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最終防衛ライン・カゴシマ  作者: ユキトシ時雨
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SENSE & ORIGINALITY

「……なにが言いたいんだよ?」


 鋼太郎は瞳を細めて、紅音を睨んだ。


「だーかーら、君が弱いって言いたいの。んー……具体的に言うなら、そうだね。悪ぶってるだけで本当は喧嘩をしたこともない、格好だけのチンピラくらい弱いでしょ?」


「……やけに生々しい例えだな。……それに俺が聞きたいのは、」


「どうして私が君のことを弱いと思うのか? 君が聞きたいことくらい、わかってるよ」


 彼女の立てた人差し指が、胸元を軽く突き刺す。


 鋼太郎は一度たりとも、自分のことが「強い」と思ったことはない。素手の殴り合いにしたって、〈FG〉の操縦技術にしたって、相応に身の程は弁えているつもりだ。


 ただ、それでも。鋼太郎は自分のことを「弱い」と思ったことだって、一度たりともありはしない────


「俺は〈FG〉の操縦能力を評価されたから、ここに呼ばれたつもりでいるんだけどな」 


 紅音は少し困ったようにして、瞳を伏せる。


「私ね、あんまり話しながら説明するってことが上手じゃないの。だからさ、君には身をもって教えてあげるよ。ほら、私に着いてきて」


 ◇◇◇


 紅音に着いて行った先にあったのは、〈ケロベロス小隊〉の〈FG〉を格納する整備ガレージだった。


 ガントリークレーンの配備された天井は異様に高く、搬入された機材や弾薬も充実している。以前のプレハブ造ガレージとは設備の整い様が明らかに違っていた。


 流石は本部基地の特殊機甲技術試験小隊と言うべきか。武装ハンガーには見慣れぬ試験兵装がズラリと取り揃えられていた。


 ただそんなガレージの端っこには、本来そこにあるべきではないものが在る。


「リング……なんで、こんなものが?」


 正方形のマットとそれをぐるりと取り囲むように立てられた柱には、四本のロープが貼られている。少々フィールド内が狭いような気もするが、それは確かに格闘技に用いられるリングだった。


「訓練用だよ。〈FG〉の操縦は本人のセンスに著しく左右されるからね。対吸血鬼との近接トレーニングを想定して、私が用意させたんだ」


 両手に真っ赤なボクシンググローブを嵌めながらに、紅音が応える。いつの間にかスポーツウェア姿へた着替えていた彼女からは、しなやかな四肢が覗いていた。


「さて。早速だけど、私はこれから鋼太郎くんをボコボコにしてやろうと思います! 細かいルールとかレギュレーションとかはナシ。先に相手を降参させた方の勝ち」


「……つまり、なんでもありってことか。俺はてっきり二等陸尉様と〈FG〉同士でやり合えると思ってたんだけどな」


「別にそれでもいいけど、勝負にならないと思うよ」


 あっさりと返されたその一言は、鋼太郎の神経を逆さに撫でた。


 そんなこともお構いなしに紅音は続ける。


「あっ。鋼太郎くんは、それも使っていいからね」


 彼女が視線で指し示す先。そこには剣道に用いるような竹刀が、ガレージ隅のロッカーへと立て掛けられていた。それも度々使う機会があったのか、小さな傷も幾つも付いている。


「これも、訓練用なのか?」


「そっ、〈FG〉の用いるブレードによる近接戦闘を再現するために用意してるの。せっかくなんだし、お互いに得意な武器でやる方がいいでしょ?」


「……何がお互いにだよ」


 いくら〈FG〉であっても、素手の格闘術だけでは吸血鬼に太刀打ちできないはず。彼女は見え透いた嘘で、自らの特技を画していた。


 言うなれば、この竹刀は鋼太郎への挑発紛いなハンデそのものだ。


「どうやら、とことん舐め腐ってくれてるらしいな。言っとくが、いくらアンタが俺より上の階級だとしても手加減はしないぞ」


「いいよ、別に。それを理由に後から負け惜しみされても面倒だし」


 二人はそのままリングへと上がる。竹刀を手にした鋼太郎の姿は場違いにも思えたが、紅音はお構いなしといった様子だ。


 ゴングを鳴らすのは両者のタイミング。鋼太郎は彼女との間合いを図りながりに刀を八相で構えた。


 刀を立てて頭の右手側に寄せ、左足を前に出す。バッティングフォームにも似たそれは、現代剣道の基本とも言える中段の構えや上段の構えとも明らかに違っている。 


 ただ、紅音はそこから繰り出される剣術を既に知っていた────


「ねぇ。やっぱり君のそれって薩摩示現流だよね?」


「……別に何だって良いだろ。……それよりアンタも早く構えたらどうだ?」


「誤魔化さないでよ」


 鋼太郎はバツが悪そうに目を逸らす。


 示現流は薩摩藩を中心に広まった、鹿児島特有の古流剣術だ。そして、「振り下ろした勢いで、防いだ刀ごと頭蓋を叩き切った」という逸話を残すほどに、威力と速さに特化した実戦向きの複合剣術でもある。


