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最終防衛ライン・カゴシマ  作者: ユキトシ時雨
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再会

 〈サツマハヤト〉に属する人間で、大久保利恵の名を知らない者はいない。


 十年前、西郷隆月が一個小隊を指揮して前下級吸血鬼を一五〇体、並びに上級吸血鬼を二〇体殲滅した。その小隊に属し、戦場を駆け抜けた尖兵こそが彼女なのだから。


『……となると、さっき逃した方も紅音の部下だったのか。これは失態だったな。もっと早くに所属を確認しなかった私の落ち度だ』


 利恵は最古参の〈FG〉パイロットとしても、〈サツマハヤト〉に貢献し続けた人物だ。


 ロールアウトされたばかりの第一世代機で一定の戦果を挙げながらも、様々な問題点を提示し次世代機の開発に繋げた。今〈フミツキ〉があるのだって、彼女の功績と言っていい。


「お前が、あの大久保利恵だと……」


 そして〈サツマハヤト〉に属する人間であれば、誰もが夢想する。「もしも、彼女が、生きていたら」と。


 もしも彼女が生きてさえいれば、〈サツマハヤト〉は今頃、九州の全土を奪還できていただろう。或いは最上級吸血鬼を下し、人類が反撃に出るキッカケを作っていた筈だ。


 そう確信させるほどに、彼女の強さは絶対的であった。


「……笑わせんじゃねぇよ! その人なら、もうとっくに死んでんだよッ!」


『そこまで難しい話でもないだろう? 私は死の間際に〈吸血鬼症(ヴァンパイア・シンドローム)〉に罹患した。そして、運良く上級吸血鬼として復活できただけのことだ』


 だとしたら、最悪の冗談だ。かつての英雄が、化物として現れたのだから。


 利恵の細い指が、凍り漬けにされた機体のコックピットへと伸びる。


 彼女は、人ならざる怪力で装甲を引き剥がし中の鋼太郎を見下ろした。


「せっかくこうして対面できたんだ。思念で語りかけるのも止めにしよう。ところで、紅音は今どうしてるんだい? それから、エノン先生の酒癖の悪さは相変わらずなのかな?」


「……お前みたいな化物と話すことなんて、何もねぇよ」


「まだ強がれるか。けれど君はその状況からどうするつもりだ?」


 半身は未だ氷漬けにされたままだ。


 それに、もし手足が動いたとして、この化物に素手で対抗する手段はない。


「これはちょっとした質問なのだが、君はどうやって人が上級吸血鬼に転ずるかを知っているか?」


「……んなこと、知りたくもねぇよ」


 上級吸血鬼が誕生するのは極めて稀なことだ。何らかの条件が有るのか、或いは罹患した人間に本来備わっていた素質か、研究者たちの間でも見解は幾つかに別れている。


「私も確信があるわけじゃないんだ。ただ、私と同じように上級吸血鬼と化した同胞に話を聞くことがあってだな」


 形状構築────クビキリ。


 彼女は背中から発現した翼を、扱い易い刀剣に変えた。人の首程度なら容易に落とすであろうソレは鋼太郎の腹部へと振り下ろされる。


「うぐッ……⁉」


 えぐり込まれた刃は執拗に傷口を掻き回した。より痛みが広がるよう、より多くの鮮血が流れるよう。


「上級吸血鬼に転じた同胞は皆、脳と心臓以外の臓物を全て潰されているんだ」


 熱を持った痛みに鋼太郎の表情が歪む。堪えようとしたがダメだった。刃を握る利恵が手首を捻るたびに、苦悶の声が漏れてしまう。


「私は説明が苦手だからな。上手く伝えられる自信もないのだが……例えるのなら、そうだな。君たちの駆る〈FG〉だって脳(CPU)と心臓(エンジン)があれば動くのだろう?」


「なっ……」


「私たち上級吸血鬼はあくまでも『端末』に過ぎない。ならば不要な部品をわざわざ身体の中に残しておく必要もないと思うんだ」


 利恵は一度刀剣を引き抜き、その鋒で鋼太郎の全身をなぞった。


 肺を、胃を、肝臓を、膵臓を、腎臓を。胆嚢を、小腸を、大腸を。丁寧に一つ一つを潰していくという意を込めて。


 流れ出す〈刃血〉は、彼女にとって芳醇な香りを放つ美酒と同じだ。腹部に開いた風穴だって、咲き誇る紅い大輪と変わらない。


 利恵は本能に従って、すぐにでも鋼太郎の首元に喰らい付きたかった。


 だが彼女は敢えて、そうしない。


「私の目的は天璋院紅音を上級吸血鬼にすることだ。ただ、彼女一人を吸血鬼にするだけじゃ、寂しい思いをさせてしまうかもしれない」


 再び刀剣が振り上げられる。充分に血に濡れた刃は月明かりを受けて、紅く煌めいていた。


「だから、君たちも上級吸血鬼にするんだ。そうすれば朱音が寂しい思いをしなくても済むだろう」


 鋼太郎の意識は徐々に薄れていく。失血性ショックによる意識の混濁だ。主張を増す痛みとは対照的に、見える景色には靄が掛かってゆく。


 死がすぐそこにあるような感覚だ。手を伸ばさずとも、どれだけ逃げようと、その結末は必ず訪れるのだろう。それこそ人の括りから外れた化物にでも、成り果てない限りは。


 ────パンッ!


 薄れゆく意識のなか、鋼太郎は最後に一発の乾いた銃声を聞いた。


 闇夜の空に向けて、放たれたそれは紛れもなく〝狂犬〟の声だ。


『動くなッ!』


 暗闇の向こうから、狙いを定められる。


「あぁ……この声は。懐かしいなぁ」


 利恵が振り返れば、そこにはハンドガンを構えた〈ハツキ〉の姿があった。


『ねぇ……質問なんだけどさ。それは、君なりに利恵隊長の真似をしているつもりなの?』


 その声には存分に憐憫の念が込められていた。紅音はそこにありったけの憎悪を乗せて、らしくない口調で吐き捨てる。


『だとしたら、全然似てねぇんだよ、この化物がッ!』

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