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最終防衛ライン・カゴシマ  作者: ユキトシ時雨
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メメントモリ

「このクソ野郎がッ!」


 鋼太郎は、ブラックアウトしたモニターの右半分と、自分自身の無力さに苛立ちながらも吐き捨てた。


 それでも〈フミツキ〉は、倒れた〈ミナツキ〉を庇うようにして上級吸血鬼の前に立つ。


「槍の形成、アレもアイツの能力か? いや、それも少し違うな……」


 十分な血液を摂取した吸血鬼は成長する。


 上級吸血鬼にもなれば、自らの身体をどのように成長するかを、ある程度までは自由に定められるのだろう。


『ねぇ、鋼太郎。……聞こえてるわよね?』


 通信の向こうから届いたのは小夏の声だ。


 さっきの衝撃で額を強く打ち付けたのであろう。通信には血がポタポタと滴り落ちるノイズが混ざっていた。


『あいつは多分、ここにいる誰が相手をしたとしても手に余る』


 時折、痛みから来る呻き声が混ざりながらも、彼女は声を搾り出すようにして続ける。


『だから良い? 私が時間を稼いであげるから、あんたは今すぐ、回れ右して逃げるの』


「…………」


 鋼太郎は黙ったまま機体の損傷率を確認した。潰されたのは機体の右目だけ。〈刃血〉の残量にだって余裕がある。


『ねぇ! ちょっと聞いてるの!』


「聞いてますよ、小夏先輩。……というか普通、逆ですよね。動けないアンタがどうやって、あの化物を相手に時間を稼ぐんです?」


『……そっ、それは……こうズギャーン! って感じで!』


 それでは説明になっていない。多分、具体的なことまでは考えていなかったのだろう。


 呆れながらに鋼太郎は溜息を吐き出した。


「アンタの盾は俺を守るためにあるんじゃねぇだろ」


〝忠犬〟が付き従うは、いつだって本物の〝狂犬〟でなくてはならない。


 今の何にも成りきれない鋼太郎は、せいぜいが野良犬止まりだった。


「さっさと行ってくださいよ。正直、足手まといなんで」


『……ほんと、クソ生意気な後輩なんだから。……後でその態度について説教してやるから、必ず生きて戻ってきなさい』


〈ミナツキ〉のコックピットが開く。


 小夏は額に負った傷を庇いながらも、機体のあらゆるデータが記録されたディスクを手に這い出した。


「……」


 これで良いのだ。戦闘記録を小夏が持ち帰りさえできれば、上級吸血鬼への対策を立てられる。だから自分が彼女が逃げ切れるだけの時間を稼げば────


『私がそう易々と、標的を逃すと思うかッ!』


「テメェこそッ! 簡単にここを通れると思うなよッ!」


 研ぎ澄まされた槍先と、ブレードの鋒が激しくぶつかる。


「ぐッ……!」


 小夏を追おうとする上級吸血鬼の一撃を真正面から受け止めたのだ。衝撃にフレーム全体が悲鳴を上げた。


 きっとブレードを握る両腕に〈刃血〉を集約させていなければ、今の衝撃をいなしきれなかっただろう。


『ふむ……どうやら、この香りから察するに、君の〈刃血〉は薄いようだね』


 彼女の鼻先がスンスン、と動いた。


『平均の半分程度と言ったところか? 両親のどちらかが、鹿児島人ではないんだろう。それにしては上手く遣り繰りしてる方だが』


「あぁ……そりゃ、どうもッ!」


 ブレードを八相に構えて、荒々しく振り下ろすのは薩摩示現流の剣筋だ。


〈刃血〉の濃さは確かに重要だが、あくまでも戦闘を構成する上では一要素でしかない、と鋼太郎は自らに言い聞かせた。


 サーモーグラフィーを介して熱量の変化を観測すれば、蜃気楼や、彼女の大まかな攻撃タイミングを看破することは難しくない。


 それに今は乱戦なのだ。既にモニター上では、仮説拠点を取り囲んでいた下級吸血鬼の数が続々と減りつつある。〈サツマハヤト〉の隊員たちが戦況を押し返しているのだろう。このまま戦況が長引けば、数的不利になるのだって敵の方だ。


 ならば今の鋼太郎にできるのは時間を充分に稼ぎ、少しでも目の前の化物に痛手を負わせることだった。


『この剣速は示現流だな』


 振り上げられた銀閃が上級吸血鬼の頭上に至るまでは、コンマ数秒も掛からなかった。だが彼女はそれだけの剣速を目視で把握し、冷静に対処してみせる。


「ふふっ」


 半歩退かれて、ブレードの先を簡単にあしらわれた。すぐに刃の軌道を切り返すも、同じことだ。


『君が辛うじて私と戦える要因には、優れた五感に加え、熟達した剣術の才もある。指導者の腕もよかったんだろうな』


「御託をベラベラと並べやがって。その減らず口がいつまで続くか試してやるよッ!」


 鋼太郎がニヤリとほくそ笑む。


〈フミツキ〉の携えるブレードもまた、エノンによって新調されたものなのだから。────〈対吸血鬼用ブレード型兵装・鬼灯一型〉。見てくれはこれまでのブレードと同じ日本刀を模していても、その内側はまるで違う。


