81 深夜の謁見
深夜だったにもかかわらず、謁見室には人が集まっていた。
正面に国王夫妻、右手に宰相と年配の貴族らしい男性。男性の斜め後ろに立っているミルズ。
私とエドワード様が部屋に入ると、すぐにコンラッド国王陛下から声がかけられた。
「急なことで驚かせたね。座ってくれたまえ」
「はい、陛下」
私が椅子に座り、エドワード様は私から少し離れた場所で立っている。
「ではエドワード、さっそく始めてくれ」
「はい。ではビクトリア、私の質問に答えてほしい。」
衛兵もいない謁見室に、エドワード様の落ち着いた声が響く。
「はい。エドワード様」
「君はどこで誰に会ったのか、話してほしい」
「はい。ランダル王国の王都の、博物館に入ったところ、ハグル王国の特殊任務部隊のランコムという人に会いました」
視野の端で宰相と貴族の男性がハッとしたのが見えた。
「そのランコムとどんな会話をした?」
「ランコムは取引相手が姿を消したから帰国すると言っていました」
「取引相手とは?」
「ハンフリー・エイデンという人物だと思います」
突然、年配の男性が立ち上がり、私に向かって「嘘をつくなっ!」と叫んだ。
エドワード様が即座に「座りたまえ」と冷えた声を出した。
同時にミルズが素早く男性の肩に手を置いて男性を座らせた。
「ビクトリア、ランコムの取引相手がハンフリー・エイデンだと思った理由は?」
「今回同行した方の仕事の通訳をするはずの人物がハンフリー・エイデンだと、同行者の取引相手から聞きました。私は行方不明の通訳の代わりを務めたのです。博物館でランコムがその行方不明の件のことを『知っているのだろう?』と言ったので、ランコムの言う取引相手がハンフリー・エイデンなのだなと推測しました」
また男性が大声を出した。
「推測ではありませんか! 陛下! これは私を陥れようとする策略です」
「エドワード、そうなのかい?」
「いいえ、陛下。ミルズ、報告を」
「はい」
男性はギョッとした顔で背後のミルズを振り返って見上げた。ミルズが陛下に向かって話し始めた。
「ハンフリー・エイデンは我々がランダルの王都で拘束し、現在ここの地下牢に入れてあります。ハンフリーは我が国の緊急連絡網の拠点の位置を、度々そのランコムに提供し、見返りに金を受け取っていたことを白状しております」
「ぐぅっ」
変な声を出したのは男性だ。
その男性のほうを見ながら、エドワード様が冷静な声で陛下に報告する。
「ハンフリーはそのオズモンド・ブリッジ伯爵家の使用人であり、指示を出したのもブリッジ伯爵であることを白状しました」
「陛下っ! 何ひとつ証拠がございません。全てはこの連中が私を蹴落とすために仕組んだ茶番でございますっ! そもそもその女は何者でしょうか。エドワード・アッシャーの手の者であれば、いかようにも偽証するはずです!」
ふう、とエドワード様がため息をついた。
「すまないね、ビクトリア。この売国奴に、君の身分を教えてやってくれるかい?」
「はい、エドワード様。私は軍務副大臣であり、子爵であるジェフリー・アッシャーの妻、アンナ・ビクトリア・アッシャーです」
一瞬考え込んだブリッジ伯爵とやらが、必死の形相で叫んだ。
「おかしいではありませんか! なぜ我が国の子爵夫人がハグル王国の工作員を知っているんですか! 全ては仕組まれた……」
ああ、面倒だこと。
屋敷でノンナとジェフがどれほど心配して私を待っていることか。こいつが抵抗するたびに私の帰宅が遅くなるのに。私はその男性の言葉を途中で遮った。
「ブリッジ伯爵、私は過去に、ハグルの特殊任務部隊に所属しておりました。ランコムは当時の私の上司です。私が組織を離脱するまでは、室長という役職に就いていました。私が彼を見間違えることはありません」
「は?」
「私がそういう経歴の持ち主であることは、ここにいらっしゃる皆様がご存じです」
にっこりしてみせた。コリン・ヘインズ宰相は知っていたかどうかわからないが、知られるのは時間の問題だ。願わくば、母親のヨラナ様に私の素性を漏らさないでいてくれるとありがたいが。
「オズモンド・ブリッジよ」
コンラッド陛下が厳かに名前を呼んだ。もう伯爵とは呼ばないところを見ると、陛下の中では有罪が決定しているようだ。
「お前はこれから取り調べを受ける。その結果お前の処罰が決まり、お前の犯した罪によって家族への処罰も決まる。オズモンドを連れて行け」
「はっ」
