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最終防衛ライン・カゴシマ  作者: ユキトシ時雨
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三人目の問題児

 ・ 八月九日 午後三時

 ・ 出水市・肥薩山脈。防壁の周辺


 鋼太郎たちの目の前に聳えるのは、コンクリートと鉄筋からなる重厚な壁。日本での〈吸血鬼症〉の蔓延に際し、最後の生存圏たる鹿児島と他県を隔絶するように建造された三〇メートルを超える防壁だ。


 防壁には多くの〈サツマハヤト〉が集結していた。十二の正規小隊と〈ケロベロス小隊〉に加えて、彼らの〈FG〉と調査機材を積んだトレーラーが続々と到着する。


 その目的は、以前に紅音が説明した通り。


「この壁に穴を開けたであろう上級吸血鬼の調査とその殲滅か、」


 鋼太郎はカロリーメイトを齧りながらに、トレーラーの荷台へと横たわる紅音へと目を遣った。


 いつも笑みを絶やさない彼女にしては珍しく、ムスっとした顔で眉根を寄せていた。

 鋼太郎も含めた、多くの隊員が表情を強張らせる中、不貞腐れた態度を貫く彼女は周りからも一際に浮いている。


「ねぇ、聞いてよ、鋼太郎くん」


「……」


「スーパー最年少エリートの紅音チャンがどうして不機嫌なのか聞いてってば!」


 手足をバタバタとさせる紅音。彼女がどうしてここまで不機嫌なのか、鋼太郎にはおおよその察しがついていた。


「どうせ少しの間でも鹿児島を離れるのが嫌とか、そんなところだろ?」


「むぅ……そこまで分かってるなら、慰めてくれてもいいのに。頭を優しく撫でてさ」


「誰がするかよ。むしろアンタの気まぐれに付き合わされる俺の方が誰かに慰めてもらいたいくらいだよ」


「それなら隊長である私が!」


 それは断固としてお断りする。乾いた口のなかをミネラルウオーターで潤すと、鋼太郎は改めて防壁の方へと視線を戻した。そこにあるのは膨大な熱によって溶かされたような痕跡と、直径八メートル程度の大穴だ。


「ほんと派手にやってくれたもんだよ。ところで鋼太郎くんは、上級吸血鬼の連中を見たことがあるんだっけ?」


「資料や記録で存在を知っている程度だ。つい、この間まで行動予備隊だった俺に、そんな大物と対峙する機会なんてねぇよ」


「そっか。まぁ、そうだよね」


 紅音のような優秀な隊員には度々、遠征任務が課せられる。防壁の外へと駆り出して、下級吸血鬼の分布状況や環境の変化を調査するのだが、彼女にはその過程で上級吸血鬼とも遭遇した経験があった。


「大分で二回。佐賀と福岡でそれぞれ一回ずつ。まだ眷属化していない上級吸血鬼とは殺し合ったことがあるんだけどさ。そんな私に言わせれば、コレをやったヤツは上級吸血鬼って括りの中でもかなりの上澄みだと思うんだ。────上の上とでもいえば良いのかな? 多分、そんなヤツと遭遇したのなら、私たちの半分は死ぬだろうね」


