その35.僕の信念を舐めるな
「……一番クールじゃ無い奴に言われたくないわよ」
「貴様は馬鹿か、クールの意味を知らないのか? 辞書を引いてこい」
「自分で自分の事クールだと思ってるのってマジ痛いと思うッスよ」
ぐぉ!? 何だコイツ等いきなり息ピッタリかよ!!
しかも前からだけでなく後ろからも撃たれた!(縁に)
「ウルセーよ! 君等さっきまでの行動思い返してから言えよ!」
噛み付く様に僕は叫び声をあげる。
勿論怒りを込めながら。
「……クールじゃない」
呆れた様な縁の言い方。
「汚らしい叫び声だ、クールとは思えんな」
馬鹿にした様な薫君
「クールには思えないっスね」
何故か普通に冷静に言う悠馬。
「なんなんだお前らは! 打ち合わせでもしたのかコラ!」
あんまりにも息ピッタリでどん引きだわ!!
そして、大きく大き~くため息を零した。
「ま……まァいいさ……落ち着いてくれたら……」
3人に向けてのイライラに唇を引き攣らせながら僕は言葉を零す。
「貴様の理屈は解るがココで引き下がる気は無い」
「朝倉先輩……悪いっすけど、俺にも意地があるんスよ」
男二人が共に構えだした。
へ?
あ、あれ?
真後ろで、ため息が聞こえた。
それは当然後ろに居る縁が零したもの。
仕方が無いという感じのため息。
「ゴメンね……へーじ退いて」
そう言って縁は僕を押して前に出た。
お、お前ら馬鹿か!?
「意味解んねーよ! 君等が戦っても不利な結果にしかならないんだってば!」
僕の言葉も無視して熱血馬鹿共は構えを解かない。
な。
何なんだよ。
悠馬が僕の方に 視線を向ける。
「あんたの言い分は解るよ」
そこで悠馬は眼を伏せ、続ける。
「だけど……悪いけどよ、ここで戦う事を止めるのは出来ない」
「な、何で」
僕の掠れる声に悠馬は低い声を零す。
「あいつ等二人はシラネーけどよ……俺は仲間ブッ飛ばされて『はいそーですか』って帰せるもんじゃねーんだよ」
悠馬の言葉に呼応するかのように、薫君も口を開いた。
「フン、そんな理由で戦うか、所詮は社会のゴミか?」
解り易いほどに悠馬の表情が硬くなる。
「じゃあ君の理由はなんなのさ」
悠馬が口を開く前に僕が聞いた。
納得の行く答えを聞きたかった。
「秩序とはその場で示すから意味がある。 たった一つの罪を逃せばソレは秩序では無くなる、それが私の答えだ」
悠馬は大切な仲間の為に、薫君は己が信じる秩序を守る為に。
二人の言っている事は正しい事であって、正しくない事ではなかった。
反論出来るわけが無い。
僕と一緒だ。
自分に不利だからって戦う戦わないじゃ無いんだ……。
戦わなければ行けないんだ。
縁の為に喧嘩を止めようとした。
しかし、僕なんかじゃ、無理なのかな……。
カッコつけて出てきて、結局……貧弱な僕には何も出来ないのかよ。
……クソ。
「…………へーじ」
俯く僕に、目の前に居る少女が声をかけた。
彼女は振り向かず背を向けたまま。
彼女も、また、信念によって動く者だから。
きっと、戦うのだろう。
「私が戦う理由は『信念』がそこにあるから」
やっぱりそうなんだ……。
僕は無駄な事をしただけだったのかな。
縁は一呼吸空けて続ける。
「正義の名の元に、この二人をほっとく事は出来ない」
ああ、解ってる。 君らしい言葉だね。
君も含めて。
信念に燃える3人を、僕が止められる物じゃなかったんだろう……。
「一緒だよ」
只それだけを縁は零す。
その言葉の意味は解らなかった。
縁は背を向けたまま、続ける。
「へーじと『一緒』だよ。『私達と変わらない』、へーじは何の為にアタシの前に立ったの? それがへーじの『信念』でしょ? 信念を込めて動くアタシ達と、何が違うの?」
そう言って、縁は振り向いた。
とびっきりの笑顔を僕に向けて。
「へーじの『信念』は、そんな物?」
僕の中で、電流が走る。
その言葉が、その笑顔が、僕の心を洗う。
……ああ、そうさ。
お前らと何ら変わらないさ。
お前らが馬鹿みたいに『信念』の通りに動くなら、僕だって自分の『信念』の通りに動いてやるよ!!