ミルズがオズモンドの腕を取り、引っ張るようにして歩き出した。オズモンド・ブリッジはよろよろと歩いていくが、その目は焦点が合っていない。
「コリン」
「はい、陛下」
「ビクトリアの経歴に関することは極秘扱いだ」
「はっ」
陛下と宰相の短い会話にデルフィーヌ様の声が続く。
「ヘインズ宰相、私からもお願いします。アッシャー子爵夫人は私の大恩人であり、大切な友人です。どうか彼女がこの先肩身の狭い思いをすることがないよう、配慮を求めます」
「承知いたしました。今夜知ったことは全て、生涯口外いたしませんのでご安心くださいませ」
「頼みました。アッシャー夫人?」
「はい、デルフィーヌ様」
「帰宅途中に拘束されて、さぞかし不安だったでしょう。アッシャー伯爵を許してあげてね。これは陛下のご判断でもあるのです。さあ、家まで送らせます。ノンナとジェフリーがさぞかし気を揉んでいるわ」
「ありがとうございます」
国王ご夫妻が退出するのを頭を下げて待ち、私はエドワード様に促されて部屋を出た。歩きながら、エドワード様が話しかけてきた。
「宰相に関しては、心配いらないよ。コリンは口が堅い男だからね」
「エドワード様がそうおっしゃるのなら、安心です」
「今回は本当に驚かせたね。悪かった」
「エドワード様、ひとつ質問がございます。ノンナは二人乗りで帰ってきたと言っていましたが、護衛は他にいたのでしょうか」
「もちろんだ。三十名の精鋭が護衛していたよ。ただ、安全のために街道も旧街道も避けて、荒れ地と森を抜ける強行軍ではあったが。二人は文句も言わず、楽々と移動をこなしたそうだ」
そうか、三十名の第三騎士団員が付き添ったのか。
ノンナとイルの腕前を考えれば、まあまあ安心できるか。
そう考えながらエドワード様を見たら、珍しくエドワード様が暗い顔をなさっている。
「エドワード様、今回のこと、ジェフにはどう伝えてあるのです?」
「なにも。ジェフは私の役職を知らない。君もジェフには何も伝えていないのだろう?」
「ええ」
「感謝している。ありがとう、ビクトリア」
これまで私の判断で言わないでいたことはたくさんある。だけど今、これだけは伝えておこう。
「エドワード様、ジェフからお二人がどんな環境で育ったか、ジェフが婚約者をどんな状況で失ったか、聞いています。私はお二人が支え合って生きてきた過去を知っているからこそ、その兄弟の絆を壊したくないのです。ジェフの性格を考えると、これからもエドワード様のお役目についてはしゃべるつもりはございません」
「そうか」
「ですが」
私は足を止め、エドワード様の目をまっすぐに見つめた。エドワード様も足を止め、私の目を見ている。
「今回、私の中ではっきり自覚したことがございます。ノンナを守るためなら、あの子を害する者が誰であれ、何人であれ、私はこの命が尽きるまであの子を守って戦う覚悟です」
言外に『それがあなたであってもね』との気持ちを込めてエドワード様を見つめた。先に視線を逸らしたのはエドワード様だ。
「ああ、そのようだね。私の職務のことは、いずれ私から話をしようと思っている。シェン国行きのことも、今回のことも、全てだ。しかし、今ではない。今知らせれば、ジェフは何をするか」
「ええ」
「私に時間の猶予をくれるかい?」
初めてエドワード様の弱気を見た。
「もちろんですわ」
「君を殺そうとした人物が誰なのか、探らせる」
「ありがとうございます。私には思い当たる人物がいません。ランコムは……おそらく私のことをハグル王国に報告しないような気がするのですが、それは私の願望かもしれません」
「そうか。さあ、もう遅い時間だ。衛兵をつけて君を送らせよう。君のおかげでやっとあいつを潰すことができた」
「エドワード様、もうひとつお尋ねしても?」
「なんだい」
「オズモンド・ブリッジを潰すまでに、どれほどの時間を使ったのでしょう?」
エドワード様は視線を左下に向け、すぐに返事をした。
「三年と七か月だ」
「そうですか」
「なぜだい?」
「現役時代、エドワード様に関わる仕事を命じられなかったのは、幸運だったと思いまして」
「ふふっ。そうか。じゃ、おやすみ、ビクトリア」
「おやすみなさいませ、エドワード様」
最後の最後に二人とも笑顔になった。
私を待っていたらしい馬車の前に着いた。私を見送っているエドワード様に向かって優雅な貴族のお辞儀をした。
私が乗り込むと、馬車は勢いよく走り出した。
 






