その17.自制が効かない程に嬉しくて仕方なくていつも以上に調子に乗って。 あげてあげて。 最後の最後に。 落とされて。
今回はへーじとミホと、二人分の視点の話しがあります。
夜の公舎を二人で出た。
妙に明るいのは満月のせいだろう。
誰もいない学校を歩く、と言ったのも中々奇妙な物だ。
僕よりも先を歩くミホはピョンピョンと跳ねるような歩き方をしていた。
ショートの髪の毛がユラユラと、その度に揺れる。
月明かりに照らされながら眼の前の少女は跳ねる。
ウサギみたいに、ピョンピョンピョンピョン。
相変わらず行動が読めない子だ。
えらく楽しそうだ。
彼女はいつも楽しそうに行動している。
馬鹿みたいに騒いだりして、いつも明るい子だ。
意味があるか解らないピョンピョンと右足、左足、とバランスを取りつつ跳ぶミホの後ろを着いていっていた。
っていうかスカートも跳ねる度に浮いてるんですけど……見えるか見えないかについつい目線を向けてしまう。
そーゆートコは意識してやってるのやら……気付かずやってるのやら……。
ミホは僕の方にクルンと振り返った。
同時に目線を向けていたスカートも大きくヒラリと舞う。
シャイな僕は慌てて視線をミホの顔の方に向ける。
見る度胸も無いし見た後に死ぬ思いもしたくない。
ミホに今度は何を言われるか解ったもんじゃないしね……。
ミホは僕に向けて何時もの笑顔を見せていた。
「しっかし、へーじってばモテるねー!」
何か嫌味にしかきこえない気がするのは気のせいだろうか……。
先ほどと言っていいのかは解らないが、亜里沙ちゃんの事を言っているんだろう。
確か抱きつかれたのを見られたっけ……。
そんな勘違いをされても仕方が無いが、僕にその気が無いというのも解って欲しい。
「何言ってんの、こちとら迷惑だっての」
確かに美少女だし好かれるのは悪い気はしないけど、あの子は何か裏があるみたいだし……なによりも心を読む少女なんて対応のしようが無い。
「えー? そう? まんざらでもない感じじゃーん?」
ッム、何か突っかかるような言い方だな……。
というか君は僕の真っ青な表情を見て、まんざらでもない感じだったと言えるのかオイ。
「確かに可愛いけどアレと付き合うくらいなら、まーだミホの方が千倍マシだよ」
ミホはキョトンとした表情を見せる。
だけど、すぐにいつもの笑顔に戻った。
「アッハッハッハ! 嬉しい事言ってくれるねー!」
照らす月と笑顔というのは中々に合う物らしいね。
一年生の少女、亜里沙ちゃんも十二分に可愛いかった。
しかし、それでもミホの方がずっと魅力的だと思う。
ただ単にあの少女の事を知らないからっていう意味もあると思う。
そして、僕がミホの事を知っているから、という意味も確かにあるんだと思う。
「ね! ね! じゃァーねェ! 志保と私ならどっちと付き合いたーい?」
何を笑顔で自分と妹を比べてんだか。
冗談かな? と思ったんだけど、ミホの笑顔とは裏腹にその目が真剣な風に見えた。
気のせいだろうか?
どっちにしても、僕に嘘を付くメリットが無いのなら正直に言うだけなのだが。
「ん……っまー志保ちゃんは可愛いけど、付き合うって仮定ならミホかなー……」
「……ッ! ッ!!」
ミホはッパーっと顔を輝かせ声にならない言葉を漏らしていた。
その場でピョンピョンと楽しそうに飛んでみせる。
「……そんな嬉しい?」
そこでミホは我に返ったように飛ぶのを止めて、焦ったような、誤魔化したような笑みを浮かべる。
「ア、アッハッハ! へーじは正直者だからねー! まー知ってんだけどー、私が可愛いって事なんでしょー? そりゃ純粋に嬉しいってー! アハ! アハハー!」
何が『知ってんだけどー』だ、あいっかわらず自意識過剰と言うか何というか……。
しかし、この子程本心が見え難い人間も少ないわけで、本当にそう思っているかは定かでは無いだろう。
「そうゆうもん?」
「そーゆーもんだよん? アハ!」
そんな笑顔で言われちゃ流石に何も言えないんだが……。
月が照らす夜道を二人で歩く。
そういや、この子と二人っきりって珍しいような……?
「んじゃさー! んじゃさ~へーじー!」
そこからミホはクラスの女の子や、果ては知らない女の子の名前まで自分と比べ出す始末。
どっちがいい? どっちがいい? て目を輝かされながら言われても……。
メンドクサイと思いつつ、適当に「あーはいはい、ミホですミホー……」と返す。
その度に嬉しそうにミホは笑みを浮かべる。
てか知らない女の子の名前出されても解るわけないじゃん、そんなのはミホも解っているだろうに。
何か、ミホが必死に見えた。
何でこんなに必死なのかは知らない。
だけど。
自分の言っている言葉が変である事に。
理解する事が出来ない程に。
必死に見えた。
「じゃーさ! じゃーさー!」
まだ続くのか、と少し飽き飽き。
キラキラなミホの笑顔がなんか嫌なのでソッポを向いて言葉を聞いていた。
どーせ言う事は一緒なんだけど。
「縁ちゃんと私ならどっちが、いい?」
その瞬間に、間なんて無かった。
言葉は反射的に。
「縁」
それは、本当に無意識に出た。
「あ」と僕は小さく声をこぼしていた。
反射的にミホの方を向いた。
「……え?」
ミホも、僕と同じ様に小さく声を漏らしていた。
表情からの笑顔は消え、目が見開かれる。
先ほどまであんなにも幸せそうな表情をしていたのに。
僕達は立ち止っていた。
ミホの表情から目を外す事が出来なかった。
何でこんな事言ったの。
解ってたじゃない。
何でそんな事聞いたのよ。
わかってたのに。
私の馬鹿。
もうヤダ。
ヤダヤダヤダ……。
亜里沙ちゃんが言った言葉が頭に浮かんだんだ。
”はっきりさせた方がいい”
……へーじが、亜里沙ちゃんよりも私の方が良いって言ってくれたから。
だから。
きっと、きっときっときっと。
”はっきり”したと思ったのに。
へーじが私の事を悪く思ってないなら、可能性があるのなら。
私は。
調子に乗っちゃったな、私。
嬉しくて、へーじがそんな事を言ってくれたのが嬉しくて。
私は、きっと縁ちゃんには勝てない。
良くても二番手。
私は。
馬鹿だなァ……。
”はっきり”したじゃない……。
「アッハッハ! やっぱ縁ちゃんにゃ敵わないかー!」
まただ。
私の作り笑い。
サイッテーだ。
また嘘の仮面。
嘘吐きな私。
オオカミ少女は笑う。
その裏を見せたくないから。
最も見せたくない彼が目の前に居るから。
「……ミホ」
どうしたんだろう? 違和感があるのかな? 私の笑顔は、変かな? いつもの……笑顔が、出来てないかな?
何でそんな顔するのよ、へーじ。
もうイイヤ。
もうヤダ。
「アハ……アハハ……私、帰るね」
私はへーじが何か言う前に走り出した。
「お、おいミホ!」
後ろからの声が聞こえた。
もうイヤなの。
イヤだ。
冷たい夜の風が頬に当たる。
冷たい滴が、風で余計に冷たく感じた。
ああ。雨なんて、いつ降ったんだろう。
こんなにも。
私の顔は、ビショビショだ。




