在りし日
堕ちた薬莢は熱を帯びて。撃ち放たれた弾丸は利恵の首から下を消し飛ばした。
手足は四散し、〈ハツキ〉は存分に返り血を浴びる。足元に転がる首はそのまま、あまりにも呆気なく動かなくなった。
「…………これで良かったんだ」
操縦桿を握る腕は、微かに震えていた。
〈FG〉の動力源が〈刃血〉であったことは幸いかもしれない。抜かれていく血液と共に、胸に渦巻く感情も少しずつ整理をつけられるのだから。
紅音はもう一度、「これで良かった」のだと言い聞かせた。
鋼太郎の変則的な斬撃から、自分が引き金を引くに至るまで。地味ながらもファインプレーを見せてくれたのは小夏であろう。
彼女の大盾は装甲が微かに展開していた。そこから香る血の匂いが、自分の接近を直前まで利恵に悟らせなかったのだ。
「……」
利恵が倒れたのだから、この雨も長くは続かない。そうなれば、〈ケロベロス小隊〉の次なる目標も自然と定まる。侵攻する〈グラトニー〉と、それに付き従う下級吸血鬼の軍勢だ。
「弾も血もまだ充分にある。……推進剤やバッテリーだって」
だが、不意に機体のセンサーが妙な反応を示す。
前方────残された利恵が頭部だけで微かに動いたのだ。
『おかしいな、紅音? 上級吸血鬼を殺すとき、最優先に潰すべきは心臓ではなく、頭だと。私は口酸っぱく君に教えたはずだぞ』
形状構築──シンゾウ。傷口から無数の血管が伸びて、それが結い合い、拳代の肉塊を形作る。
吸血鬼の再生は心臓を起点とする。だから真っ先にそこを狙うのが、吸血鬼を殲滅する上でのセオリーとして確立された。
だが、上級吸血鬼を相手取る場合はその限りではない。再生の起点となるのは心臓でも、どの程度修復を行うか、またどのタイミングで修復を行うかを決めるのは、頭蓋に内包された「脳」なのだから。
『あぁ、なるほど。口ではどんなに強がっても、内心では紅音だって、私のことを殺したくないだね』
形状構築によって作り出された心臓を起点に、利恵の再生が始まる。
まずは骨格を形成し、次いで筋肉を。最後に吸血鬼の象徴ともいえる翼を。
『ッ……⁉』
紅音は咄嗟に〈ハツキ〉を後方に下げる。
『ハンドガンを撃つのに充分な間合い。うん。良い判断だね、私の教えた通りの』
ほんの一瞬遅れながら、鋼太郎たちもそれぞれの武器を構えた。
『コイツ、不死身かよッ……⁉』
「ごめん、鋼太郎くん……せっかくの二人が作ってくれたチャンスを、私は……」
どう考えても、今のは自分のミスだった。
さっきの一瞬で心臓から脳に照準を合わせ直すことなど造作もない。なんなら、握りしめた二丁のハンドガンで頭部と胸部の両方を同時に撃ち抜けた筈。
「……何が、覚悟はできていたよ。……笑わせないで」
彼女は無意識のうちに殺意にブレーキをかけていたのだ。
『〝狂犬〟は目の前の獲物に喰らい付いてこそ、と教えたんだが……どうやら、今の君にはそれが出来ないらしい』
そんな本心を見透かしたかのように、利恵は笑う。
「だからッ……似てないんだって言ってるでしょッ!」
『そうかしら? 貴女の前に立つ上級吸血鬼・大久保利恵は、笑い方も、声のトーンも、そして、その在り方さえも貴女にとっての〝狂犬〟の筈よ』
照準修正。〈刃血〉の流れを両脚部に集約。各部機能のリミッターと安全装置を解除。〈ハツキ〉は目の前の怪物を、全力で迎い討つつもりだった。
『それに君たちは一つ誤解をしていないか?』
だが、利恵は踏み出そうとしない。その両腕には僅かに陽炎が揺れて、
『確かに私の熱操作には相応の集中力が必要だし、今はその殆どを天候操作に費やしている。だから熱膨張によって空気を押し出すことも、蜃気楼によって幻を作ることも、その逆に熱を奪い取ることも難しい……けれど、私が一度でも熱を操れないと言ったか?』
彼女の周辺に降り注いだ雨が一瞬にして蒸発する。
両腕から放たれる膨大な熱波は、鋼太郎の〈カンナツキ〉を、次いで小夏の〈ミナツキ〉をこの場から弾き出した。
「鋼太郎くんッッ! 小夏ちゃんッッ!」
『ほら、余所見をしない』
利恵が一瞬にして間合いを詰める。垂直に跳んで、機体の頭部を翼で打ち付けた。
「くっっ……!!」
今ので視界の左半分を潰された。モニターには砂嵐が吹き荒れ、アラートがうるさいくらいに鳴り響く。
『怖がらなくてもいいんだ。紅音ならきっと、強い上級吸血鬼になれる。私が保証してあげよう』
