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手札が多めのビクトリア 2 【書籍化・コミカライズ・アニメ化】  作者: 守雨
【王太子妃の影】

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41 セドリック様とノンナの勝負

王城の一室で、ジェフリーがセドリック公爵と面会している。


「やあ、ジェフ。五年ぶりだね。元気そうでよかった。シェンはどうだった? 薬の手配はうまくいったんだってね」


 セドリック公爵は二十六歳。今や二児の父である。

 ベアトリーチェ夫人と仲睦まじいことは貴族の間では有名だ。やんちゃだった昔が嘘のように真面目に公爵領を管理しているが、貴族の間では「領地管理はしっかり者の夫人がセドリック公爵の手綱を握っている結果では」と見られている。


「それで、ジェフはビクトリアとうまくいってるのかい?」

「は?」


 いきなりビクトリアの名前を出されてジェフリーは出鼻をくじかれた。

 驚いて言葉に詰まっているジェフリーを見て、『キラキラ』ことセドリックが笑い出した。


「まさか僕にばれてないとでも思ってたの? 領地管理官のハムズが『ジェフリー様は金髪の少女を連れた女性とカディスで暮らしていた』と言ってたよ。そりゃビクトリアとあの少女だと思うさ」

「閣下、それで、その、そのことは?」

「父上と兄上に? 言ってないよ。聞かれてもいないのにペラペラしゃべったって、僕には何もいいことがないもの」

「公爵閣下、実に大人になられま……」

「父上と兄上には言わないでおくからさ、僕が王都にいる間にビクトリアと体術の鍛錬をさせてよ。五回、いや、三回でもいい、させてくれるよね?」

「公爵閣下……実に何も変わっていらっしゃらない」

「そう言うな。大変に簡単な条件じゃないか」

「ではこれから私との剣の鍛錬はいかがです?」

「それは、あー、今日はいいかな。ベアトリーチェがそろそろ母上のところから戻って来るからね」


 ジェフリーは自分がセドリックの言いなりにならざるを得ないことを悟り、準備していた作戦を使うことにした。


「閣下、実はうちの娘は十二歳なのですが、シェン国で武術を学びまして」

「ふうん」

「驚くほど強くなりました。閣下が武人としてとてもお強いと話して聞かせましたら、ぜひ一度お手合わせ願いたいと申しております」

「いや、それはいいや。僕はビクトリアと鍛錬をしたい。子供の相手なら我が子だけでも十分すぎるほどしているよ」

「そうですか。残念です。娘は第三騎士団のマイクにも体術で勝る腕前ですが、諦めるように伝えましょう。妻には殿下のご希望を伝えます」


 そう言ってジェフリーは「失礼いたします」と下がる振りをした。


「待て。待て待て。第三騎士団の人間に勝ったって? 十二歳の女の子が? 嘘だろう。あの者たちは並外れて体術に優れているよ?」

「勝ちましたよ。妻は閣下との鍛錬は気が進まないようですが、娘は乗り気です。『殿下の顔と首は狙わないように配慮しても勝てる』と豪語しておりました。妻との鍛錬は娘に勝てたら、でもよろしいでしょうか?」

