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最終防衛ライン・カゴシマ  作者: ユキトシ時雨
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鎖は千切られた

 先陣を切るのはいつだって小夏だった。〈ミナツキ〉の堅牢な装甲は突き立てられた牙をへし折り、構えた大盾は眼前の敵を薙ぎ払う。


 次いで飛び出したのは、紅音の駆る〈ハツキ〉だ。モニター上の標的に照準を合わせてから引き金を引くまで。そこに一才の躊躇はない。


 立て続けに三度引き金を引いては、標的の頭部だけを精密に弾き飛ばす。


 戦場は数百を超えるであろう下級吸血鬼の群れで溢れていた。それが〈グラトニー〉によって、ここまで扇動されてきた個体なのか。それとも、この戦場で〈吸血鬼症(ヴァンパイア・シンドローム)〉に感染した〈サツマハヤト〉の隊員かを伺い知る術はない。


 烟る血と雨の匂いは戦場の凄絶さを物語る。


 辺りは敵味方を問わず死に満ちて。絶えず足元を取られるのが、泥なのか、血溜まりなのかもハッキリしない。


『気に入らん。不愉快じゃ!』


『そうだね、小夏ちゃん。……けど、私たちは私たちの役割を全うするしかないんだよ』


 今の二人にできるのは、ただ目の前の敵を打ち倒すことだけだった。


 そこに中途半端な優しさはいらない。一刻も早く、人の成れの果てを屠ることこそが、最大の誠意であった。


 そして、雨滴に濡れたブレードが淡く煌めく。キックペダルを強く踏んで、鋼太郎が疾駆する。


「────テメェの性能を見せてみやがれ、〈カンナツキ〉ッ!」


 木々の隙間を縫いながら、軌道上に据えた下級吸血鬼を袈裟に切り払った。


 その一閃は、紅音とは小夏だけの〈ケロベロス小隊〉に欠けていた戦場での突破力を補うものでもある。


「ッッ……!!」


〈カンナツキ〉は馬力は〈ミナツキ〉に劣らない。単純な瞬間出力だけならば、高機動をコンセプトに置いた〈ハツキ〉にも追いつく程だ。


 そこまでのオーバースペックを確立する要因は、予め幾つかのリミッターを廃していることにあるのだろう。


 そんな無茶をすれば当然、パイロットにも相応な負荷が振り掛かる。


 Gによる反動。


 ダンパーによって緩和しきれない衝撃。


 そして両腕に繋がれたチューブからは、いつも以上の〈刃血〉が吸い上げられた。


「やっぱ……どっちが吸血鬼かわかんねぇな、お前らはッ!」


 呑気にブレードを振るっている余裕はない。もっと集中を研ぎ澄ませ。


「けど気に入ったぜ、クソ野郎ッ」 


 三機は互いに背を合わせ、周囲を警戒する。


『鋼太郎くん、彼女は……上級吸血鬼・大久保利恵は見つけられそう?』


〈ケロベロス小隊〉は、〈グラトニー〉と他の部隊が交戦を繰り広げる真っ只中から少し離れたポイントに戦力を展開していた。


〈グラトニー〉だって、ここで利恵という端末を失うわけにはいかない。


〈サツマハヤト〉がギリギリまで〈ケロベロス小隊〉という駒を温存したように、彼女も戦場からは少し外れて、ジッと息を潜めているであろうというのが紅音の見解である。


 だが、肝心なモニターは情報で溢れていた。


 絶えず味方が倒れては、下級吸血鬼の反応を示す「×」のアイコンが次々と増えてゆく。


 さらには悪天候、山中、夜間という悪条件下で、たった一つの標敵を見つけ出すことは困難を極めた。


「下級吸血鬼の数が多すぎて、正直それどころじゃ、」


『なら、私と隊長がフォローしてあげる。それにあんたの新装備なら、やれるはず!』 


〈カンナツキ〉の分厚い装甲が、数枚剥離する。僅かながらの〈刃血〉を蓄えた装甲達は、折り畳まれた翼を展開し、宙に浮かび上がった。


 ドローンビッド────各種センサーを搭載した自律型情報収集端末だ。


 鋼太郎の真骨頂はその鋭利な五感にこそある。〈刃血〉の濃さでも戦闘経験でも周囲に半歩劣る鋼太郎が、〈ケロベロス小隊〉の面々に並び立てるのは、その鋭い感覚があってこそだ。


〈カンナツキ〉の開発を行ったエノンは、そんな鋼太郎の性質を早期に見抜いていた。そして、紅音と小夏だけの〈ケロベロス小隊〉には、敵を見つけ出す索敵能力が欠けていたことも。


