40 評価が低すぎる
マイクさんの上司である第三騎士団の長の提案というのはこうだ。
『セドリック公爵はビクトリアさんと面会したことがある。会えば正体を知られるのは必至。ならば夜会の前に顔を合わせて陛下と第一王子殿下に何も言わないよう頼むのが最良では』
しかし。
セドリック公爵は第二王子時代、かなりしつこく私に体術の指導を頼んで来たお方だ。
『黙ってる代わりに』と体術の指導を申し込まれる気がしてならない。
「夫と相談します」
「そうですね。ぜひ相談してみてください」
帰りの馬車で、どんよりしている私をノンナが心配してくれた。
「公爵様って、誰のこと? 私も知ってる人?」
「クラーク様のおうちに偉い人がいらっしゃったことがあるんだけど、ノンナは覚えてるかしら」
「その偉い人って、キラキラしてる人? その人なら覚えてるよ」
「その人。その人と会わなきゃならないかもしれないの」
「お母さんは会いたくないの?」
「できればね。でも、避けられない気がするわ」
「お父さんが子爵になったから?」
「ノンナ、あなたは本当に賢い子ね」
「えへへ。お父さんがきっとどうにかしてくれるよ」
「だといいんだけど」
家に帰ってもまだジェフリーはおらず、どうしたものかと悶々として帰りを待った。
いつかこんなことが起きるだろうとは思っていたけれど、ジェフリーを間に挟んで苦労させてしまうのが申し訳なさすぎる。
セドリック様にお会いして、夜会で知らん顔してくださいと根回しを済ませておくべきなのか。
ジェフリーは夕食の時間には王城から帰ってきた。
帰ってきた時の顔を見て、(あ、セドリック様の件、もう知ってるのね)とすぐに分かった。眉間に深いシワが刻まれていたからだ。
「アンナ、ちょっといいか」
「はい」
「今日、マイクが俺のところに来て、セドリック公爵閣下のことを話してくれたんだ。君も聞いてるそうだね」
「ええ」
「君はどうしたい? 嫌なら夫婦そろって夜会を欠席するか、俺だけが参加すればいいと思うんだが」
「それはあなたにとって悪い結果になるのではありませんか?」
「文句があるなら俺は子爵を返上してもかまわないさ。俺にとっては爵位より君の方が大切だ」
そう言うと思ってました。
でも、それはよく考えると損しかしない。
ジェフリーが子爵を返上しても、セドリック様との縁が切れるわけではないし、困っているのはセドリック様が体術を教わりたがっていることだけではないからだ。
コンラッド第一王子はジェフリーを大好きでいらっしゃるから、おそらく爵位の返上は認めてくださらないだろう。
むしろ「なぜ返上するのか」と問い詰められるに違いない。
その件に関してはなんと答えても無駄な気がする。
「一度も社交界に姿を見せない子爵夫人が原因なのか?」と思われたら本当に困るではないか。
「ジェフ、私、セドリック様にお会いしようと思う。そして夜会で私を見ても、初対面のふりをしてくださるようにお願いをしてみます」
「いや、それだとまた体術を指導してくれと頼まれるだろう」
「一度だけ指導をして終わりにしますよ。三分で私に触れなかったら、諦めてください、とかなんとか」
「それは……むしろ公爵閣下のやる気を出させてしまうんじゃ」
「でも他に方法が」
夫婦で暗い顔になってしまった。
するとそれまでずっと黙って聞いていたノンナが
「私があのキラキラと試合しようか? キラキラがシェン武術を見たことなければ、最初の一回だけなら勝てると思うんだよね」
と言い出した。
私とジェフリーは同時に固まり、きっと同じことを考えていたと思う。
『それ、いいかも!』と。
そしてジェフリーと私は同時に注意してしまった。
『公爵閣下をキラキラと呼ぶのはやめなさい』
悩んだ末に私とジェフが出した結論は、こうだ。
公爵領から王都まで、馬車で約二週間。今から手紙を出しても夜会参加のために王都に向かう公爵様と手紙が行き違いになりかねない。
なのでジェフリーはまずは自分がお会いする、と。
「前日に俺が城に面会に行って、ビクトリアに会っても知らん顔をしてほしいとお願いするよ」
体術指導の交換条件を出されたら「最初に娘のノンナとの勝負に勝ったら」とこちらも条件を出す、という作戦だ。
セドリック様はまさか十二歳の女の子と勝負をして負けるとはお思いにならないだろう。
その油断にかけるわけだ。
「楽しみっ!あのキラ、公爵様と本気で戦っていいんでしょ? 顔は避けたほうがいい? 首はどうする? え? 顔も首もだめなの? おなかと背中はいいんだよね?」
ノンナが異様に張り切っていて、これはこれで不安しかないが、この作戦が一番無難、という結論になった。
「あんまりしつこいようなら、俺が剣の指導で黙らせる」
ジェフリーの案は力技にも程があるので丁重にお断りした。
(それにしても、セドリック様って、尊いお生まれだし悪い人ではないのに)
我が家におけるセドリック様の評価が低すぎて、使用人には絶対に聞かせられない。






