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銀色の北十字 肆  作者: たき
3/13

(3)

 それから数日後、天鵝が灼熱竜との面会を無事にすませて部屋に帰ってきたとき、朧が首をかしげて言った。

「やっぱりおかしい気がします。東雲兄様も、霧雨や疾風も顔を出さないなんて」

 有明に尋ねてもいつもはぐらかされてしまうと不満げな朧に、露玉も同意する。

「いくら天鵝様がいらっしゃるとはいえ、これでは隔離に近いですね」

 天鵝が来てから、露玉たち月暈隊は警護の強化のため、月暈宮を離れることを有明皇子から禁止されている。おかげで外の状況がつかめないのだ。着替えもいつもなら団員が家族から預かって持ってくるのに、今は有明の配下が運んできているのも奇妙だった。

「せめて疾風と連絡が取れればいいのですが」

 月暈宮の外周を守る衛兵に聞いても明確な答えが返ってこない。取り次ぎを頼んでも断られるのだという。

 天鵝はしばし考え、露玉を見た。

「次に荷物が届くのはいつだ?」

「明日です」

「では露玉の荷物に、私の召喚状を忍ばせてみてはどうだろうか」

 めったに出現しない冷妃は雲帝より発言権があるという。朧が宰相である有明に問いただしてもだめなら、宰相よりも高位の自分が呼べばいいと天鵝は提案した。

 朧と露玉も賛成したので、さっそく天鵝は書状をしたため、露玉の着替えに隠して送った。

 二日後、ついに露玉の弟の疾風が参上した。やはり天鵝の呼びかけは効果が絶大だったらしく、ようやく対面が可能となった。

 消炭色の髪の疾風は、風使であることを示す白緑色の胴着を身につけていた。露玉と同じ青緑色の瞳で、疾風は椅子に座る天鵝をしばしまぶしそうにとらえ、我に返ったように慌てて膝を折った。

「疾風……痩せたんじゃないか? 何かあったのか?」

 天鵝の脇に立つ露玉が心配げに問う。あきらかに疾風は顔色が悪かったが、頭を下げたまま言葉を発しない。

「疾風、東雲兄様と霧雨が何をしているか知らないかしら?」

 今度は朧が聞いた。疾風は一度びくりと肩を震わせ、隣の男を見やった。同じく膝をついている男は衛士ではない。

「……お二人は……月界で亡くなったとのことです」

 疾風の返答に、朧と露玉が悲鳴を飲み込む気配がした。

「冷妃様、をお連れする際に……境界門付近で、月界側の追っ手と戦闘になり……命を落とされたと」

 嘘だ、と露玉が震える声でかすかにつぶやく。朧も両手を口に当て、目を見開いている。

 天鵝も驚惑した。自分を無理やり陽界へ運ぼうとしたのなら、確かに摩羯たちと争いになっても不思議ではないが。

「朧様!」

 よろめいた朧を露玉が支える。二人とも抱き合って涙を流している。そんな二人に視線を投げた疾風が歯をくいしばったさまで、一瞬だけ天鵝を見た。それで十分だった。

「疾風と言ったな。詳しく話を聞きたい。もっと近くへ――そこのお前は下がっていい」

「冷妃様、申し訳ございません。この風使が冷妃様に何か失礼なことをいたした場合、すぐに捕らえよと宰相より命を受けておりますので」

 素直に承知しない男に、天鵝は瞳をすがめた。

「悪事を働くような者は衛士には入団できないはず。その心配は無用だ。それともお前たちは、何か私に知られてはまずいことでもしているのか?」

「決してそのようなことは――」

「ならば下がれ。私はお前を呼んだ覚えはない」

「しかし、冷妃様」

「聞こえないのか? 下がれと言っているんだ」

 語気を強めた天鵝に、これ以上粘って機嫌を損ねるのはまずいと判断したのか、渋々といった様子で男が退室していった。

「さて、疾風、事情を説明しろ。おそらくあの男が宰相に連絡するだろうから、あまり時間が取れない」

「は、はい」

 見た目よりずっとしっかりした物言いの天鵝に気圧されていたらしい疾風が、転がるようにそばへ寄ってきた。頬が紅潮している。

「東雲殿と霧雨が月界で死んだのは確かか?」

「我々は宰相からそう伝えられましたが、定かではありません。そもそも宰相は……皇子が月界へ発たれた後、次期雲帝はご自分だと名乗られ、従うようにと。ですが次の雲帝は東雲様です。そう声をあげた我々衛士を、宰相は……宰相は」

 そこで唇をかみ、疾風は言葉を絞り出した。

「手の者に衛府を襲撃させ、各団の団長、副団長の命を奪いました。逆らった小隊長たちも」

 月界の武器を使って、と疾風は嗚咽を漏らした。

「水使以外は月界の武器に耐性がありません。それでも皆、たとえ遺体となっても東雲様が戻られるまでは衛府を死守すると言って……俺は団長に命じられて投降しました。ここで何があったのか、皇子に正確に語る者が必要だからと」

 月暈隊の隊長である露玉とも連絡が取れるよう、自分は団長たちに生かされたと、疾風は鼻をすすった。

「……皆、死んでしまったのか」

 更なる悲報に露玉は呆然としている。

「今、俺たちは衛府に軟禁されている状態です。冷妃様がお呼びだというので、監視役付きでどうにかここに参ることができましたが、それまでは姉さんに連絡を取ることも許されなくて」