〈カンナツキ〉はブレードを振るうための強靭な構造と、情報収集に長けたドローンの操作機能を兼ね合わせることで〈ケロベロス小隊〉の先鋒として完成されたのだ。


 六機のドローンたちは、蜘蛛の子を散らしたように飛び去っていく。


 その間に、〈カンナツキ〉の防御性能は著しく低下するものの、より広範囲を詳細に索敵することが可能となった。


「全部わかるぜ……風切り音……それに僅かな熱量の変化も、」


 ドローンたちは全て、拡張された鋼太郎の視覚であり、聴覚であり、嗅覚である。


 そして、解き放たれたドローンたちはこちらに迫る気配をすぐに捕捉した。


「────ターゲットは、隊長のすぐ後ろだッ!」


 振り返ろうとした〈ハツキ〉の左脚を、鋭利に研ぎ澄まされた翼の鋒が掠める。闇の中で息を殺し、真後ろにまで接敵していたのだろう。


『各機、散開ッ!』


 紅音の指示が早いか、三機は同時にその場を離れた。獲物を失った利恵の翼はそのまま地面に叩きつけられ、大きくうねる。


『釣れないな。せっかく、また会えたのに』


 今のは明らかに紅音に向けた言葉であろう。


 だが彼女は無視に徹した。あれはもう大久保利恵であって、大久保利恵ではないのだから。


『利恵隊長……貴女の身体をこれ以上、化物の好きにはさせないから』


 いくら懐かしそうな瞳でこちらを見つめたって、それは残された記憶を元にした猿芝居に過ぎない。


『二人とも、プラン通りに行くよッ!』


『「了解ッ」』


 たしかに利恵の熱操作は万能にも思える能力だ。上げるも下げるも思いのまま。攻撃は勿論、防御や攪乱にだって応用できる。だが、いくら万能であっても底無しだなんてことはない。


 利恵の能力は今、気流や湿度を熱によって故意的に変動させ、雨を降らせ続けることにリソースを裂かれていた。


 彼女には他に能力を用いる余裕がないのだ。その証拠に彼女は先程から翼の形を変化させるだけで、熱操作による攻撃を行わない。それどころか彼女の動作自体が、以前遭遇したときより単調になっているように思えた。


「ここまでも紅音隊長の読み通りッ!」


 鋼太郎は二機のドローンを突っ込ませた。あくまでも情報収集に特化したドローンには攻撃力が備わっていない。だが、その詳細を知るのもまた鋼太郎たちだけだ。


 利恵にとっては未知の装備。急に爆発しても、隠された刃によって切り付けられても、不思議じゃない。変則的な軌道で襲うドローンは彼女の警戒心を分散し、相応のストレスを与えた。


『チッ……目障りな、羽虫だ』


 三人で絶えず攻撃を行い、利恵には一切の余裕を与えない。数で勝る利点を最大限に活かしたプランだ。


 このまま押し切れれば良し。彼女が熱操作を用いて反撃しようすれば、雨を降らせ続けることも不可能になるのだから、砲台の照準システムを回復させるという目的も達成される。


 どちらの結末に転げようと、〝狂犬〟が率いる〈ケロベロス小隊〉は戦果を残すことになるだろう。


『せっかく、紅音と再会できたんだ。邪魔をしてもらいたいんだがな』


「そんな、テメェの都合を俺が知るかよッ!」


〈カンナツキ〉がスラスターを吹かせて、加速する。


 ブレードの先端があと僅かで喉笛を切り裂かんとする直前で、利恵は横向きに大きな回避運動を取った。


『その剣術ならもう見切った。爆発する剣先も』


 彼女は〈鬼灯一型〉の爆風と、その破片の飛距離までを計算したのだろう。────それがブラフであるとも思わずに。


「リベンジと行こうぜ、小夏先輩ッ!」


『あんたが私に命令すんなっつーの!』


〈カンナツキ〉はブレーキをかけないまま利恵の脇を抜く。そして、その直線上にはシールドを固定した〈ミナツキ〉がいた。


 小夏は各部の間接機構を敢えてロックし、こちらを待ち構えている。


『「いっせーのでッ!」』


 鋼太郎は操縦桿を手前まで引き込んで一八〇度旋回。シールドの側面を蹴って、強引に機体の軌道を切り替えた。


 スラスターは青白い尾を引いて、再び薩摩示現流の剣筋が迫る。


『ぐぅぅ…………!』


 利恵もまた刀剣状に変化させた二枚の翼で、その一撃を受け止めた。


 互いに譲ることはない。雨滴に叩かれながらも、刀身同士が小さな火花を散らす。


「爆ぜろッ! 鬼灯一型ッ!」 


「させないッ!」


 形状構築────シバリ。もう二枚の翼が包帯状に変化して、ブレードを包みこんだ。


 これならば爆風も封じ込められる。そう確信した彼女が最後に残った二枚の翼を鋭利に研ぎ澄ました瞬間。────視界の端が紅と黒のシルエットを捉えることになるのだろう。


 本命の一撃は〈カンナツキ〉のブレードでも、〈ミナツキ〉の盾でもない。


『二人の作ってくれたチャンス。無駄にはしないから』


 背後へと回り込んだ〈ハツキ〉が、利恵の背に照準を合わせ、引き金を引いた。

ここまでの読了、そして本作を手に取ってくれた事に感謝を。〈サツマハヤト〉一同、喜ばしい限りです。


気に入って頂けたなら、フォロー&コメントを是非! ユーザーページより、そのほかの作品を楽しんでもらえると、さらにうれしいです!

読了ツイートで拡散、宣伝なんかもして貰えると、もう感謝が尽きません。……っと、今回はここで幕引きです。

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