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悪役令嬢と幽霊子育飴

作者: 鼓動大路

ある婚約を破棄された令嬢の話。

『悪役令嬢と幽霊子育飴』


ええ、わたくし確かに、アドラシオン・デ・ラ・チェトゥマル伯爵令嬢の友人の一人ですわ。

あの方が行方知れずになった一件を聞きたい?……物好きな方も居たものね。



「お久しぶりです、三王子殿下」

 婚約披露のパーティーの席で、アドラシオンはドレスのスカートの両端をつまんでお辞儀をした。

「……婚約披露を祝ってもらう新郎の顔じゃないね。まあ座って茶でもお上がんなさい」

 キャスターの付いたテーブルを引き寄せ、大店おおだなの大女将めいた口調で、アドラシオンはカルロス第三王子にティーカップとミルク・水飴の入った容器を出した。

「ええと、その……」

「お前さんにしちゃ歯切れが悪いね、大抵のことじゃ驚きゃしないからはっきり言いなよ」

 慣れた手付きでアドラシオンは紅茶に水飴を落とし、一口すすった。

「その、婚約を……破棄……していただきたく」

「そりゃ目出度い。私も口を酸っぱくして、『嫁さんは足を棒にして自分で探せ、私のところへ来るのはどうしても困ったときにしろ』と言ったかいがあった」

 十五の歳にうっかり上流階級が通う魔法学校で大魔法をぶっ放し、王城の一角を破壊して以来『殺しと盗みと人・亜人さらい以外やってない悪事はないのでは?』と尾ひれがついて噂される、『ワルの中のワル』悪役令嬢アドラシオン・デ・ラ・チェトゥマルともなると、婚約破棄ぐらいでは動じない。

「悪いが茶菓子を切らしてね、代わりに相手の娘さんとの馴れ初めでも、何でもいいから話してごらん」

「……はい、相手は『エンリケの飴屋』の娘さんで」

 華奢なかんばせを乙女のように赤くしてカルロスが言うと、アドラシオンはエレガントに茶を吹き出した。

「義姉上、いかがなさいました?」

 アドラシオンが王城を吹き飛ばすまでは、よくカブトムシを捕まえに行ったり、ドラゴンを捕まえに行ったりした仲である。カルロスが義姉上と呼ぶのは姉弟同然に育っていればこそであった。

「いやいやいや、何でもない……何でもない。今日の私はちょっと占いが出来る」

「やめてください義姉上。今度は何を吹き飛ばすつもりですか」

 額に人差し指と中指を当てたアドラシオンの手を、カルロスがつかんだ。

「お前さん私を焙烙玉ほうろくだまと勘違いしてないかい? むむっ、見える、お前さんの惚れた子の生い立ちが見えてきたよ……」

「何か変な錬金薬でもキメたんですか?」

 カルロスが怪訝けげんな顔をする。

「そう混ぜっ返すもんじゃないよ、まあお聞き。それは草木も眠る丑三つうしみつどき……エンリケの飴屋の戸を叩く音がした」

「丑三つ時……只者じゃない予感がしますね」

 居住まいを正してカルロスが聞き入る。

「殿下は全く勘がいい。エンリケの親父さんが戸を開けると、どうも病み衰えてやせ細った、青白い女性が『夜分遅く恐れ入ります……』と来た」

「ふむふむ」

「その女性は『飴を一つ売っていただけませんか』と古い帝国銅貨を一枚出した。王子のお父上であらせられる陛下と、他国の王となる英雄の方々が皇帝を討ったとは言え、貨幣の価値はそう変わるもんじゃない」

「ええ、変わらず使えます。とは言え、王国貨幣への改鋳かいちゅうもあってそう多く出回ってるものじゃない」

「そう、どうも妙だ。報奨金ほうしょうきんで飴屋を開く前は帝国との戦にも出た親父さんともあろう者が、その女性と話す度に背筋にぞうっと冷たいものが走る」

「僕までなにやら寒気がしてきましたよ」

「見た目はもやしの癖に陛下の武に一番近いと言われたお前さんが、情けないことを言うもんじゃないよ……ともあれ、親父さんは銅貨を受け取り、飴を一つ持たせてやった。奇怪なことに、足音一つ立てずに女性は去った。そんなことが続くこと六晩」

「六晩ですか」

 カルロスが身を乗り出す。

「店の手代のチコに親父さんは言った。『今晩も帝国銅貨を持ってくるなら、ウチが出入りしているチェトゥマル伯爵に診てもらうよう進めなさい。玄人はだしの治療魔法の使い手だし、帝国遺臣の家族と言って邪険にするような御方じゃない』」

「『銅銭持って来なんだら追い出しましょうか?』とチコが言うと、親父さんは首を振った。『そないなことしたら末代まで祟られるぞ』と」

「何故です?」

「『うちの近くには帝国の残党を処刑している刑場と、その墓地がある。埋葬の際は帝国の風習で、冥土の川の渡し賃として身分の別なく銅貨六枚を持たせとる。今晩銭がないちゅうことは、この世の者やない言うことや』と親父さんは言った」

「さて案の定七晩目、くだんの女性が遠慮がちに出したのは、帝国の紋章が貴石に刻まれた銀の指輪だった。チコは何も問わず飴を持たせ、親父さんを起こして一緒に女性の後をつけた」

「で、何を見たんです?」

「その当時、王国の捕り手を散々悩ませて首を打たれた元帝国騎士の女盗賊の墓から、子供の鳴き声を聞いたのさ」

「親父さんが墓土を掘り返すと、これがまた驚いた。皮一枚残して首を切られたはずの女盗賊が、しっかりと女の子を抱きしめていたんだよ」

 アドラシオンはすっかり冷めた紅茶をぐっと飲み干した。

「まるで見てきたように言い当てましたね。義姉上の魔力が破壊魔法以外にも使えたとは驚きだ」

「だから私は大筒おおづつじゃないと……それで、殿下はその方の何処がお気に召しまして?」

 アドラシオンの瞳がじっとカルロスを見据える。

「凛々しい背中が、義姉上に似ていたもので」

 カルロスは照れながら頭を掻いた。

「……その娘はエンリケの親父さんが男手一つで育てていたのですが、ある時病にかかったところをとある老伯爵に助けて頂き、そのまま伯爵家の娘となりました。娘の名は、盗みはすれど非道はせずと言われた女盗賊の名を継いで、アドラシオンと申します。エンリケの飴屋は第二の生家」


「ええ、わたくしがエンリケ・ミラモンテスの娘、アドラシオン・ミラモンテスでございます。伸ばした飴細工のように末永いお付き合いを、殿下」




 何のことはない、アドラシオン・チェトゥマルは飴屋の養女に戻り、王子殿下のお妃になったというわけでございます。

 今はどうしているかって? それはもう、仲睦まじくべたべたしております。

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