僕の表情の変わり具合に、縁は嬉しそうに笑った。
「へーじは顔挙げてる方がいいね」
そう言って縁は笑う。
……また助けるつもりが、助けられたらしい。
僕はッスー、と思いっきり息を吸った。
そして一気に吐き出す。
「っだーーー! お前らはほんっとー!! 頭ん中の脳みそメトロノームで出来てんのかお前らはよーー! チックタックチックタック同じ行動ばっかしやがってよォー!」
どんなに言っても熱血馬鹿共は別の行動をする気は無いらしく、何を言っても『勝負!』止めろと言っても『勝負!』このウンコ共とか言っても『勝負!』 どうにもこうにも変わらない行動は最早メトロノームのよう。
何かしら上手いこと言ってんじゃない? 僕。 とか思いつつ僕は叫び声を挙げ過ぎてゼーゼーと荒い息遣いに変わった。
大声を出すのは結構疲れるもんなのだ、解って欲しい。
こうなったらこっちも意地だ。
お前らは絶対に戦わせない!
今の僕の『信念』は揺るがない。
『信念』というより、只の我儘かもしれない。
ならば最大級の我儘だ。1年2年3年のラスボス共め! お前らに御誂え向きの舞台を揃えてやるよ!
「好きに戦えよ! どうせ止まらないんだろ馬鹿共が! だけどな……今ここでは戦うな!」
僕の言葉に悠馬と薫君は眉を顰める。
「……へーじ、どういう事?」
黙っているラスボス二人に変わって縁が疑問を聞いてくる。
僕は再び馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
「君等の言い分は解った、ならば更に良いステージを僕が用意してやる。 人を集めて、誰にも不利にならない最高の条件を揃える!」
僕は声を張り上げる。
周りの野次馬たちにも聞こえる様に。
状況を、誰もが見ても青ざめる血みどろの喧嘩から、見応えのある見世物へと変えるんだ。
周りの空気も味方になるかもしれない。
視線を薫君に向けた。
鋭い眼光に、気押されないように睨み返す。
「君は大勢の人の目の前で秩序を見せ付ければ良い、そうすれば君に楯突く奴はいなくなるし、誰もが認めなくても、大勢の前で見せ付けてしまえば君に皆ついてくるだろうさ……自分の思い通りの学校が出来るだろ。 君にとっても都合が良いんじゃないか?」
次に視線を悠馬に向けた。
「悠馬もそうだ、人々の目の前で生徒会も風紀委員もブッ飛ばせば君等に被害を加える者もいなくなる、大勢の前に見せしめとして倒せばケジメになるだろう?」
学校全土で生徒たちに自らの実力を見せ付ければ良い。
縁や薫君や悠馬が有名であるならば、その有名な存在を倒せば逆らう者なんて居ない筈だ。
時間を掛けずに、最高の舞台を作ってやろうと言うんだ。
お前らが欲しくなるさいっこうの舞台だ!!
黙り込む二人を前にして僕は続ける。
「チャンスは誰にでもある。不利な条件は無い!」
二人を同時に睨む。
空気を支配する。
拳を振るえない僕が唯一出来ること、言葉で世界を作れ!
野次馬達の視線は僕に集まる。
「イエスかノーだ」
その一言を言って、僕は口を噤む。
さも、僕が上の立場な様な言い方。
良く考えれば、僕にそんな舞台が用意出来るなんて思えない。
だが、さも出来るように、堂々とした自信満々な表情で。
そんな空気を。
僕にとってコレは最大級の博打でしかない。
乗って来い……乗って来い!
沈黙が流れる中、先に言葉を発したのは悠馬だった。
「……悪くない」
刀を降ろすと、僕に向けてニヤッと笑う。
悠馬に合わせるように薫君も構えを解いた。
「良いだろう、この件、貴様に任せてやる」
メガネを治す仕草をしながらも鋭い視線は僕に向けたまま。
釣れた。
でかすぎて引っ張れないくらいに巨大なのが二匹程。
釣りざおをコントロールするのは僕だ。
君等が糸を引き千切るか、僕が釣りあげるか。
勝負はここからだ。