星とふたごの物語
ニ年ぶりの里帰りだ。
星読みの能力を買われて都暮らしになり三年経つ。
国への仕官が決まってから村に帰ることは難しい。
そもそも宮仕えになったのも僕が星読みの家系だと気づかれたからなのだが、こうも厚遇され過ぎると帰郷もままならない。
早くニナに会いたい。妹を想い僕は馬をヤギに乗り換え、懐かしい山岳地帯を行かせた。
「おかえり!オルグ!」
村を訪ねると口々に笑顔で歓迎された。
自分の村から宮仕えが出て嬉しいのだろう。お前等には関係がないのに。そうやって身を寄せ合って喜ぶしかないんだな。
「久しぶり!ただいま」
笑顔で僕は応じる。本心を出さないことは都会で学んだ。こんな連中と言い合っても仕方がない。僕の祝賀会が今夜あると伝えられ僕は笑顔を崩さず手を振った。
「実家に置いてきた荷物をまとめないといけないので、失礼します。また今夜」
「あの坊やがこんなに立派な受け答えをできるようになって・・・」
近所の・・・と言っても都会に比べれば何処も近所のような集落だが、近くに住んでいたおばさんが涙ぐんだ目でそう言った。小さい頃、ヤギの乳絞りを手伝ったことを思い出す。だいぶ老けたな。
今さら故郷のことはどうでもいい。だが早く家に帰りたいと言ったらコイツ等がニナにどんな目を向けるか。せまい社会に、集落的な価値観に反吐が出る感覚を覚えながら帰路に着いた。
「兄さん!おかえり!!」
「ただいま」
ノックの後に玄関の扉を開けると懐っこい笑顔でニナが迎えてくれた。都では鍵をかけるのが当たり前だが、ここでは本来ノックさえ必要がないことを思い出した。
洗い場で手を拭き居間に戻ると、テーブルに煎茶とヤギのチーズが置かれていた。
「はい。故郷の味です」
本当はニナの手料理が食べたい。妹は祝賀会で出される料理に気を使っているのだろう。
チーズを摘まみながら答える。
「美味しいよ」
その答えに弾ける笑顔が眩しい。このまま語り合いたかったけど今夜のことを考えると仮眠を取りたい。明日も昼前には発たねばならないのだから。
「戻ってきて早々で悪いけど少し休むよ」
「部屋は掃除してあるからゆっくり休んでね。祭りの前には呼びにいくから」
朗らかな表情でそう告げる妹を愛しく思う。
「うん、ありがとう」
「兄さん、起きてる?」
部屋に入ってきたニナが僕に訊ねる。
「うん」
二度寝したいところだけど、そうは言ってられない。眼前に立つニナを見る。
星読みの巫女の衣装を着た彼女が背筋を伸ばして立っているから。彼女に恥をかかせる訳にはいかない。
僕は洗い場で顔を拭き、身なりを整え妹と祝賀会へ向かった。
星眼祭の日に帰ってきたため祝賀会と同時にそれが執り行われる。
星読みの妹はこの村で神に等しい存在だ。
つつがなく進む行事の中でニナの星読みが始まる。
周囲に蛍を舞わせたかのような光を纏うニナは美しかった。村のみんなも見とれている。
「せっかくだからオルグもやってくれよ!」
「私も見たいー!」
「やれよー!」
酒が入ったオッサンの一声に続々と賛同の言葉が集まる。
何が『せっかくだから』だ。やる人間のことを考えろ。こっちは疲れてるんだ。
しかし妹のことを思うと彼等の期待を無下にする訳にはいかない。
襟を正し、僕は祭壇に立った。
「お静かに願います」
静寂の中、星を読む。先程よりも多くの光が舞い、歓声が上がった。
星を読むということは、ただのイルミネーションではない。今のコイツ等の目には綺麗なオブジェとしか映っていないのだろうが。
都では目の前にいる人の死生さえ読んで言葉にしなければならない。視界に入るおばさんを見て僕は口を結んだ。
僕の父は素直に星を読んで処刑された。
気持ちの問題じゃない。人の未来を軽々しく口にしてはいけない。
それが僕が都で学んだことだ。
舞っていた星の光が夜空に戻る中、最後に残った星が大きく輝いて消えた。
村中から拍手と歓声が上がる。僕は都式の礼をした。
「凄かったよ!兄さん!」
家に帰るとニナが僕を称賛してくれた。
「私にはできないなぁ。才能ないもん」
「ニナには武芸の才能があるじゃないか。鳥だって僕より上手く操れる」
妹が少し笑顔を崩した。
「鳥の声が聞けても、この村じゃ役に立たないよ」
「僕はニナが羨ましい」
きょとんとした顔でニナが僕を見つめる。
「鳥の言葉が分かれば俯瞰で眺めた戦況が分かりやすい。僕は小鳥を索敵に使うくらいしかできないし、武芸の才能もない」
妹の顔が一瞬強張る。しまった。僕が軍師として戦場に立っていることをニナは知らないんだ。
