その36.最高の舞台には最高のダンスで
へーじのおかげであの場はまとまった。
その後、チャイムと共に全員が解散した。
アタシはある事が気になって、離れていく人の中から
一年のアノ男を追った。
「待ちなさいよ」
アタシの言葉に、目の前の先を歩いていた銃刀法違反男は止まった。
刀の柄に手をかけて男はアタシに鋭い視線を向けながら振り返る。
敵対意識バリバリね。
嫌われるのは慣れてる……ってわけじゃないけど、今はあまり気にしないでおこう。
「なんのようだ」
へーじの時は敬語だったのにアタシにはタメ語ってか。
へーじが志保には『ちゃん』付けしてアタシには『ちゃん』付けしないのと同じくらいムカツクわね。
「ちょっと聞きたい事があんのよ」
腕組みをするアタシに対し、銃刀法違反の一年生は刀から手を離す様子は無い。
名前は悠馬。
一年生が暴れているのはこの男のせいである可能性が高いと。
風紀の方で噂されている。
「……何だ、さきに殺り合うか」
刺々しい殺意に流石にムッとしてしまう。
「アンタさっきのへーじの話し聞いて無かったの? 取り敢えず休戦よ殺り合う気は無いわよ」
アタシの言った言葉が解ったのか、悠馬はようやく刀から手を離した。
……話しは解る方かしら?
「取り敢えず一つは、『ありがとう』へーじを助けてくれた事は感謝するわ」
悠馬は少し眉を寄せて見せた。
「アンタ……俺は敵じゃないのか? アンタ達の好きな悪だゼ? それに礼を言うなんざ変わってるな……」
目を丸めている様子を見ると、アタシをあの糞会長と同じと見られているらしい。
心外も良い所ね。
「……確かにアンタはアタシの嫌いな悪だし敵である事は変わりないわよ」
アタシの言葉に一年生は馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
それが『やっぱり』と言われている様でイラつく。
でも今はその怒りは心に留めて置く、へーじの頑張りを無駄にする気は無い。
「でもね、アンタがへーじを助けた事も変わりないのよ、『ありがとう』アタシは敵であろうが悪であろうが心から感謝するわよ。大切な物を守りたいのはアンタも一緒でしょ?」
糞会長がやり過ぎた事を怒っていた。
守りたい物がある事は、悪でも敵でもソコはアタシと変わらない。
アタシの言葉に、一年生の表情は突然柔らかくなった。
少し嬉しそうに、少し残念そうに。
一年生は口を開く。
「アンタが只の腐れ偽善じゃ無いのは解った……そんなにあの人が大切か?」
「ま、まぁね」
あの人ってのはへーじの事を言ってるんだろう。
一年生の言葉にアタシは少し躊躇した後に言った。
少し恥ずかしいという気持ちもあってアタシは言葉を詰まらせる。
それでもハッキリと言った。
あの冬の夜から、へーじは掛け替えのない存在になった。
一年生は薄く笑う。
「……だったらアンタとは嫌でも敵対するさ」
そこで一呼吸空けて、少し間を空けた。
「俺はあの人を『殺す』為にこの学校に来たんだからな」
え?
その言葉に、アタシは一瞬固まった。
殺す。
ただの高校生如きが、本気で?
その為だけに態々この学校を選んだ?
何で、へーじを?
その瞳が嘘を言っているようには思えなかった。
だけど、それでもアタシは一応聞いた。
「……本気で言ってるの?」
「ああ、本気だ」
それを示すかのように、一年生は刀に触れた。
『殺す』という言葉を零したにしては、その表情は怒りに染まっているわけではなかった。
それは仕方なく、まるでそんな風に言うかのような表情。
「それは、何でって聞いても良い事?」
「…………」
アタシの言葉に一年生は言葉を噤む。
そう、言えない事なんだ。
何でへーじを殺すなんて言っているのかなんて、解らない。
理由なんて知らない。
へーじが過去に何をしたのかなんて知らない。
だけど。
もしもへーじを殺す気であるならば。
「ならば、アタシがアンタを『殺す』」
アタシは、思いっきり一年生を睨みつける。
人の大切なモンを目の前で殺すなんて言われて、笑っていられる程にアタシは寛容では無い。
お礼を言うつもりだったけど、用事が今、変わった。
アタシは拳を握りしめる。
一年生は、目を細くして、睨むアタシとは対照的に、只見つめる。
アタシは、そんな様子なぞ気にせず続ける。
「心しなさいよ、殺すって事がどういう事か!」
アタシは一年生に警告する。
拳を直線に、一年生に向けて警告する。
「『殺される』覚悟を持ちなさいよ! 『へーじを殺せばアタシがアンタを殺す!』、『殺そうとしても殺す!』、『その他一切、傷つける様な事があれば殺す!!』」
アタシの睨みに動じず一年生は笑う。
悪役に似合う最高の笑顔をアタシに向ける。
「ッハ、とんだ番犬だ、だけど覚悟が無いつもりは無い……貴様に噛み千切られようが俺は俺のやり方でやらせて貰う!」
「舐めんじゃないわよ!」
アタシの声は廊下に響く。
「アタシの牙が、アンタが味わってきたそこらへんの丸い牙みたいに甘いと思ったら大間違いよ! ちょっとでも気を抜いたら簡単にその首、噛み切り落とす!!!!」
吐き捨てるように言うと共に、直線に向けていた拳を自分の喉元まで持ってくると親指で首を切り落とすジェスチャーを見せ付ける。
奢るつもりは無い。
だけど、へーじを殺すというなら、アタシという存在が居るのを忘れるんじゃないわよ。
一年生は笑う。
「ああ、覚えておいてやるよ、守ってみろよ、テメーの大切なご主人様をなァ」
楽しそうに。
アタシは精一杯睨みつける。
ココで闘う気は無い。
へーじが舞台を用意してくれると言った。
きっとへーじなら何か考えがあって言った筈だ。
最高のステージをへーじが用意してくれるなら、アタシはソレに見合った最高のダンスを見せるだけ。
アンタ達如きが。
アタシのダンスについてこれるかしら?