転調
数多の轟音が〈グラトニー〉に迫った。
照準システムによって、計算された弾道が外れることはない。数発の砲弾は翼から発射されたカルシウム塊のミサイルに撃ち落とされるも、その大半は〈グラトニー〉に着弾した。
◇◇◇
『……太郎ッ! 鋼太郎ッ!! しっかりしなさい、島津鋼太郎ッ!』
中破した〈カンナツキ〉は、〈ミナツキ〉の盾にもたれ掛かっていた。空中から自由落下した鋼太郎を見つけた彼女が、辛うじて受け止めてくれたのだろう。
「その声……小夏センパイ、ですか?」
『馬鹿ッ! 起きてるんなら、すぐ返事しなさいよ、死んだかと思ったじゃないッ!』
彼女は強がっているが、通信越しに分かるくらいにはべしょべしょに泣いていた。
鼻水を啜る音も、敢えて今は気づかないフリをしておこう。
「ははっ……俺はどれだけ意識を失っていたのでしょうか?」
『……ざっと数分程度よ。〈グラトニー〉に潰されないよう、すぐに木々の影に隠れたんだから』
操縦桿を引くも、レスポンスが悪い。電装系のトラブルか、それとも内部のパーツが歪んでしまったのか。
「機体は……まだ動くな」
『何が、「まだ動くな」よ。素人目に見ても、壊れる寸前じゃない。……それに、もうアンタが無理する必要はないのよ』
そこで鋼太郎も、雨が止んでいることに気付いた。防壁に設置された砲台は、空を裂いて。〈グラトニー〉の外殻を吹き飛ばす。
「これって,」
『アンタがグースカ寝てる間に、紅音隊長が大久保利恵に勝ったのよ。なんか通信は繋がらないけど、きっと、そうに決まってるわ!』
小夏の声は興奮気味だ。彼女の中の「紅音神話」がまた一つ更新されたのだろう。
彼女と通信が繋がらないことは気掛かりだが、鋼太郎の気も緩んだ。シートにもたれ掛かかれば、全身を途方もない疲労感が、しかし心地の良い疲れが自分を襲う。
「勝ったのか、俺たち……」
今度は〈グラトニー〉が砲弾の雨に晒される番だ。誰もが鋼太郎のように安堵したことであろう────その安堵が次の瞬間に塗り替えられるとも知らずに。
◇◇◇
砲火の間際。次弾を装填するまでの本の数十秒の間だけ、辺りは静寂に包まれる。
その間に、残る全ての〈FG〉が異様な熱量の膨張を感知した。センサー類の故障や、誤作動ではない。
感知された熱は〈グラトニー〉の腹部から徐々に喉元へと競り上がり、一本のレーザーとして放出された。
緋色の閃光が視界を塗りつぶされ。防壁は融解し、砲台は容易く薙ぎ払われていく。
大きく口を開いた〈グラトニー〉はそのまま沈黙し、傷の再生を始めた。ぐちゃぐちゃになった筋繊維の一本、一本が結び付き、表面が補修されていく。
「なんだよ、今の」
『…………嘘…………冗談よね』
轟々と燃え上がった緋色の炎は、背後から〈カンナツキ〉たちを照らした。
その一閃は利恵の放ったそれとはまるで違う。熱操作の応用で精密なレーザーを撃ち出す彼女に対し、〈グラトニー〉の口から吐き出された破壊の光には、精密さも、緻密さもない。それ故に、純粋な破壊を可能としたのだ。
二人はすぐに〈グラトニー〉に目を遣った。二射目が来ると。
しかし、眼前の巨獣は動かない。何十発もの〈聖塵〉による砲弾を受けたが故に、再生能力が弱まっているのだろう。
引き剥がされ筋繊維の隙間からは砕けた頭蓋骨が見えた。さらにその奥には肉肉しい血色に染まった脳髄が覗く。あれに刃を突き立てることができれば、一撃で絶命に至らしめることができるはず。
「…………俺が野郎を殺らなくちゃ」
〈カンナツキ〉がその身体を引き摺るように動き出す。
『ちょっと、待ちなさい! やるって何? あんた一人でどうするつもりよ!』
今の〈カンナツキ〉には〈グラトニー〉の身体を攀じ登る登攀能力も、パイロットである鋼太郎にそれだけの余力も残されていない。
高めたオーバースペックの代償は〈刃血〉だ。ただでさえ血の濃度が薄い鋼太郎に、これ以上支払える代価はない。六機あったドローンビットも全てが失われた今、さっきやったように無理やり足場を作り出すことも出来ない。
万事急須。
絶体絶命。
そんな言葉たちが鋼太郎の頭の片隅をよぎっていった。
「クッソ! じゃあ、どうするって言うんだよッ! あの野郎がもう一度動き出したならッ!」
次に〈グラトニー〉からあのレーザーが放たれたなら、今度は確実に都市部にも被害が及ぶ。そうなれば、鹿児島も、〈サツマハヤト〉も〈ケロベロス小隊〉も全てが終わってしまう。
誰かの居場所がまた、壊されてしまうのだ。
──── なら、ひとまずはさ〈ケロベロス小隊〉が君の居場所ってことでどうかな?
思い出されたのは、紅音の言葉だ。
「……」
果たして〈ケロベロス小隊〉は自分の居場所になれただろうか? 答えは正直、微妙なところだ。紅音たちはこんな自分を受け入れてくれた。それでも彼女たちの隣に並び立つのに、今の自分は弱すぎる。
「……結局、俺の居場所はまだ見つからねぇみたいだな」
徐々に思考の熱が冷めて行く。自らを突き動かす使命感と強迫観念から解かれ、鋼太郎は静かに冷静さを取り戻した。
自分の全てを戦うために費やす〝狂犬〟の在り方は簡単に真似のできるようなものではない。何より鋼太郎はセンスに欠けるのだ。
だが、それでも。
「小夏先輩。〈ミナツキ〉の損傷率はどの程度ですか?」
『見かけほど酷くはないわよ。ざっと三割ってところ。けど、そんなこと聞いてどうするつもり……』
鋼太郎は、勝つためのプロセスを頭の中で一つずつ積み上げていく。現状を脳内で整理し、何が現状における最適解を思案した。
「……なら、次はエノン先生だ。彼女を経由すればきっと」
居場所のない自分には、それを守るための〝狂犬〟になれない。
人付き合いも苦手な自分には、誰かの〝忠犬〟になることもできない。
けれど、誰かの大切な居場所を守れるような〝番犬〟になら────そう在りたいと想う鋼太郎の決意は、刃のように研ぎ澄まされた。
『ねぇ、……さっきから、何を言ってるのよ?』
「考えたんだよ。俺たちで、あの化物をぶっ殺す方法をな」
ここまでの読了、そして本作を手に取ってくれた事に感謝を。〈サツマハヤト〉一同、喜ばしい限りです。
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