その100.お前誰だ
手を引かれながら僕は彼女の後ろ姿を見る。
いつもと変わらない彼女。
楽しそうで嬉しそうで、スキップ交じりの彼女。
「ね、ねぇ、何か考えがあるの?」
僕の言葉に彼女は笑顔で振り返る。
「んー? あるよー? あるからここにいるんだよー?」
間延びした言い方は彼女らしいが。
何か、やはり違和感を感じてしまう。
でもミホが味方でいてくれるという事は何よりも心強かった。
彼女は縁とは違う、だけど縁とは違う意味で強い。
彼女が敵にいない、というだけで。
まだ可能性は有る。
「どんな考え?」
つい聞いてしまう僕の言葉に、彼女はやはり笑顔で答えてくれる。
「えー? 聞いちゃう? ど・う・し・よ・う・か・なー」
ニヤニヤと楽しそうな様子で彼女は返してくる。
もったいぶったような言い方は苛立つように言う。
「あのなぁ、僕達の状況解ってるのか!?」
僕の言葉に、彼女は歩を止めた。
そのまま僕も歩を止めてしまう。
怒らせてしまっただろうか? でも彼女の表情はやはり笑顔で。
その変わらない笑顔のまま彼女は口を開く。
「知ってるよ? 知ってる。 私とへーじの二人だけだね? 二人っきりって状況だよね?」
……? 何だ? どういう言い方だソレ?
「そ、そうだよ。取り敢えず仲間を増やして戦えるようにしなきゃ!」
いつも頼りにしていた馬鹿二人がやられているんだ。
いや、サクは十分に戦ってくれていた。
別の視点から仲間集めや戦いを始めないと。
僕だって馬鹿じゃない。
考えがある。
だからそういう発言をする。
それなのに、彼女は僕の発言に対して。
首を傾げていた。
不思議そうに。
目を見開き、僕を見る。
その顔からは、笑顔が消えていた。
「いらないよ。私とへーじで十分」
その声には力を感じないフワフワとした印象を持ってしまう。
いつも力強い彼女からは考えられない言い方。
違和感が、さっきよりも強く感じる。
「バ……! 何言ってんだよ! 僕達二人じゃ到底……!!」
それ以上言葉を続けられなかった。
突然、ぐっと顔を僕に寄せた。
その距離は鼻先が当たる様な距離。
「どうして? 大丈夫だよ? アッハッハ……へーじビビッてんの?」
いつもと違う棒読みな笑い声。
何だ、こいつ……?
大きく開かれた目が僕をじっと見る。
それに気圧されるように僕は後ろに下がった。
彼女はそれに対して詰めるように一歩前に出る。
僕の手を掴んでいる手の力が強くなった。
まるで離さないと、言うように。
もう一つの手が、僕の折れている腕の方に触れる。
包帯の上から、優しく撫でる。
「大丈夫、大丈夫だよ? ヘェーじ? アタシが守ったげるよ? 縁ちゃんも馬鹿サクもいないなら、私が守らないとね? 絶対に守ったあげる、アタシが、アタシだけが味方でいたあげる」
優しく、耳元で囁かれながら彼女は僕の折れた腕を撫でる。
撫でる力が少しづつ強くなっているように感じ、それは脅しのようにも感じた。
僕は何も言えない。
動けない。
何だ、『誰だ』
これは、こんなのがミホか?
「お前、誰だ」
僕の言葉に、彼女は僕を見る。
探るように、見つめるように、監視するように。
表情は突然変わった。
「何てねん?☆」
いつもの笑顔。
思いっきり豪快に笑いながら彼女は一歩後ろに下がる。
「アッハッハッハッハ! 何何ー? アタシはいつもの可愛い可愛いミホちゃんですヨ?」
目の前で僕に笑い掛けるミホに、僕は不信な目を向けてしまう。
「どっちにしても暫くはその腕じゃ何も出来ないでっしょ? アタシが看病してあげるから任せなさい!」
そう言う彼女の表情は凄く楽しそう。
だけど。
やっぱり違和感を感じて。
笑いながら薄く開く目が、僕を見る。
僕の知らないミホの視線がそこにあった。
監視をしているような探るような瞳が。