 彼女の強さが異常というだけで、今回の遠征を共にする正規小隊の面々は精鋭ぞろいだ。吸血鬼との戦闘経験も、〈FG〉の操縦練度も鋼太郎を上回っているだろう。


 そんな正規小隊ですら、上位吸血鬼を前にすれば半数が殺されるというのか。


 質の悪い冗談と笑いたかったが、そう断言する紅音の顔は真顔そのものだった。


「驚いたよ。まさかアンタでも弱音を吐くことがあるなんて」


「もちろん、私は負けないよ。隊長として絶対に負けるわけにはいかないから……たださ、どうにも気が進まないんだよねぇ」


 〝狂犬〟の嗅覚とでも言えば良いのか。彼女はむず痒そうに鼻のあたりを擦った。


「───あっ、そういえば!」


 彼女の表情がいつものニヤけ面に戻る。


 わざとらしい態度と言い、おそらくはまた何か重要なことを故意に黙っていたのだろう。


「今日はここで、もう一人の〈ケロべロス小隊〉のメンバーとも合流します!」


 トレーラーの影から、タイミングを合わせたように一人の少女が現れた。栗毛色の髪をショートに切りそろえた小柄な女性隊員だ。


 彼女はこちらへと歩み寄ると、瞳を細めながらに鋼太郎を睨んだ。


「紹介するね、彼女は帯刀小夏。私に勝るとも劣らない優秀な隊員だよ」


 そう紹介された小夏は表情の一つ変えないまま、やはりこちらを睨んでいる。


「え、えっと……よろしくでいいのか……?」


 困惑しながらも、鋼太郎は小夏へと手を差し出した。親睦を深めようと握手を求めただけで、他意はない。


 だが、彼女はその手を弾いて、自らの拳をキツく固める。


「うぐッ⁉」


 あまりに唐突すぎてガードする余裕もなかった。彼女の打ち出す拳はそのまま、溝内へ突き刺さる。


「い、いきなり何すんだよッ!」


「フン。なんじゃ、この弱虫(やっせんぼ)は? ちっと殴っただけでギャーギャーと」


 いや、明らかにちょっと殴った程度ではない。腰を入れて打った拳には、確かな捻りが加えられていた。


 鋼太郎は顔を青くしながらも、それでもさっき食べたものを吐き戻さないよう必死に堪える。その隣で爆笑している紅音はムカつくが、一旦無視をすることにした。


「喧嘩なら買ってやるぞ、チビ女」


「ほう? そりゃ面白いのう。まずは口の利き方から教えてやらんとな」


 互いに睨み合う二人の間には、見えない火花が散っていた。


 一触即発。次にどちらが手を出したっておかしくはない状況で、紅音がパン! と手を打ち合わせる。


「はい、そこまで! いくら鋼太郎くんが愛想のない不幸面だからって、いきなり殴るのはダメだよ、小夏ちゃん」


「オイ、誰が愛想のない不幸面だって……というか、俺はそんな理由で殴られたのかよ!」


 苛立ちを隠せない鋼太郎の傍らで、小夏は次に紅音の方をジッと睨んだ。その表情は先ほどよりも険しい。


「久さ方ぶりじゃの、紅音隊長……」


「うん。久しぶりだね、小夏ちゃん。そんなに私の方を見つめてどうしたのかな?」


 すると、彼女はいきなり紅音の胸元へと飛びついたのだ! 隊服越しに顔をうずめて、にんまりと頬を緩める。


「……んっ。久し方ぶりの紅音隊長の匂いじゃ」


「わっ! 今、汗かいてるから。あんまり嗅がないでほしんだけど!」


「もう少し。もう少しだけ(まちっと。まちいとだけ)、隊長の甘酸っぱい香りを嗅がせて欲しいのじゃ」


 そんな奇妙な様子を眺めて、鋼太郎はある違和感を抱く。


 彼女が聞きなれない古風な鹿児島弁で喋るのも違和感の要因の一つだろう。ただそれ以上に紅音への接する態度が、どこかおかしいのだ。


 先ほどまでの凶暴性も何処かに消え失せて、小夏の後ろには、本来はあるはずもない尻尾をブンブンと振っているようにも思えた。


 ◇◇◇


 ふと鋼太郎が思い出したのは、エノンから渡されていた彼女に纏わる戦闘記録だ。


『─────これは、ちょっと面倒なことになったなぁ』


 記録となる映像は〈ハツキ〉のカメラによって、紅音視点で撮られたものとなる。


 吸血鬼の生態調査と、データ収集のため遠征へと駆り出した〈ケロベロス小隊〉は、下級吸血鬼の大群と遭遇。そのまま他の遠征部隊から孤立し、戦闘を繰り広げる

ことになった。


 鹿児島の外に潜む吸血鬼たちは、下級と言えども 〈聖塵〉によって発生する磁場の影響を受けていない分、その動きも俊敏だ。ハンドガンの射線上から逃れかと思えば、一瞬で間合いを詰めてくる。


