表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

コミカル異世界恋愛短中編

婚約破棄保険のおかげで無事に婚約破棄することができ、幸せになりました!:Mさん(仮名)

「マサキェンヌ! お前との婚約を破棄する!」


 シャンデリアに照らされた煌びやかな大広間での夜会にて。わたくしの婚約者である伯爵令息のブラッケーグ様が高らかに宣言されました。


 一方的な婚約破棄の宣言。それはわたくしにとって晴天の霹靂とも言える衝撃であり……ですが一方で『ああ、やはり』と諦念をいだかせるものでありました。


 そう、ブラッケーグ様には幼馴染の女性がいらっしゃいまして、彼女との交流がわたくしとの婚約後も続いていたのです……!

 今日もブラッケーグ様はわたくしを会場にエスコートしたかと思えば、ファーストダンスもまだなのに彼女のところに向かわれました。

 周囲の方からの憐憫の眼差し、あるいは扇で口元を隠しながらもくすくすと嘲笑に晒されたのです。


 そしてブラッケーグ様は幼馴染の女性を肘に止まらせてわたくしのところに戻ってきたかと思えば、突然の婚約破棄を宣言なさったのです。


 でも大丈夫です。……こんなこともあろうかと保険に入っておいたのだから!


「お待ちくださいまし、ブラッケーグ様!」


 わたくしはそう言うとクリノリン・スタイルの釣鐘状のスカートに隠し持った電話機を取り出し、受話器を取ると素早くダイヤルを回します。

 そう、電話番号を憶えているのは淑女の嗜み……!


