君の居場所
────七月二十六日。午前五時三〇分。出水市・肥薩山脈へと襲来した三〇体の下級吸血鬼は、救援に駆け付けた正規小隊と〈ケロベロス小隊〉の活躍によって速やかに殲滅された。
◇◇◇
コックピットの外は微かに白んでいた。そういえば時刻はちょうど陽が昇る時間帯だ、と鋼太郎は今更ながらに欠伸を噛み締める。
ふと目をやれば通信を求めるランプが点灯していた。向こうにいるのは当然、紅音だ。
『お疲れさま、鋼太郎くん。ケガはしなかった? 気分とかは悪くない?』
「……アンタは俺をどれだけ馬鹿にすれば気が済むんだよ」
『むっ! 誤解されたくないから言っとくけど、戦闘後の隊員の安否確認だって隊長の義務なんだから』
「それで何の用だよ? 前はいきなり繋いできた癖に、今回はやけに律儀なもんだ」
『別に大した用事でもないからね。ただ、隊長として君に聞いてみたいことがあってさ────ねぇ、鋼太郎くん。君はどうして、そこまでして東京に帰りたいと思うの?』
彼女はそんな質問を投げかけた。
『君の居場所は鹿児島じゃないってことはもう分かった。けどさ、君がどうして東京に拘るのか、それをまだ聞いてなかったなーって』
「……別に面白い話でもないぞ。〈吸血鬼症〉の蔓延が広まった頃、親父たちはまだ幼かった俺を、鹿児島の親戚の元に預けたんだ」
『鹿児島疎開って奴だね』
鋼太郎は口を少し噤んでしまった。
「当時じゃ珍しくもない話だ。けど、その一週間後だったんだ。東京に最上級吸血鬼が現れたのは」
最上級吸血鬼────それは最初期に〈吸血鬼症〉を患った「始まりの怪物」にして、現在は七体が確認された規格外の超巨大吸血鬼を区分するためのカテゴリーだ。
十年前。「暴食」のコードーネームを冠した最上級吸血鬼〈グラトニー〉は英国に甚大な被害を与えた後に、東京へと飛来した。
〈グラトニー〉の血肉への渇望が満たされることはなく、目に映るもの全てを喰った。その食べ残しが下級吸血鬼へと転じ、間も無くして東京は地獄と化す。
都市は〈グラトニー〉によって引き潰され、そこに住まう人が化物へと成り果てたのだ。
「吸血鬼に成り果てれば、身元を特定することも困難だ。俺の両親や友達はどうなったかも分からねぇ。……ちゃんと人として死ねたのか、それとも今も化物として弔われる時を待ってるのか……ただ、」
ただ、鋼太郎にとっての全ては東京(あの街)にある。
見知った情景も。大切だった人も。
その全てを置き去りに鋼太郎は逃げて、今日まで生き延びたのだ。
「だから俺は帰らなきゃいけないんだよ。……置き去りにしたものにケジメを付けるために」
鋼太郎の瞳が青白く燃ゆる。それがただのモニターの照り返しなのか、憎しみや後悔なのかは鋼太郎自身にしか分からない。
「アンタは俺に言ったな? 居場所ってのは勝ち取るものだって」
『確かに言ったね』
「俺はどんなことをしてでも、〈グラトニー〉を倒して、居場所を奪い返す」
世界中に散らばった最上級吸血鬼の撃破例は未だ、一つたりとも報告されていない。〈FG〉のマシンスペックにも、パイロットを務める鋼太郎自身にも確かな限界がある。
自分がどれだけ無謀な願いを抱いていることを自覚しながらに、言葉を続けた。
「だから、これからもアンタには教えて貰いたいんだ。……例え、それが狂気と呼ばれるようなものでも。俺にはアンタの強さが必要なんだよ」
『そっか……なら、ひとまずはさ〈ケロベロス小隊〉が君の居場所ってことでどうかな? これは受け売りなんだけどさ、戦う理由ってのはポジティブな方が良いらしいよ』
それに君は手段なんて選ばないだろ? と紅音は続けた。
そんな得意げな彼女が何故だか、とても可笑しくて。
「ははっ、アンタはいつも唐突に訳のわかんねぇことを言い出すな」
『それが〈ケロベロス小隊〉隊長にしてスーパー最年少エリート・紅音チャンだからね!』
彼女の声はパッと明るく、そして鮮やかに色付いた。
『ねぇ、鋼太郎くん。君が皮肉や嫌味を抜きに笑ってくれたのはこれが初めてじゃないかな?』
鋼太郎はそこで初めて、自分の表情が解けていることに気づいた。
モニター画面に映り込んだ顔は穏やかなものだ。こんな顔が出来たのは何年ぶりだろうか。鋼太郎は小さく呟く。
「ありがとな、紅音隊長」
『ん? ノイズが混じってよく聞こえないんだけど ……あっ! もしかしてスーパー可愛い紅音チャンにハートを撃ち抜かれちゃったり?』
「は……?」
『ならしょうがないよねぇ、好きな女の子の前じゃ声が出なくたってさぁ!』
「んな訳ねぇだろッ! 鹿児島オタクのバカ女ッ!」
恥ずかしさを誤魔化すように、紅音とのは通信を切り落とす。
まだ早朝だというのに、コックピットの中が異様に蒸し暑く感じるのは何故なのか? その答えを敢えて考えまいと、機体の空調を強めた
ここまでの読了、そして本作を手に取ってくれた事に感謝を。〈サツマハヤト〉一同、喜ばしい限りです。
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