その41.二人っきりでいたくて
今回はへーじ視点と縁視点があります。
アタシ達以外に道を歩いている人はいなくて、青い空は今も続いている。
でも、もう少ししたら空にも赤みが掛かってくる時間だと思う。
そして、並んで歩くアタシ達ももうすぐ別れ道へと続いている。
空が時間が経てば色を変えるように、永遠にアタシ達の時間が続くわけじゃない。
「……ねェ、へーじ」
離れる前に、どうしても聞いておきたい事があった。
「何さ」
アタシの言葉に目を合わす事も無くへーじはいつも通りの適当な言葉の返し。
「……人に殺される程の恨みってどんなものなのかな?」
言い方は間違ってはいない。
だけど、どこかズレた言い方。
ハッキリしないのは自分らしくない気がする。
へーじの事となると、ハッキリ出来ないのは始まった事じゃ無いけれど……
答えが気になるアタシと答えを聞きたくないアタシ。
アタシの中で矛盾が何度もぶつかる。
悠馬とへーじの関係。
それをアタシは聞きたくて。
そんなアタシの気持ちなぞ知らず、へーじは呆れた声を出す。
「……はぁ~? 何言い出すんだよ」
そんな風に言われても、他に言い方が無いんだから仕方が無い。
「何? 恨み買うような事したわけ?」
っく! アンタの為に言ってやってんのに! この馬鹿にされたような言い方が腹立つ!
アタシの表情が苛立ちに変わったのが解ったのか、へーじは慌てて言い直す。
「ど、どんなもの? う……うーん。 大体人生生きてりゃ恨み買わないなんざあり得ないし殺したい程なんてのも良くあることだろうし……」
何かジジ臭い事を言い出した。
「……へーじってアタシと一つしか変わんないよね? 何その人生生き抜いた感ある言い方」
「君等と一緒に居たら若かろうが人生生き抜いた感出るでしょうよソリャ」
それは何? アタシらと居たら何倍も疲れるって言いたいわけ?
「何か納得行かない……」
アタシの不満そうな声にへーじは珍しく声を出して小さく笑った。
「ッハハ、納得行かなくて結構。 納得行かれたらまた僕が殴られそうだし……」
最後にボソッと言った声も聞こえてるんですけど、それを聞いた感じだとアタシに関して良い言葉じゃ無い事は確かなようね。
今の言葉は聞かなかったことにして、言い方を変えてみる。
「じゃぁへーじは殺される程の恨みを受けた事ある?」
アタシの言葉に、へーじの表情が少しだけ曇った。
アタシはへーじの過去なんか知らない。
だから、その表情の真意は解らない。
「……僕は受けた方っていうより、恨む事ならいっぱいあったかな」
え?
「な、何て?」
慌てて聞きなおしてしまう。
聞いて良い事なのかは解らないけど、アタシの中の無意識がへーじの事をもっと知りたいと考えていた。
「まー聞いても面白い事じゃないよ、気にしなくていいから」
そう言ってへーじは速足で先に行ってしまう。
慌ててへーじの後を追うアタシの気持ちは晴れない。
再びへーじと並んで歩くも、へーじはアタシの方を見る様子は無い。
……へーじが言いたくないなら、別に良い。
だけど、いつかはへーじの事をもっと知れたらいいな……。
今は一つの事に集中しよう。
へーじと悠馬の関係も気になるけど。
「へーじ」
「ん」
アタシの方を向く事もせず、やっぱり適当過ぎる返事。
へーじらしい態度は変わらない。
「……楽しみにしてるよ。 へーじの用意した舞台なら、アタシは最高の踊りを魅せて見せるから」
「……ん」
やっぱりアタシの方は向かない。
だけど、さっきよりかは適当じゃ無い返事だとは思えた。
そこで別れ道へ辿り着いた。
アタシとへーじとの二人だけの時間はココまで。
久しぶりの二人っきりは、あまりにも短くて。
もっと聞きたい事があったけど。
へーじの『じゃあまた明日』という言葉で二人だけの時間は終止符を打たれる。
反射的に『また明日』と言ったアタシも悪い。