「な、何を!」


 そう言うブラッケーグ様に向けて唇に指を立てて当てると、彼は黙りこくります。こちらに注目が集まっていたためか賑やかな夜会場も静まり、楽団たちもその手を止めました。

 耳元から声が聞こえてきます。


「お電話ありがとうございます。こちらはGung–Ho生命の婚約破棄保険による自動音声案内です。お客様の婚約破棄を安全安心にサポートさせていただきます」


 少々無機質な女性の声、それでも聞き取りやすく、心が落ち着くのを感じます。ありがたいわ。


「現在お客様は、婚約破棄の最中でしょうか。

 そうである場合は、1を。

 婚約破棄されそうな状況であれば、2を。

 婚約破棄された後に相手がお帰りであれば、3を。

 もう一度聞く場合は、9をダイヤルして下さい」


 音声が一度止まりました。

 えっと、今ブラッケーグ様に宣言されたところですから、これは1をダイヤルしろということですわね。

 わたくしは1に指をかけてダイヤルを回します。


「婚約破棄の最中ということですね。承知いたしました。

 それでは婚約破棄を希望されない場合は、1を……」


 ふむ、いわゆる元サヤというやつですわね。穏便な解決だと思います。ですが……。

 わたくしはちらりとブラッケーグ様に視線をやります。

 彼の右腕には幼馴染の女性という方がぴたりと張り付くようにいらっしゃいます。

 そう、いつもわたくしは彼らに蔑ろにされてきました。この婚約破棄を無かったことにするのは難しいでしょう。わたくしの心情的にもそれはありません。


「婚約破棄をされる場合は、2を……」


 まあこちらでしょう。この可能性のためにGung–Ho生命の婚約破棄保険に加入したのですからね。

 わたくしは2に指をかけます。


「皇帝陛下と新規に婚約して溺愛される場合は、3を……」


「いまなんていった……⁉︎」


 思わず悲鳴のような声が口から漏れます。


「もう一度聞く場合は、9をダイヤルしてください」


 わたくしは慌てて9をダイヤル。


「婚約破棄の最中ということですね。承知いたしました。

 それでは婚約破棄を希望されない場合は、1を。

 婚約破棄をされる場合は、2を。

 皇帝陛下と新規に婚約して溺愛される場合は、3を。

 もう一度聞く場合は、9をダイヤルしてください」


 わたくしは震える指で3に指をかけます。

 じーこー、と妙にダイヤルの音が大きく聞こえました。

 自動音声が耳元で新たな声を紡ぎます。


「それではGung–Ho生命の契約している未婚の皇帝陛下を現地にお送りいたしますので、後は流れに任せて下さい」


「え、ちょ。待っ」


「お電話、ありがとうございました」


「えっ、いやあの」


「ツーツーツー」


「嘘ぉ……?」


 わたくしはゆっくりと受話器を置きます。

 ブラッケーグ様が不機嫌そうに鼻を鳴らしました。


「ふん、人が大切な話をしているというのに電話をしだすとは。たいした礼儀作法だなマサキェンヌ」


 くっ、確かに。

 ですがそもそもこんな場所で婚約破棄を言い出したのがその原因であるはず。


「だいたいそもそもお前は……」


 ブラッケーグ様はわたくしの悪口を言い出します。確かにわたくしにも至らぬところはあったでしょう。

 しかし彼の言うことはほとんどが悪意に満ちた見方であったり嘘であるものです。


「……それはっ!」


 耐え難くなり、わたくしが反論しようとした時でした。

 広間に高らかなラッパの音が響き渡り、入口の扉が開かれます。


「隣国皇帝、ムギィンティウス陛下のおなーりー!」


「嘘でしょ⁉︎」


 まって、今日の夜会、王族とか皇帝とか参加するようなのじゃないわ!

 誰もが入口へと振り返り、紳士の礼、淑女の礼の姿勢をとります。

 その中ブーツが大理石の床を叩く音が近づいて来ます。それはわたくしの前で止まりました。


「皆、面をあげ、楽にせよ」


 心地良いバリトンが心臓を撃ちます。

 美丈夫です。御年二十六歳、軍を率いて帝国領土を拡大した英雄王であり、それゆえに結婚などしている暇はないとまだ独身であったというムギィンティウス皇帝陛下。

 隣国数カ国を傘下に引き入れ、領土の拡大を終えた彼は皇帝を名乗り、内政に力を入れると宣言。

 それに伴い伴侶となる女性を探していると言う話でしたが、Gung–Ho生命さん、何と契約してくれちゃってるんですかねぇ⁉︎


「美しい君、名はなんと?」


「ま、まま、マサキェンヌです……」


「素敵な名だな」


 そう言って彼にわたくしは手を取られ、レースの手袋越しに口付けを賜ったのです。

 流れ、流れに任せるってどうすれば?


「あ、ありがとうございます。こ、ここ光栄ですわ」


「こ、皇帝陛下! その女は皇帝陛下がお声がけするには相応しくない女です!」


 ブラッケーグ様がそう仰いました。皇帝陛下が彼に視線をやります。


「ふん、ブラッケーグ・ナーロウ伯爵令息か」


「わ、私のことをご存じで?」


 まさか隣国の皇帝に名を知られているとは思っていなかったのでしょう。ブラッケーグ様は喜色に顔を赤くします。


「知っているとも。ナーロウ伯といえば我が帝国が併合した領土と、麻薬などの禁止薬物の交易で利を得ていたとな」


「はっ⁉︎」


「まあかつてのことだ。それ以降に動かなければ過去のことと黙っていても良かったが、帝国領となってからも禁止薬物の取引の継続を現地の商人に持ちかけていたそうだな」


 ……あー。


「次にお前個人の罪だが、かように美しき婚約者を蔑ろにしただけではなく……」


 伯爵家の罪、ブラッケーグ様の罪が夜会の場で詳らかにされていきます。

 そう。そう言えばわたくし、婚約破棄保険の断罪オプション特約も入っていましたわー……。


「さあ、行こうか。マサキェンヌ嬢」


「ぴぇっ!」


「流れに任せてな」


 ムギィンティウス陛下はわたくしに器用に片目をつむって見せて、それに再び心臓を撃ち抜かれたわたくしは顔を赤くして頷くのみでした。


 こうして、ブラッケーグ伯爵令息はご実家ごと没落し、わたくしはムギィンティウス皇帝陛下に抱え上げられて隣国まで連れていかれ、溺愛を受けることになったのでした


「……嘘でしょ⁉︎」


「何が嘘なものかね、愛しの我が皇后よ」

今回の作品は黒イ卵さんのTwitterの呟き及び、その作品が元ネタであり、許可は得ております。

ありがとうございます。



黒イ卵さんの作品はこちら。


『こちらは、婚約破棄専門ダイヤルです。』

https://ncode.syosetu.com/n2025ih/



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


『追放された公爵令嬢、ヴィルヘルミーナが幸せになるまで。』(上)(下)


6月1日発売


画像クリックで特設ページへ飛びます

ビフォー アフター
― 新着の感想 ―
[良い点] もう一度、さらに、皆さんの書く感想欄を見て、爆笑しました。 素敵な笑いをありがとうございました!
[良い点] 声を上げて笑いました! これから自動音声で面倒な電話のやり取りがあっても楽しくなりそうです!
[気になる点] 電話線はいずこに?w [一言] 失礼ながら元ネタのお話よりこちらのお話のが面白かったですw 保険の大切さは身に染みて分かっていますが、断罪オプションwww 楽しいお話をありがとうござい…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