「爆ぜろッ! 鬼灯ッ!」


 鋼太郎は操縦桿に増設されたスイッチを弾いた。


〈鬼灯〉の刀身には細い管が張り巡らされ、内側を〈刃血〉が巡る。そこに微弱な電流を流すことで、刀身は破裂。強靭な爆風を引き起こすのだ。


 示現流の一振りは、知性の残る上級吸血鬼ほど適確に対処される可能性がある。だからこそ、想定外からの「初見殺し」がより有効な一撃になり得た。


 舞い上がった粉塵と共に砕けた刀身が、鋭利な破片となって彼女の全身に突き刺さる。四方八方から散弾のように降り注ぐ金属片を避わしきることは、その動体視力を持ってしても不可能だった。


「ここで仕留めてやるよッ!」


〈フミツキ〉は爆ぜた〈鬼灯〉をすぐに投げ捨てて、拳を固める。


 中途半端なダメージではすぐに再生されてしまうだろう。鋼太郎は冷徹に狙いを定めた。


 合理性も理性も。


 センスもオリジナリティさえも。


 殺すために、自分の持てる全てを集約させろ。あの〝狂犬〟のように────


『……あまり調子に乗ってくってくれるなよ?』


 ある種の悪寒が鋼太郎の脳髄を穿った。


 電圧低下。エンジン回転数、減少。


『私がいつ、熱量を上げることしか出来ないと言った?』


 機体の内側を流れる〈刃血〉が凍り付き、〈フミツキ〉は静止した。


「なっ…………」


 彼女は手を閉じていた。そこには周辺の熱が全て集約される。レーザーや蜃気楼と同様に、これも熱操作の能力を応用したに過ぎない。


 対象から熱を剥奪し、凍結させる。それならば温度の上昇ばかりに意識を裂いていた鋼太郎の虚を突くことも容易であった。


 青白い冷気は機体の表面だけに留まらず、コックピットの内部にも広がった。それは血管に繋がったチューブを介して、鋼太郎の身体さえも凍てつかせる。


「このッ……」


 咄嗟にチューブを引き抜くも、それでは遅い。踏板に密着させた爪先から氷結は広がり、半身の自由を奪い去った。


『私は能力を使うにも、傷を治すにも相応の体力を持っていかれる。特に熱を奪うのはあまりやりたくないんだ。奪った熱を体内に内包しなければならないのだが、その過程で体内にダメージが生じるからな。それを治す再生する過程でさらに体力を使うんだ』


 だから迅速に決着をつけようと、彼女の構えた槍先は再び熱を帯びて、〈フミツキ〉の頭部を抉った。


 幾度も振り下ろされる槍先は、内部機構を庇護する装甲板を荒々しく引き剥がし、簡単に〈フミツキ〉を解体してゆく。


 その最中に鋼太郎が思い浮かべたのは、ある感覚だ。


「………………俺は、死ぬのか?」


 それは随分と今更な感覚もであった。


 当然、自分の中で戦いに身を投じると言うことの意味は分かっていたつもりだ。そこには絶えず「死」が付きまとうことも。


 だが、こうやって現実を前にして鋼太郎はようやっと痛感する。死とは理不尽なものであると。


 絶対的強者から突然にもたらされる、その恐怖に初めて身震いがした。


『ん……?』


 唐突に彼女の手が止まる。その槍先で鋼太郎の囚われたコックピットを貫こうとする寸前で、〈フミツキ〉の機体に描かれたエンブレムマークが目に止まったのだ。


『三つ首の犬……あぁ、だから、通りで。……ふふっ、それならば私も納得だよ』


 彼女のリアクションは、その前後で明らかに違う。


『どうやら君は、紅音の部下のようだな』


「は……?」


 思い返せば、彼女が紅音の蜃気楼を作り出せたこと自体が不自然なのだ。


 あれは紅音が〈ハツキ〉に搭乗すること、そして彼女が赤と黒をパーソナルカラーに選んでいることを知らなければ、蜃気楼を作り出すこと自体が不可能なはず。


『あぁ……それにしても、懐かしいな。天璋院紅音。何度、その名前を呼んだだろうね』


 そして以前に紅音から見せてもらったボロボロの拳銃。


 彼女はそれを「形見」ではなく、わざわざ「因縁」とまで称したのだ。


「まさかテメェは……」


『いや、失礼した。改めて私の自己紹介をさせて貰おうか。────私は上級吸血鬼・大久保利恵(おおくぼりえ)。〈ケロベロス小隊〉の〝元〟隊長にして、君たちの隊長に〝狂犬〟とは何かを教え込んだ女だ』

ここまでの読了、そして本作を手に取ってくれた事に感謝を。〈サツマハヤト〉一同、喜ばしい限りです。


気に入って頂けたなら、フォロー&コメントを是非! ユーザーページより、そのほかの作品を楽しんでもらえると、さらにうれしいです!

読了ツイートで拡散、宣伝なんかもして貰えると、もう感謝が尽きません。……っと、今回はここで幕引きです。

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