 時折カメラの脇に映りこむ何十もの死骸と、ばらまかれた空薬莢が、彼女がどれだけ長い時間を戦ってきたかを物語る。


 関節は擦り切れて、機体の中を巡る〈刃血〉も残るも僅かだった。


『あちゃ、流石にそろそろ弾切れか……〈ハツキ〉は長期戦になると、少しキツいんだよな……』


〈ハツキ〉は紅音が満足するだけの機動力を獲得するために、あらゆる要素を切り詰めた機体だ。


 重量増加の際たる要因になりうる装甲は当然のことながら、〈刃血〉や弾薬も最低限の量しか積載されていない。


『ならば、私の出番みたいじゃのう!』


 そこへ一機の〈FG〉が弾丸のような勢いで滑り込む。FG―04〈ミナツキ〉────小夏の駆る機体だ。


『私の紅音隊長に近寄るなよ。やっせんぼの下級吸血鬼がッ!』


〈ミナツキ〉は右腕で担いだライオットシールドを斜に構え、紅音へと襲い掛かろうとする吸血鬼を強引に押し返した。


『ナイスアシストだよ、小夏ちゃん』


『えへへ……じゃなくて! それよりも、こいを使うて下さい!』


 シールドの裏面に積載されるのは、人工血液を蓄えた簡易パックと予備の弾薬だ。

〈ミナツキ〉はそれらを素早く掴み取り、〈ハツキ〉へと投げ渡した。二機はそのままピタリと背を合わせ、辺りを取り囲む吸血鬼たちと対峙する。


 小夏のシールドが吸血鬼たちを阻み、そこを紅音が撃ち抜く。両者間には互いに前衛と後衛としての確かな役割が成立していた。


 ◇◇◇


「紅音隊長! 貴女の帯刀小夏はもう離れたりしもはんからな!」


「き、気持ちはうれしんだけどなぁ……ちょっ、ちょっと鋼太郎くん! 私を助けてはくれないかな!」


〈ミナツキ〉はその型式からも分かる通り、〈フミツキ〉や〈ハツキ〉よりも一世代前の旧型機だ。


 整備性や〈刃血〉のエネルギー変換効率も次世代機には一歩劣り、全身を覆う装甲も直線的かつ無骨で、粗が目立つ。


 それでも小夏が〈ミナツキ〉を搭乗機に選んだのは、他ならぬ紅音の隣で戦うためなのだろう。


 確かに〈ミナツキ〉のスペックは、どのスッペクも他の機体に劣る。だが、ただ一点。重厚なフレームに秘められた馬力ならば、他の追随を許さなかった。その馬鹿力で総重量が五トンにも及ぶシールドを取り回し、〈ハツキ〉の弱点たる装甲の薄さと継戦能力を補う。彼女の機体は、紅音が最大限のパフォーマンスを発揮するためにあると言っても過言ではない。


「ねぇ、鋼太郎くんってば! 聞いてるの!?」


 久しぶりの再開にじゃれ合っている(?)二人を見ながらに、鋼太郎はそれとなく帯刀小夏という人物を理解した。


 階級は自分よりも一つ上の陸士長。紅音が認めるだけの操縦センスを持ちながら、彼女とそれ以外では接する態度もまるで違う。


 紅音が〈ケロべロス小隊〉の〝狂犬〟だと言うのなら、小夏は主人のために全てを捧ぐ〝忠犬〟と評するのが相応しい。


ここまでの読了、そして本作を手に取ってくれた事に感謝を。〈サツマハヤト〉一同、喜ばしい限りです。


気に入って頂けたなら、フォロー&コメントを是非! ユーザーページより、そのほかの作品を楽しんでもらえると、さらにうれしいです!

読了ツイートで拡散、宣伝なんかもして貰えると、もう感謝が尽きません。……っと、今回はここで幕引きです。

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