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手札が多めのビクトリア 2 【書籍化・コミカライズ・アニメ化】  作者: 守雨
【王太子妃の影】

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37 クラークとノンナの歌劇観覧

少し余裕ができたので、完結設定を外して続きを投稿しました。

ここから新章となります。


「クラーク様、今日観に行く歌劇って、どんな内容ですか?」

「恋に落ちた男が自分を捨てた女性を追いかけて遠くの国まで行く話」

「ふうん。それって、幸せな結末になる? 私、悲しい終わりは嫌だなあ」

「そこまでは僕も知らない。母はお勧めだって言ってたけど」

「ふうん」


 クラークの母エバは「男女二人で観に行くなら絶対にこれよ。二人ともとっても幸せな気分になれるわ」と言っていたのだが、さすがに十二歳のノンナに言う気になれず、曖昧な返事をする。

 馬車の中、向かいの席でノンナは窓の外を眺めている。

 少し日焼けしている健康的な肌。ツヤツヤの金髪はゆるい三つ編みにして右肩の前に下ろしてある。濃いローズピンクのドレスはシンプルで、アクセサリーはつけていない。ノンナは馬車の窓から外を見ている。


 クラークは五年ぶりに再会した日のことを思い出す。

 瞳をキラキラさせ、自分を見上げているノンナは、一緒に追いかけっこをしたり木登りしたころの細い少女とは別人になっていた。

 背が高くなり、顔立ちに大人の気配が生まれて、鮮やかな蝶に変身しそうな雰囲気を漂わせていた。


(僕が申し込んだ結婚の約束、覚えているだろうか)


 あの頃、ノンナは弱虫の男の子であるクラークを、一度も馬鹿にしなかった。

「クラーク様!」と呼んで慕ってくれていた。

 二人で一緒に学ぶ時間は楽しくて、大嫌いだった外国語の授業は楽しい時間になった。


 ノンナは男の子が好むようなことをいろいろと教えられていた。ノンナはそれを隠す気がないのか、隠すような内容だと知らないのか、クラークに教わったことを詳しく話してくれた。


 小さな女の子が必死に膝蹴り、回し蹴り、塀の乗り越えを練習する様子が、逆に可愛いと思った。可愛くて手放したくなくて、クラークは「大人になったら結婚してくれる?」と緊張しながら申し込んだ。

 ノンナは「いいよ」とあっさり了承してくれたのだが。


 ある日、ビクトリアと一緒にノンナは姿を消してしまい、親しかったはずのジェフリーも行き先を知らされていないと言う。

 その日から食べ物の味もよくわからなくなり、何もかもやる気が起きなくなった。

 そんな日が数か月過ぎたある日、エドワードが見舞いに訪れた。


「クラーク。落ち込んでるってエバが心配してるぞ」

「別に。僕なら大丈夫です」

「ノンナなら帰って来るよ。ま、五年後だな」

「えっ!」


 慌てて身を乗り出すクラークを見てエドワードが笑う。


「今のところ、五年後に帰国することになっている。他言は無用だよ? きっとノンナはシェン国語をぺらぺら喋れるようになってるだろうな。お前は? ノンナが帰ってくる五年後、クラークはどうなってる予定だい?」

「どうって……」

「時間は誰にとっても平等だ。ぐだぐだして過ごしても、必死に何かに取り組んでも、同じ五年だ」


(あの日から僕は勉強した。ノンナが帰国した時に『どうだい? 僕、少しは立派になったろう?』と笑って話しかけるつもりだったんだけど)


 ノンナは子供と淑女の中間の状態で帰ってきた。

 礼儀正しい挨拶は淑女教育の成果だろうが、クラークにはよそよそしく感じられる。

 それでもノンナが茶会に参加すると聞けば同行したし、近寄ってくる他家の若い男たちを遠ざけるのに遠慮はしなかった。


 五年前の約束なんて忘れているのだろう、とクラークは思っていたが、どうやらノンナは覚えていたらしい。

 しかしこの前「あの約束はなかったことにする」と宣言されてしまった。

(まあいい。やり直そう)

 そう思ったのは諦めではない。むしろまたゼロから始められる、と楽しみができた気さえした。


「クラーク様、劇場が見えてきましたよ!」

「ほんとだね。ノンナ、下りる時はちゃんと僕がエスコートするから。馬車から飛び下りちゃだめだよ」

「わかってますって。お母さんに散々言われてますから」


 言葉どおり、ノンナは御者が馬車の扉を開けた瞬間から淑女だった。

 上品で曖昧な微笑みを浮かべ、クラークの手に小さく華奢な手を置いて、優雅に下りる。周囲に居合わせた若い恋人たち、年配の客たちが「おや」「あら」とノンナに目を留めている。

 クラークは笑顔を浮かべつつも、若い男には氷のように冷たい眼差しを向けた。


「さあ、僕たちは二階の席だ。こっちだよ」

「素敵な劇場ですね、クラーク様。歌劇を観覧するのは初めてで、ドキドキします!」

「僕もとても楽しみだよ。さ、おいで」


 ノンナの右側に立ち、彼女の左肩にそっと腕を回し、極力触れないようにしながらもノンナをエスコートする。

 ノンナはあと三年もすれば自分がとても美しくなり、男たちの視線を独り占めするであろうことに気づいていない。


(もっともっと努力しなくては。先生やノンナがまた外国のやつらに狙われないよう、僕は力をつける。いつかは父のような外務大臣に、いや、宰相に。必ず出世してみせる。僕は僕のやり方で、ノンナと先生を守る)


 楽団の音合わせが終わり、ジャン!と弦楽器が最初の音楽を始めた。


「楽しみね、クラーク様」

「うん。楽しみだね、ノンナ」


 歌劇の幕が上がった。

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