトンとした姿が。
猫被りも騙しあいも疑いも情報も。
何も無い純粋な彼女を見た気がした。




