その58.状況は唐突に
「でぇりゃぁぁぁ!!」
大きな掛け声とともに大きなドアに向けて拳を振り被る。
アタシの中では校長の高そうなドアより百合果さんが優先される! 悪いわね校長先生!
思いっきり力を込めた拳は、ドアを粉砕。
する筈だった。
拳は空を切った。
「っへ?」
自分の間抜けな声が零れた。
目前のドアがタイミング良く空いたのだ。
ドアは拳から逃げるように中側に開いていた。
ブォン! と拳を振り切る音が響き、その威力に任せてアタシの態勢が崩れた。
「ひゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
そのままドアの中に間抜けな悲鳴と共に転がり込んでいってしまった。
もう何だよこいつラァー!
半泣き状態だよチキショウ!!
こんな変態どもに泣かされたのが普通に悔しい……。
「百合果さん!! 待っててください!!」
何やら決心した縁が後ろに向かった。
後ろには通れないドアがあるだけ……何する気だろう。
ドアを前にして縁は拳を後ろに思いっきり引いていた。
ままままままままさか……
予想は的中。
縁は男らしい掛け声と共に拳をドアに向けて飛ばした。
高そうなドアが目の前で破壊されるという行為と、校長のドア! とかその変にも躊躇いとか全くなく行きやがったよあの子!
そんな度胸も無い僕は慌てて目を瞑った。
ウワァ~!やりやがった!! 的な意味合いを含めた感じで。
暗闇の中、聞こえたのは破壊される轟音ではなく、ガチャっという金属音だった。
……ん?
その後続いたのは間抜けな縁の悲鳴。
一体何が起こってるんだ!?
目を開こうとしたとき、腕を引っ張られた。
だ、誰?
「こっちだ」
その低い声には覚えがあった。
だが誰かは思い出せない。
目を開けるタイミングを逃し、力強い腕にそのまま引っ張られた。
「ああ゛!! 俺達の女神が連れて行かれるぞ!!」
聞こえたのは赤覆面のリーダーの声。
その声に反応して次々と声が挙がる。
「パンツが!! パンツがアァァァァ!!」
「百合果様を返せぇぇぇ!!」
「追え! 追えェェェェ!!!」
沢山の声が聞こえた。……目を開けるのが怖くなったわ。
そんな変態たちも無視して僕の腕を引っ張る誰かはズンズンと進んでいる。
そして、男達の罵声がバタンという何かが閉じる音と共に途切れた。
腕ももう引っ張られて居ないので恐る恐る目を開けた。
僕は高価な部屋にいた。
あの校長のドアのような無駄な豪華さ。
それで今、自分が校長室に居ることは理解した。
そしてそんな豪華な部屋の隅に、不満そうな顔で後転の途中のような状態で転がっている縁が居た。
まわりに散らばっている高価な装飾品達を見ると、どうやら思いっきり突っ込んだらしい。
……パンツ見えるぞアホ縁。
そして。
僕の腕を引っ張っていた人物。
今、口元からタバコの煙を吐いていた。
ずれた眼鏡の奥から覗く瞳。
「ダ……ダメ教師」
そう、あのダメ教師だ。
な、何でこんな所に?
ダメ教師はいつものようないやらしい笑み、ではなく、何故か優しく僕に微笑んだ。
この男が僕に微笑むというのは有り得ない、奴は僕に対して優しさなんて絶対に見せない。
有り得ないからこそ不振な顔をしてしまう。
「おいおい弟みたいなこと言ってんじゃネーよ」
……? 何の話だ?
「何だ、髪の毛染めたのか? それよりも何でココに居る? 俺に会いに来てくれたのか?」
……誰かと間違えてる?
僕自身がダメ教師になんざ会いに来るわけが無いのは言わなくても解るだろーに。
……も、もしかして。
「久しぶりだな」
そういいながら、ダメ教師が抱きついてきた。
ぞわわ!と走る寒気。
鳥肌総立ち、男に抱きつかれて喜ぶ男が居てたまるか、しかもこのダメ教師に!!!
ギィヤァァァァァァァァァァ!!
心の中で思いっきり悲鳴を挙げるしかこの気持ち悪さのストレス解消方が無いィィィ!!