アビスの底へ①
人の手から離れたかつての市街地は、荒れ果てた廃墟と化していた。
〈フミツキ〉と〈ミナツキ〉。二機の〈FG〉は互いに、周囲を警戒しながらも歩みを進める。
この街も〈吸血鬼症〉の蔓延によって奪われた生存圏の一つに過ぎない。亀裂の走ったアスファルトも、ヒビ割れたガラス窓も、資料で似たような写真を何度だって見てきた。人の築いた都市や、その営みが存外脆いことも理解していたつもりだ。
「……」
ただ、それでも鋼太郎は物哀しさを思わずにはいられない。
一方で前方を歩む〈ミナツキ〉は感傷に耽ることもなく、淡々と進んでいく。
小夏は遠征任務にも慣れていた。
そもそも彼女だけがしばらくの間〈ケロベロス小隊〉から離れていた理由だって、遠征に出ていた他の小隊の救援に応じた結果だった。その実力を高く評価された彼女は部隊の護衛役に抜擢され、今回の騒動を機に紅音の元へと呼び戻されたというわけだ。
彼女にとってはこんな光景も見慣れたものなのだろう。
或いは、今更思いを馳せたところで、どうにもならないことを理解しているのか。
『……イライラするわね、鋼シロウ』
「鋼シロウじゃなくて鋼太郎な。何だよ、その北斗神拳の継承者みたいな名前は」
『別にあんたの名前なんて、どうでもいいの。それより敬語はどうした? 敬語は?』
通信から返ってきたのは、明らかに不機嫌そうな標準語だった。彼女がどうしてここまで機嫌を損ねているのか。それはこの場に〈ケロベロス小隊〉の隊長である紅音が不在なことに起因していた。
吸血鬼の移動能力は決して侮れるものではない。その翼を広げれば、長距離を移動するのも容易なことだ。従って、防壁に大穴を開けたと思われる上級吸血鬼の捜索範囲も相応に広いものとなる。
「……小夏センパイだって納得したでしょう。……捜索の効率を上げるために、さらに隊を分割することに」
三人からなる各小隊を隊長と隊員の二つに分割。さらに一人となった隊長同士でペアを作成することで、上級吸血鬼を捜索する二〇のチームが出来上がった。
小隊をさらに分割するのは〈サツマハヤト〉の隊員たちにとっても異例の措置だが、上級吸血鬼が潜伏しているであろう範囲全てを短期間で捜索するための苦渋な選択でもある。
『流石の私でもその点に関しては納得してるわ。けど私が我慢ならないのはね、隊長が一人だけで上級吸血鬼を探すことになったことよッ!』
〈ケロベロス小隊〉も加え十三個の小隊からなる、遠征部隊を先程の分け方で分割しようとすれば、どうしたって一人の余りが出る。
その余りになることを紅音は自ら志願したのだ。
自分はスーパー最年少エリートだからといつもの調子で。それも中尾山公園に設置した仮設拠点から最も離れた危険区域の捜索担当をだ。
それは〝狂犬〟らしい選択とも言える。並の吸血鬼が相手ならば、彼女が遅れをとることもないだろう。ただ一抹の不安を拭えないのも事実だ。
『もしも紅音隊長に何かあったら、私はこんな馬鹿げた作戦を考えた西郷陸将補たちをぶっ殺すから。その時はあんたも手伝いなさい』
「はぁ⁉ いよいよ頭がイカれたんですか⁉」
『私はいつだって正気よ。まず、あんたが〈フミツキ〉で囮役をやるの。それで守りが薄くなったところに私の〈ミナツキ〉を突っ込ませるから』
「しかも、やり方が理不尽極まりねぇな、おいッ!」
小夏の発言はテロリストの何ら変わりない。もしも機体のレコーダーに残った発言を、上層部の人間に聞かれることがあれば彼女は干されるどころではすまないだろう。
「……上に提出する前に、今のやり取りはエノン先生に頼んで削除してもらわねぇとな」
こういうことを考えるのも〈サツマハヤト〉の一員としてどうかと思うが、いっそ数体の下級吸血鬼に襲ってきて貰いたかった。そうすれば小夏の苛立ちも少しは解消されるはず。
ただ、鋼太郎の期待に反して〈フミツキ〉のレーダーが何かを捉えることもない。先行させた調査用ドローンたちも、吸血鬼の姿を見つけられずにいた。
廃墟と化した市街地は、吸血鬼が潜伏するのにも優れている。跨道橋の下やビルの残骸が、下級吸血鬼の巣穴代わりになっていることだって珍しくはない。それなのに、この辺りは妙に閑散としていた。他の捜索チームは、すでに一度か二度、下級吸血鬼と交戦になっているというのにだ。
鋼太郎は機体に備えられた各種電子機器に気を配る。細心の注意を払い、己の五感全てを集中させた。
「小夏センパイ。少し止まって貰えませんか。機体のエンジンを切って、静かにしていてください」
ゾゾゾッ……と。
挿入したイヤホンから、妙な音が聞こえた。機体の足音や、各部の関節が軋む音でもない。もっと生物らしい音が一定間隔で、鋼太郎の鼓膜を小さく振るわせるのだ。
『なによ、そんなに私がうるさいっての?』
「そうじゃなくて。センパイには聞こえませんか」
『……何がよ? ……私には特におかしな感じはしないけど』
「風の音と言えばいいんでしょうか。……それに建物が揺れるような音も。とにかく一定間隔で雑音が混ざるんです」
そう言われて、小夏も機体の計器類に目をやった。〈ミナツキ〉に搭載されたセンサー類をはじめとした機器も、エノンによって最新鋭のものへと換装されている。探査能力ならば鋼太郎の〈フミツキ〉にも劣らない。
「確かに。ところどころに妙なノイズが入るわね、あんたの言うように風みたいな。けど、これがどうしたのよ? たまたま今日は風が強い日だったってことでしょ」
いや、そうとは思えない。それにこの音は、風というよりも、
「───何かの息遣い」
鋼太郎はすぐにモニター上へと、この辺り一体のマップを表示した。機体のセンサーに感知できない条件下にあり、何か大きなものが潜める空間がないかを。
「センパイも探してください! きっと何かがいるはずなんです!」
『……なら地下って線はどうかしら? ……まだ吸血鬼達の侵攻が本州で留まっていた頃に、熊本や宮崎では大規模なシェルターの建設計画があったの。結局、シェルターの建設は間に合わなかったらしいけど、その際に掘り起こされた広大なスペースが今も残ってるとしたら?』
〈FG〉に搭載された計器のほとんどは、敵の襲来や戦況をいち早く操縦者へと伝えるためのものであり、その索敵範囲は地下深くまでは届かない。
確かに、それならばセンサーに引っ掛からなかった理由にも頷けた。だが、地下深くに潜むナニカの息遣いが地上にまで届くものだろうか?
「……嫌な予感がします」
『けど、気づいたからには調べないわけにはいかないでしょ。何か地下に降りる手段を探すわよ』
ここまでの読了、そして本作を手に取ってくれた事に感謝を。〈サツマハヤト〉一同、喜ばしい限りです。
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