次いで、紅音を襲うのは赫灼のレーザーだ。右肩を穿つ衝撃に、軽装な〈ハツキ〉は軽々と弾き飛ばされた。
木々を薙ぎ倒しながらに二転、三転。泥に塗れて、彼女は計器に額を強く打ち付けた。
辛うじて体勢を立て直すも視界の半分が血に濡れる。全身が軋むように痛んで、口の中には錆びた鉄の味がじんわりと広がる。
「…………ぺっ!」
あぁ……痛みの中でようやっと思い出した。
かつての〈ケロベロス小隊〉の隊長が、どうして自分に〝狂犬〟としての在り方を教えたのかを────
◇◇◇
今の一撃で〈ハツキ〉は随分と戦場を離れてしまった。それは、先ほどの熱波を受けた鋼太郎たちも同様であろう。
「さっきので通信機能も完全に死んじゃったか……狙いは私たち分断、と言うか私を孤立させることみたいね」
利恵が〈ハツキ〉の頭部を狙ったのもその為であろう。
〈FG〉の頭部はセンサー類や通信機器が集約されている。そこを叩けば助けを呼べなくなることも、元〈サツマハヤト〉である彼女は当然知っていた。
「……ねぇ〈ハツキ〉。私の血なら全部上げるから。だから、私を勝たせてよ」
フレームを軋ませながらも、操縦者の声に応えるよう〈ハツキ〉は立ち上がる。
そして紅音は、一歩、また一歩と、こちらに歩み寄る上級吸血鬼をキツく睨んだ。
『やはり、まだ立てるか』
「当たり前でしょ。私は〈ケロベロス〉小隊の隊長で、〝狂犬〟なんだからッ!」
構えた二丁のハンドガンは、目の前の標的を捉える。立て続けに三度引き金を引いて、撃ち放たれた弾丸にはそれぞれの狙いがあった。
一発目はあくまでも牽制。二発目は左への回避を促すブラフ。そして、最後の一発が左へ飛んだ標的の頭部を撃ち抜く本命の弾丸である。
ほんの一瞬で組み上げた勝利へのプロセス。
だが、それは皮肉にも、目の前の怪物に教わった戦法であった。
『いけない。つい、懐かしさと甘い香りに誘われそうになってしまう』
利恵もまた翼を円盤状の盾に変え、弾丸を弾いた。
「まだだッ! まだ弾は残ってるッ!」
〈ハツキ〉はハンドガンの引き金に指をかけ。それをめいいっぱいの力で投げ捨てる!
どうして、そんなことをするのか? それはほとんど直感だ。
薬室にはまだ〈刃血〉の充填された特殊弾頭が残されていた。それを自ら放棄するなど、自殺行為だが、紅音は己のが直観でそうすることを選んだ。
「乗りなさいよ、挑発に!」
利恵の意識がほんの一瞬だけ、投げ捨てられた銃の方に向く。どうせ、射撃に込めた狙いだって読まれているのだ。ならばいっそ、その鋭すぎる警戒心を利用させてもらう。
キックペダルをベタ踏みにして、〈ハツキ〉がスタートダッシュを切った。
「思考を回せ、私。勝つためのイメージを描け」
利恵はどうして、紅音と〈ケロべロス小隊〉を分断することを選んだのか? その意図を読み解くと共に、一つの憶測を立てることができた。
彼女にも余裕が残されていないのであろう。いくら上級吸血鬼と言えども身体の再生や、能力の行使には相応の体力を消耗する。
単純な耐久性ならば、全身が巨大化し、分厚い筋骨の壁に守られている下級吸血鬼の方に軍配が上がると言ってもいい。
「死ねよッ! 猿真似野郎がッ!」
鈍い音を立てて。〈ハツキ〉の爪先が、利恵をガードごと蹴り飛ばした。
今の手ごたえで、憶測だったものが確信に変わる。
自分なら殺れると。あと少しで〝狂犬〟の牙が、目の前の化物に届くと。
レーザーに装甲を焼かれ、足元を氷漬けにされようと、〈ハツキ〉はその執念で戦場を駆けた。
『くッ……!』
紅音の視界がぐにゃりと歪む。報告にあった熱操作の応用による蜃気楼であろう
「いまさら、幻なんてッ!」
瞳に映り込んだ幻が、どんなに悍ましいものであったとしても〝狂犬〟は迷わず進み続けられていただろう。
それが〈サツマハヤト〉の隊服を着た、かつての大久保利恵の幻でさえなければ────
「ウソ……」
翼も、牙もない。かつての恩師の姿に紅音の殺意が綻んだ。機体の加速が一瞬緩む。
そして、それを嘲り嗤うのが上級吸血鬼である。
『形状構築───クシザシ』
槍先が〈ハツキ〉のコックピットを貫き、流れた鮮血に、利恵は恍惚の表情を浮かべた。
ここまでの読了、そして本作を手に取ってくれた事に感謝を。〈サツマハヤト〉一同、喜ばしい限りです。
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