その言葉を言った瞬間にアタシ達はサヨナラになるんだ。
別れの言葉に確認するように返した言葉。
その言葉を聞いて、別れの確認をした瞬間にへーじは背を向ける。
アタシは同じように背を見せたけど、すぐに体を横にした。
へーじが見える様に。
ジッと離れていくへーじの背中を見つめた。
……お見合いの話も、したかったな。
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縁にまで心配されてるのか僕は。
あんな暴力女に心配される程に僕は悩んでいる表情をしていたのだろうか……。
お節介め。
縁は自分が何か助言が出来るとは思ってはいないだろう。
それでも僕を心配してくれて、態々待っててくれて。
……本当にお節介だ。
縁とは別れたばかりだけど、何となしに僕は振り向いた。
きっと振り向いた先には縁の後ろ姿がまだ見えるんじゃ無いかと思って。
しかし。
そこに後ろ姿は無かった。
僕と同じように、振り向いている縁が居た。
ばっちりと。
僕と縁の視線が交差する。
途端に縁の顔が一気に真っ赤になった。
遠目でも解るほどに縁は目を見開き、口をパクパクとしている。
まさか僕が振り向くと思わなかったのか、突然に言葉が出ない様子だ。
っていうか逆にこっちも恥ずかしくなるんだが……。
見開かれた目は僕をスグに睨む形へと変わった。
……これはガンを飛ばされている様な気がするんだが。
視線からはビシビシと何見てンのよ! という気持ちが伝わってくるのだが。
不良か君は……。
君も見てたでしょーが……、とアイコンタクトで呆れた感じで返す。
通じたのかどうか解らないが睨む視線が、ウッ! と詰まった表情へ変わった所を見ると、通じたらしい。
固まっている縁に軽く手を振ってみる。
縁もぎこちない感じに手を振りかえしている。
そんな様子に僕は思わず笑ってしまう。
悩んで苦しんでいるのが馬鹿らしく思うくらいに。
そうだ、こんな馬鹿な子の為に僕は舞台を用意すると言ったんだ。
今、頬を膨らませ、不機嫌を思いっきり表現している女の子の為に。
不良の為でも、会長の為でもない。
唯、この子の為に僕は動こうとしていたんだ。
そう思うと、悩むことが苦しいという気持ちは不思議と薄れた。
「縁ぃ! 楽しみにしとけよぉー!」
大声で聞こえるように、僕にしては珍しく名前を大声で呼んで。
そう言った。
その言葉と共にビクッ! と面白い反応を縁は示し、「ひゃ! ひゃぃ!?」とか訳の解らん返事を返してきた。
縁は未だに僕が名前を呼ぶのを苦手としている節がある気がするのは気のせいだろうか……。
多分それは僕も縁もあまり名前を呼ぶ方じゃないからというのが大きいだろう。
取り敢えず『解った』と言った事にしておこう。
そこで僕と縁はやっと別れた。
家に帰り、僕は携帯を前にして覚悟を決めていた。
舞台を揃える方法。
会長に頼みに行くというのが現在一番有力だ。
しかし僕の知り合い達に行かせるわけもいかないというのが結果。
僕が行くなんてのも持ってのほか。
……実は結構前から浮かんでいた方法がある。
後は決断するだけなんだが……。
脳裏に言葉が浮かぶ。
『平和的な解決を望む人間もいるわけです。貴方は知らないかもしれませんが……そんな風に期待している人もいるんですよ』
亜里抄ちゃんはそう言った。
『……楽しみにしてるよ。 へーじの用意した舞台なら、アタシは最高の踊りを魅せて見せるから』
そう言って僕と同じように大きな覚悟を示してくれた縁。
もう僕だけの悩みじゃない。
様々な人の思いがあるなら。
僕は全力で答えるしかない。
僕はケータイを手に取る。
空いている方の手には今日、亜里抄ちゃんから貰った番号。
小さく深呼吸。
「……うし」
自分に言い聞かせるように気合いを込めた声が部屋に響く。
「あ、亜里抄ちゃん?」
数コールの後、可愛らしい声が電話の先から聞こえた。
頑張れ。
僕!!