「君の居場所は鹿児島には、なかったんじゃないの?」


「小さかった頃、親父に教わった程度の技だ。使えるものは何でも使うタチでな」


「ふーん。そういうなりふり構わずはスタンスは、案外嫌いじゃないかも!」


 彼女もまた構えを取った。両腕で上体をガードするそれはキックボクシングのものだ。


「そうだ。どうせなら、なんか賭けよっか! エッチなお願いからご当地ガイドまでスーパー最年少エリート隊員・紅音チャンがなんでも聞いて上げるからさ」


「別に、そんなものに興味はねぇよ。特に前者にはな」


「ちぇっ。……それならさ、〈ケロベロス小隊〉の隊長になる権利を賭けてみるってのは、どう?」


 紅音がその丸っこい瞳をイタズラっぽく細めた。


「鋼太郎くんが勝てば、今日から私の小隊は君のもの。だけど君が負けたなら、そうだね……隊長命令でトイレ掃除を一週間だ!」


「……ハッ! 上等じゃねぇかッ!」


 鋭く前へと踏み込んで、鋼太郎の豪剣が振り下ろされる。半円を描く軌道は、着実に紅音を捉えていた。その示現流の一太刀は、早々に二人の諍いに決着を付けるかとも思わせる。


 しかし、彼女は軽妙なバックステップでそれを避わした。


「おっとと⁉」


「まだだッ!」


 一撃必殺の示現流は、初太刀を凌げば怖くないというイメージが広まりつつある。しかし、それは誤った認識だ。


「シッ!」


 鋼太郎は浅く呼吸を整えて、ニ撃目、三撃目を流れるように振り上げる。


 紅音もそれを避わそうと、すぐにロープの端へと追い詰められた。


「……なるほど、思ったよりは悪くないや」


 追い詰められた紅音に逃げ場はない。


「けど、悪くないだけ。凡的だね」


 だというのに彼女は、張り巡らされたロープに自らの身体を投げ出して、無防備を晒してみせた。


「やっぱり、君は弱いよ。少なくとも〝狂犬〟なんてアダ名は似合わない」


「どういう意味だよ?」


「そのまんま。君は少しも狂っていない。マトモだって言ってるの」


 彼女はつまらそうに。そして心底失望したように鋼太郎の握る竹刀の先を指した。


「例えば君の剣。全ての太刀筋が一撃必殺にもなり得る示現流剣術は、対吸血鬼戦闘において最も有効な戦術じゃん」


〈吸血鬼症〉の罹患者は驚異的な人喰いの化物に変貌することに加え、異常とも言える超再生能力を獲得する。


 獲得する再生能力には個体差もあるが、銃弾や斬撃を再生した筋骨で押し返すほどだ。


 だとすれば、それを屠る〈FG〉にも相応に高い攻撃力が求められる。


 示現流剣術もその最適解の一つと言えた。


「例えば、君の在り方だってそうだ」


 次いで彼女が指を刺したのは、鋼太郎の眉間だ。


「一切の手段を選ばないってことは、効率的で理性的ってことでもあるんだ」


「それで? 結局アンタは何が言いたいんだよッ!」


「困ったなぁ、さっきも言ったけど、私は教えるの苦手だから。けど、そうだね。マトモな君の動きなら簡単に読めるッ!」


 鋼太郎が刀を振り上げるその一瞬に、彼女がタイミングを合わせた。迫る刃に向けて、素早くアッパーカットを撃ち放つ!


 刀身を彼女のグローブ擦り、そのまま刃に乗せていた速度を上方向へと逃がされた。


「なっ……⁉」


「合理的で理性的なことを咎めてるわけじゃないんだよ。ただ君の動きには、直感と独創性が足りてない────だから君は弱いんだ」


「うぐっッッ……!!」


 右脇腹に何かが突き刺さる。


 焼けるような痛みと、喰らいつくような衝撃の正体が紅音の拳であると理解するのに、さらに数秒を必要とした。


「さぁ! ここからは紅音チャンのターンだよッ!」


 彼女はコンパクトに次の動きを構築する。最小限のモーションで鋼太郎の懐へと飛び込み、ジャブとストレートを交互に繰り出す。   


「このッ……!」


 構えを崩された以上、再度構え直すまでに数秒を要する刀は返って不利と判断した。


 リーチ差によるアドバンテージも、ここまで間合いを切り詰められれば意味をなさない。


「なら、いっそ!」


「おっ、ここで刀を捨てるんだ」


 竹刀をその場に投げ捨て、鋼太郎もまた両腕で上体をガードした。紅音のそれを真似たキックボクシングの構えだ。


 これで仕切り直し。殴り合いへと持ち込めれば、体格が勝る鋼太郎が再び有利となる。


「うん。悪くないセンスだね。けど、まだまだオリジナリティに欠けるよッ!」


 彼女はまたも唐突にキックボクシングの構えを解いてみせた。パチリ! と片目を閉じてウィンク。そして鋼太郎の傍へと滑り込み、落ちた竹刀を拾い上げたのだ。


「私は別に鋼太郎くんを否定するつもりもない。ただ、勿体無いと思ってるだけなの。今の君は随分と息苦しそうだから」


 円を描くような軌道で背後へと回り込み、めいいっぱい竹刀を振り上げる。それは鋼太郎の視線が捉えた紅音の最後の挙動だった。────叩きつける衝撃と共に意識は暗転する。

ここまでの読了、そして本作を手に取ってくれた事に感謝を。〈サツマハヤト〉一同、喜ばしい限りです。


気に入って頂けたなら、フォロー&コメントを是非! ユーザーページより、そのほかの作品を楽しんでもらえると、さらにうれしいです!

読了ツイートで拡散、宣伝なんかもして貰えると、もう感謝が尽きません。……っと、今回はここで幕引きです。

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