 衛府は統率できる者がおらず、皆おとなしくしているのだという。

「水使には、露玉の他にもう一人副団長がいると聞いたが」

 その者も亡くなったのかという天鵝の質問に、疾風はますますつらそうな顔をした。

村雨(むらさめ)様は耐性があるので、かろうじてもちこたえておられますが、意識不明の重体です」

 薬師の資格を持つ者が協力して手をつくしたが、月界の武器でできた傷は治すことができないため、どうしようもないという。

「薄明帝は何をなさっているんだ」

 宰相がそのように好き勝手をしているのを見逃しているというのか。憤る天鵝に、疾風はかぶりを振った。

「陛下はもう長い間、体調がすぐれず寝たきりでいらっしゃるとうかがっています。それゆえに、このところはずっと宰相が公務を代行されているんです」

「……それで返事がなかったのか」

 きっと仙王帝の書状は有明皇子がにぎりつぶしていたに違いない。

「東雲殿が次期雲帝というのは、衛士が後押ししていたという意味か?」

「いいえ。代替わりされる時期が近づくと、帝位継承者の胸に、竜の形に似た赤黒い痣ができると言われています。我々は東雲様の胸にその痣が現れるのを見ました。ちょうど皆で休憩がてら水浴びをしていたときでした」

 自分たちの統帥に次期雲帝の証が宿ったことを全員が喜び、その夜は衛府で乾杯したのだと、疾風の目に再び涙が盛り上がる。だからこそ、正式な継承者ではない有明が東雲の留守中に帝位に就くことを、衛士は許せなかったのだ。

「月界の武器を持つ刺客に狙われたのは自分だと東雲殿が話していたが、そういうことだったのか」

 東雲が冷妃を連れ帰るために月界に来るのを利用して、有明は東雲の同行者に自分の配下を潜り込ませていた……? 

 もし、境界門で東雲を討ったのが摩羯たちではないとしたら――有明は、東雲を襲った罪を月界側になすりつけたことになる。

「一度きちんと調べる必要があるな」

「天鵝姉様、私も真実を知りたいです」

 あごにこぶしを添えて考え込んでいた天鵝は、肩に触れてきた朧を見やった。まだ頬は涙に濡れているが、朧も有明の所業に憤懣を抱えているのがわかる。 

「疾風、月界に行くことはできるか?」

 本当に二人が死んだのか、誰が二人を害したのか確認したいという天鵝に、疾風の目の色が変わった。

「もし二人が生きているなら、連携を取る」

 陽界を正しい方向へ向かわせようと言って、天鵝は立ち上がった。

「冷妃様、お力をお貸しくださるのですか」

 先ほどまで生気のなかった疾風の双眸がきらめいている。

「私も衛士統帥だ。こちらの衛士の危機を見逃すわけにはいかない。東雲殿は……すべてが片付いたら、一度私の馬で蹴り飛ばすことにする」

 非常に物騒な発言に、疾風だけでなく朧と露玉も目を丸くする。

「水使副団長は、たぶん私なら癒せる。衛府に治療に行けるよう宰相にかけあってみよう。お前の出立はそのときがいいだろう。どうせ私には嫌と言うほど見張りがつくはずだから、他の監視が少しは手薄になるかもしれない」

 そして、疾風は月界に入ればすぐにこちらへは戻ってこられないだろうから、東雲が陽界に乗り込んできたときに即座に対応できるよう、衛士に準備をさせておくようにと天鵝は指示した。

 できれば疾風がいない間、別の連絡係を用意してくれるとありがたいと頼む天鵝に、それならばと水使第四小隊の小隊長である時雨(しぐれ)の名を疾風はあげた。自分の親友で、信頼できる人物だと。

「彼はまだ生きてるのね」と露玉が安堵の息をつく。

「冷妃様は、皇子が生きておられると確信しておいでですか?」

「即死でもないかぎり、おそらく東雲殿は治療を受けている。月界はそういうところだ」

 捕虜として多少不自由な生活は送っているかもしれないが、と天鵝は口角を上げて疾風に近づいた。

「もう一つ、お前に言伝を頼みたい」

 天鵝が疾風に耳打ちしたとき、有明が月暈宮に到着したと報告が入った。

「疾風、これを持っていってちょうだい」

 朧が左耳の耳飾りを取って、疾風に渡した。

「これがあれば、たとえ途中で月界の武器を持った者に追われても生きられるわ。それに、東雲兄様も信用してくれるはずよ」

「朧様……ありがとうございます」

 緋色の玉の耳飾りを、疾風は大事そうに両手で包んだ。

「朧は部屋へ。耳飾りがないことが宰相に見つかるとまずい。掛布をかぶって寝たふりをしておけ。私が宰相の相手をしている間に疾風はここを出ろ」

「承知いたしました」

 疾風は一度深く頭を下げてから起立した。もう暗い表情は消え、口元もきりりと引き締まっている。

「冷妃様、感謝いたします」

「まだ早い。終わるまで油断するな」

「心得ております」

 では、と疾風が去っていく。もとはきっと明るい性格なのだろう若々しい顔つきが、どことなく人馬をほうふつとさせる。そこからまた一人の人物を思い出し、天鵝は星杖を見下ろした。

(摩羯……)

 今頃、自分と別行動を取ったことを後悔しているだろう地使団長を想い、天鵝はそっと黄色い五芒星をなでた。

(私はここにいる……)

 東雲が陽界に来るなら、絶対に摩羯も一緒に動くはずだ。

 会いたい。会って触れ合いたい。ぬくもりが恋しくて仕方がなかった。

 今なら受け入れられる。

 だから、早く来てくれ――淡く光る黄色い五芒星に願いを込め、天鵝は目を閉じた。


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