その21.エスパーは一人だけで結構です。
寒い夜の風が私の頬を撫でる。
冷たい風が少ない気がした。
顔を挙げた先に、彼が居た。
彼が壁になってくれていた。
成程……風が少なく感じるわけだ。
私の手を強く握っている彼が居た。
私の手を引いて、前を歩いている彼がいた。
何度も夢見たシチュエーション。
だけど嬉しくない。
私の脳裏に浮かぶのは一人の少女の事。
私と同じように、彼に恋した少女の事。
バカだなァ……私。 そんな事考えなきゃ良いのに。
考えなかったら、もっと楽に生きれるだろうに。
大好きな少女と大好きな彼。
片方が大切と思うなら片方を切り捨てる事も考えるのが現実だと思う。
だけど私はそれがイヤでイヤで仕方無くて。
どこまでも私は。
甘いらしい。
取り敢えず家に帰ってくると、姉がまだ帰ってきてない事の確認を行った。
家に女の子を連れ込んだとなっては、僕の生死が係わってくる可能性もあるのだ。
そんな恐怖の姉がいない事を確認してホッとした後、俯くミホを風呂場の前まで連れていく。
「取り敢えず風呂入って体暖めといで、外は寒かっただろうし……風邪引かれてもイヤだしね」
僕の言葉にミホは顔を挙げないまま小さくコクンっと頷いた。
…………。
ミホってこんなしおらしかったっけ?
僕はミホを置いて居間に戻りながら首を傾げる。
いつも騒いで、ニコニコしているミホはそこにおらず、ミホは全く間逆の存在に変わっていた。
大人しい綺麗な少女が居るみたいで、何故か変に意識してしまうのは気のせいだろうか……。
いつもの五月蠅いミホの方が何倍も良い。
これがギャップというものなのだろうか……と、勝手に変な事を考えていた。
小さなちゃぶ台を前にしつつ、何故か僕は正座で座っていた。
遠い目をしつつ、っというかチョイチョイ聞こえるシャワーの音に意識が行かない様にしていた。
ナーンデでこんな事になったんでショーカー……
女の子を家に連れ込んでシャワーまで浴びさせて……何だ、僕は何がしたいんだ。
……イヤイヤイヤイヤ! これは何かこう……仕方ないのであってだな……。
実際にミホの為であるし、悪いことをしているわけでは無いのだが、僕は勝手に自己嫌悪に陥っていた。
そして何より姉が怖い。
問答無用でブン殴られそうだ。
理由を話せば何とかなると思うけど……取り敢えず始めの一発は貰うつもりで覚悟しておこう。
この覚悟は当然殴られる覚悟だ。
ミホの事は姉が何とかしてくれるだろう。
別に泊まる事になったとしても、姉が居ればミホと二人っきりってわけじゃ無いし、……イヤやましい事なんてなんも無いけども。
……いつものミホならそんなことを考える必要は無いのだが、今のミホは何か違う。
その……不謹慎かもしれないけども、何故か可愛いとか思ったりしてしまうのだ。
これがギャップという物なのだろーか(二回目)。
まぁ、取り敢えず僕は一つ屋根の下で男女二人という状態をなんとかできればいいんだ。
そういうわけで、姉よ早く帰ってこい。
そんな事を思っていると、功か不幸か携帯が鳴った。
宛名に目をやると、今思い浮かべていた姉、張本人だった。
何時に帰るかの連絡かな? とメールを開いた。
Re:急用
本文
急用が出来ました。今回の私の分の晩飯はいりません。勝手に食べてなさい。
……え?
僕は心の中でもう一度読み返し、少し考えて……再び読み直し、そしてもう一度考えて……。
若干涙目になりつつもう一度だけ……もう一度だけメールに目を通した。
そして。
今の状態がトンデモ無く不味い状態である事に気付いた。
きゅ……急用!? このタイミングで!?
功か不幸か、では無く……不幸だった。
手の中から携帯が力無く落ちる。
そんな事を気にする事も出来ず、僕はひたすらに凹んだ。
四つん這いでズーン……といった具合だ。
さぁどうしよう、どうしましょう。
チ、チキショウ! あんのクソ姉め! 奴が冷蔵庫に大事に置いている限定100個プレミアムプリン食ってやるゥ!
そんな復讐心に燃えた瞬間、タイミング良く恐怖のメールの着信音が鳴った。
ビクゥ! と僕は体を揺らしつつ、恐る恐る携帯を開く。
Re;無題
本文
冷蔵庫のプリン食ったら世界の終りを見せてあげます。
その文を見た瞬間、僕の復讐に燃える炎はあっさり沈下し、更なる凹みを味わう事になったのだ。
どうやって世界の終りを見せる気だよ……どちらかといえば僕を終わらせる気だよコノ女……。
僕の事は何でもお見通しってか! エスパーかあの女は! 本物のエスパーを最近っていうか今日知ってしまったので強ち嘘では無いかもしれない。
恐るべし僕の姉。
感想返信遅れていますが、しっかり返させて頂きます。
溜めてた分の話しが無くなりそうです。。
でも更新は早く出来るように頑張ります!