「今日はもう寝る。おやすみ」
自室へ入る僕の背に『おやすみ』と声が届いた。
翌朝、部屋を出るとテーブルに湯気が立ち上る朝食が並べてあった。
「おはよう!兄さん」
「おはよう、ニナ」
挨拶を交わして食卓に着く。昨日は何であんなことを言ってしまったのだろうと気が重い。
「兄さんは何刻に帰るの?」
無言でヤギ肉のチーズ巻きに箸を伸ばしているとニナの声が聞こえた。
「ん、昼頃には」
そういえばこの村にはちゃんとした時計もなかったんだっけか。僕はそんなことも忘れていたことに気づく。
「ふふー、じゃあ今日のプランはー」
ニナが笑みを浮かべながら羊皮紙を手にする。していたような気がする。僕はいつかの光景を思い浮かべ、妹の話を聞き流していた。
席を立ち、自室へ戻る。
「兄さん?」
妹の声が聞こえたような気がした。
自室に立てかけてあるリュートを手にする。
埃一つ被っていない楽器を見て、ニナが掃除の際に手入れをしてくれていたことを察する。緩ませてある弦の調律を済ませ、僕がいない二年間の村に想いを馳せて音を奏でた。
一心不乱にリュートを弾き終えたところに拍手が鳴る。
「やっぱり兄さんの演奏は好き」
少し寂し気な笑みを浮かべてニナが続ける。
「兄さんも寂しかった?そんな音色に聞こえた」
その言葉を聞いて僕は自分の愚かさを思い知る。僕が寂しいと思うならニナだって寂しいはずだ。たった一人の双子の兄。僕が妹を想うのと気持ちは同じはずだ。村の人たちだって・・・。
都暮らしで忘れていた感情が立ち上る。思わず僕はニナを抱きしめた。懐かしい温度が僕の心に伝わる。
「ごめん。せっかく帰ってきたのに。ちゃんと話もできなくて」
「兄さんはいつもそうじゃない。無事に帰ってきてくれただけで嬉しいよ」
胸に響く妹の声に今さら郷愁の念がこみ上げる。ニナを羨ましがった理由が解けていく。僕はこの村にいたかったんだ。
「兄さんは私を羨ましいって言ったけど、私は兄さんが羨ましいな。都は賑やかで色んな場所へ行けるんでしょ?」
星読みの巫女は村から離れることを許されない。僕はそんなことさえも忘れていた。この腕に抱く妹に嫉妬し、今こうして救われ、恥ずかしさにいたたまれなくなった。
「ニナ」
抱きしめている腕を離す。
「星読みの崖に行こう」
「今から?昼には発つって言ってたよね」
「馬を飛ばせば夜明けまでには都に戻れる」
そう告げて僕はニナの手を引いて家を出た。
「あの、兄さん」
両腕に妹を抱えて山岳地帯を跳ぶ僕にニナが困惑した表情で訊いた。
「今の僕の足ならヤギより速い。苦しかったら言って」
ニナもいつかの光景を思い出してくれたのだろう。二人の間にそれ以上の言葉はなかった。
夕暮れ時、目的地の崖に着いた。
よくここで本を読んでいたことを思い出す。いつもついてくるニナに構わず読書に没頭していたことも。
「懐かしいね」
「ニナが崖から落ちた時はびっくりしたよ」
ニナが僕の気をひくため、崖に腰掛ける僕の周りを飛び回っているうちに足を滑らせて落ちたことがある。
「もう!忘れて!」
さっきまでは忘れていた。足を挫いた妹を抱きかかえて必死に村へ戻ったことも。
少し談笑を交え、星の光が瞬く頃。僕は立ち上がった。
「見てて」
精神を研ぎ澄ませ星を読む。降り注ぐ光が星眼祭とは比べ物にならないほど周囲を輝かせた。
「この村に起きる年内の出来事だ。ニナにも見えるだろ?」
「・・・うん」
輝く星の一つに近所のおばさんの姿を見たのだろう。
「僕に医術は分からない。医者に診せてあげて」
暗い顔をして俯く妹に心が痛む。
「星は未来を読むけど、それは絶対じゃない」
ニナが顔を上げた。
「僕等が、星読みが言葉にすれば、未来は変わるんだ」
僕の言葉にニナが涙を流す。
「おばさん、助かるの?」
「大丈夫。きっと」
ニナを抱きしめて僕は言った。
それから飛ぶように実家へ戻り、荷物をまとめて崖を降りた。
早馬を飛ばしながら思う。
都に戻ったら年に一度は帰れるよう上司と交渉しよう。
他国の情勢次第だから守れない約束を妹とはしなかった。好戦ムードが高まれば僕は国を出ることは叶わない。
でも戻れたら、できればニナの誕生日に帰りたい。
外での明るい出来事をプレゼントに語り明かそう。
満天の星空が今日は美しく見えた。
公開時のツイートになります。
https://twitter.com/B_Quinfalbey/status/1655010946065244161?s=20