「ああ、いいね。いいとも。日時は追って連絡を入れる」

「かしこまりました」


 ジェフリーは穏やかに微笑み、セドリックの部屋から退出した。ドアを閉めてからグッ!と両手を握り拳にした。

 は?という顔の護衛たちに何も言わず、ジェフリーは笑顔で立ち去った。


     ※・・・※・・・※


「お帰りなさいジェフ。どうでした? そのお顔だと思惑通りかしら?」

「俺は公爵閣下が小さい頃からお相手をしているんだ。どう言えば閣下が乗ってくるかなんて、ふふふ」


 ノンナが跳ねるような足取りで私たちに近づいてくる。


「いつ? ねえお父さん、勝負はいつ?」

「公爵閣下から連絡が来るそうだ」

「むふぅ。楽しみぃ」

「ノンナ、くれぐれもお怪我はさせないでね?」

「気をつける」

「じゃなくて!」

「だってさ、相手がジッとしてるわけじゃないから、そこは約束できないじゃない?」


 私とジェフリーは互いに目を見合わせた。


「ノンナ、閣下にお怪我を負わせた場合、我が家に調べが入るだろう。それは困る」

「難しいねー。勝たなきゃならないけど、怪我はさせちゃだめなのかぁ。ん-、でもなんとかやってみる」


 以前閣下に骨折、それも一ヶ所ではなく肋骨二本か三本折った私は、大変に耳が痛い。


「ノンナ、私と骨折させないための練習をしましょうか」

「それ、普通と逆だね」

「そうね。協力してくれる? 私のためと思って」

「了解了解」


 苦笑しながらノンナが受け入れてくれた。

 翌々日に使者が我が家に訪れ、公爵閣下とノンナの対戦の日が決まった。私とノンナは大怪我を負わせないための練習を繰り返した。


     ※・・・※・・・※


「お邪魔するよビクトリア夫人」

「お久しぶりでございます、公爵閣下」

「今日は娘さんと対戦だ。ベアトリーチェに繰り返し『少女に怪我をさせないでほしい』と注意されてきたよ。僕も気をつけるが、君も気をつけてくれよ。名はなんといったかな」

「ノンナ・アッシャーでございます。本日は私のお相手をしてくださり、ありがとうございます。怪我をしないよう気をつけます」


「怪我をさせないように」ではなく「怪我をしないように」とちゃんと注意したとおりのセリフを言ってくれた。

 おそらくノンナは笑いたいのを堪えてるのではないか。唇の端がピクピクしている。

 場所は人目を避けるために我が家で一番広い部屋にした。家具を動かし、中央部分で戦う分には問題がない広さ。


「では始めるか」

「よろしくお願いします」


 ノンナはシェン国でいただいた鍛錬着。青い上下だ。

 公爵閣下は上は白いシャツ、下は黒いズボン。どちらも動きやすいようにゆったりしたデザイン。

 二人は一定の距離を保ったまま構えの姿勢で右に左に円を描くようにじりじりと動いている。

 先にノンナが仕掛けた。

 

 公爵閣下はノンナのあまりに速い動きに驚いた顔をなさった。

 ノンナは素早く駆け寄り、飛び上がって右足で蹴りを入れた。それを前腕で防ごうとした閣下に対して右足はわざと前腕に当てつつ続けて身体を空中でひねりながら左足の踵で左肩を蹴った。

 あれは本来なら側頭部を狙うところだろうが、「顔と頭はだめ」と私が釘を刺しておいたので肩を狙ったのだと思う。


 肩を強かに蹴られた閣下は、それでも体勢は崩さず堪えることができた。しかしノンナは着地すると同時にバネのように跳ね上がり、その勢いを利用して閣下の右腕を肘打ちした。

(あっ、骨は大丈夫かしら)と見ていて冷や汗をかく私。

 チラッとジェフリーを見ると、ジェフリーも緊張の面持ち。

 ノンナは楽しくなってしまったらしく、手を使わずに美しい側転で場所を変える。そして閣下の背中に回し蹴りを入れた。


「そこまで! ノンナ、そこまでだ」

「ええー」

「ジェフリー、僕ならまだ平気だ」

「閣下、娘がナイフを持っていたら、もう閣下は殺されてますよ」


 閣下もそこそこはできるお方なので、それはきっとわかってらっしゃるのだろう。もしかしたらノンナが手加減したことも気づいていらっしゃるかもしれない。

 少し間が空いてから閣下は美しいお顔で笑いだされた。


「そうだな。僕の負けだ。少女に手加減されて、なお負けるとは。末恐ろしい娘だな、ビクトリア」

「はい、閣下。遠からず私も追い越されるかと」

「悔しいが約束は守る。ビクトリアのことは父にも兄にも言わないよ。たとえ聞かれてもね。本音を言えば、この勝負がなくても言う気はなかったんだ。ジェフリーがそこまで大切にしている女性を、僕も守ってあげたいからね」

「閣下」


 ジェフリーは感動の表情。ノンナは不満そうな顔。私は安堵でいっぱいだ。

 そのあとは四人でお茶を飲みながらおしゃべりをしたが、閣下の関心はシェン武術だった。ノンナに根掘り葉掘りシェン武術を学んだ経緯を質問なさっている。


「そうか。シェン武術か。あちらから先生をお招きできないかな」

「シェンの人たちはあの国が好きですから、こんな遠い国まで出てくるかどうかはわかりません」


 ノンナが一人前に閣下のお相手をして会話をしている。

 閣下は笑顔でお帰りになった。


「さて、これでアンナがあのビクトリアだと秘密を洩らされる心配はなくなったが、夜会には出ることになると思うよ」

「ええ。それは覚悟しています。なるべく目立たないようにしますから」

「私は? 行かなくていいよね?」

「十二歳だから大丈夫だよ。夜会は十五歳からだ」

「よかった!」


 こうして我が家の心配事のひとつは解決した。

 残るは夜会当日のみ。


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