ケロべロス小隊
〈カンナツキ〉の双眸は、〈グラトニー〉を睨んだ。
チャンスは一度きり。失敗は許されない。
『あー、もしもし? 鋼太郎くん。私の声は聞こえているかな?』
「その声はエノン先生だな。さっきは、陸将補殿に取り継いでくれてありがとう。アンタがいなきゃ、その時点で詰んでたからな」
『なんだろう……君が素直にお礼を言ってくると、なんだか気持ち悪いな』
エノンの声は本当に引いているようだった。
しかし、おふざけをするのはほんの一瞬だ。彼女はすぐに本題を切り出した。
『私はこれでも、自分の手で弄った機体にはかなりの自信を持っているんだ。君の〈カンナツキ〉に関しても。小夏ちゃんの〈ミナツキ〉に関しても。けど、君の考えた作戦は正直、無茶だと思うよ』
「無茶だとしても、やるしかねぇだろ」
『本当に君ってやつは……なら、今から送るデータを確認してみたまえ』
コックピットのモニター画面に現れたのは、彼女から転送したであろうデータファイルだ。その中には〈カンナツキ〉の細かな設定に関する記述がある。
『君の考えた作戦を元に、〈刃血〉の流れや、ブースターの噴射角、関節の反応度なんかの適した数値を計算してみた。その数字通りにやれば、君の無茶苦茶な作戦の成功率も少しマシになるはずだ』
「エノン先生。……やっぱりアンタは天才だよ」
『今更かい? けど、お褒めに預かり光栄ってやつだね』
不要な装甲はパージ。〈刃血〉の流れを両脚部に集約。ブースターの角度は下方に向けて、マイナス二〇。
そのまま鋼太郎は、眼前で待機する〈ミナツキ〉に目を遣った。
『こっちはいつでもオッケーよ、鋼太郎』
彼女の機体からは無数のチューブが伸びていた。そして、その先端はこの場に集められた〈サツマハヤト〉の機体たちに繋がれている。
フレーム内部に埋め込まれた〈刃血〉の循環パイプ同士を、無理やり接合したのだ。
「というか、突貫工事だからコッチがいつ壊れてもおかしくないの! やるならやるで、さっさとしなさいッ!」
〈ミナツキ〉はその大楯を構えながらに、タイミングを押し測る。
「あぁ、行くぞッ!」
大久保理恵との接戦で見せた「盾ジャンプ」をもう一度やろうというのだ。今度はその軌道を真上に向けて、且つありったけの血を注ぎ込んで────
小夏の元にはおよそ、五〇機分の〈刃血〉が集約された状態にあった。それを純粋な力に変換できるのは、馬力と剛性に特化した〈ミナツキ〉にしか出来ないことだ。
スタートを切った〈カンナツキ〉の両脚が彼女の盾を捉えた。掠れあった金属同士は火花を散らし。鋼太郎もまたキックペダルを踏んだ両脚に力を込めた。
『ぐっ……派手に打上げるからッッ!!』
数機の〈フミツキ〉たちが小夏の支えに入る。彼女はそのまま、ありったけの力で操縦桿を押し込んだ。
膨大な量の〈刃血〉が秘めたエネルギーが、ただ盾を上空へと跳ね上げるための動力と化す。
その勢いで〈カンナツキ〉は再び、空高くへと飛翔した。
◇◇◇
風圧を受けて、剥き出しになったフレームが軋む。
機体にも無理を重ねさせた結果であろう。既に破損した各部からは〈刃血〉が漏れ出していた。
「……出力低下か……クソッ! あともう少し、持ってくれ!!」
鋼太郎の身体も、度重なる連戦に限界が近づいていた。今は歯を食いしばり、辛うじて意識を繋いでいるような状態だ。
飛翔した〈カンナツキ〉がブレードを引き抜く。
今度こそ、その刃で〈グラトニー〉を討つために。〝番犬〟として誰かの居場所を護るために。スラスターの最大加速で標的を捉えた。
「────オラァァァ!!!」
着地の衝撃を押し殺すよりも、ありったけの力でブレードを振り上げることを優先する。崩れかけた体制をベクトル移動で修正。そのまま白刃を振り下ろした。
駆動音と金属音。
爆ぜ散る火花と舞う血しぶき。
「っっ……」
その果てに壊れたのは〈カンナツキ〉の方だった。肩から先の接合部が砕け、そこから熱を帯びた〈刃血〉が吹き出す。
鋼太郎の腕に肉を断つ際の柔らかな感触はない。代わりにあるのは、岩盤を殴りつけたような感触だ。
「…………ちくしょう」
ほんの一瞬だけ、〈グラトニー〉の再生が早かったのだ。
鋼太郎がブレードを振り下ろすよりも早く頭蓋の一点だけに再生を集中させさせ、斬撃を弾いたのであろう。
自らの唇を、血が滲むほどに強く噛み締める。
「畜生ッッ! 畜生ッッッッ!!」
そんな鋼太郎を嘲るかのように〈グラトニー〉の再生は進んでゆく。ブレードの一撃が最後に与えた亀裂さえ、その末端から少しずつ塞がれてゆく。
「……なんで、……なんで届かねぇんだよッ!!」
あと一歩だったはずなのに。それなのに機械の身体は動こうとしなかった。
内側を満たしていた〈刃血〉も底を尽き、負荷に耐えきれなくなった〈カンナツキ〉が遂に膝から崩れ落ちた。
またも〝番犬〟の牙は届かなかったのだ。
「────いいや。それは違うんじゃないかな」
視界の端で鋼太郎は、その姿を捉える。
遅れて現れたのは赤と黒の撹拌する満身創痍でボロボロな機体だ。
「まさか……けど、どうしてッ⁉」
装甲が剥ぎ取られたコックピットの向こうで彼女がほくそ笑んで見せる。
「紅音隊長!」
「細かいことは後にしよっか。それよりもコレ借りるよ」
彼女は〈グラトニー〉の頭頂部に着地するなり、鋼太郎の取りこぼしたブレードを拾いあげた。
それを壊れる寸前の〈ハツキ〉に構えさせ、鋼太郎の入れた亀裂へと捩じ込んだ。
例え〝番犬〟の牙が届かずとも。
〝狂犬〟や〝忠犬〟の奮闘が無意味なものに変わってしまっても。────三ツ首の獣なら必ず、目の前の獲物を喉元を食い破るのだろう。
「これが、〈ケロベロス小隊(私たち)〉の完璧な勝利ってやつだね」
ここまでの読了、そして本作を手に取ってくれた事に感謝を。〈サツマハヤト〉一同、喜ばしい限りです。
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