26 大捕り物と子育ての覚悟
南区の六番街にあるグッドウィル貸金商会。
その建物の前は、今、大変な人だかりだ。
我が家の馬車は道端に停めてあり、私は窓ガラスに顔を近づけて外の様子を見ている。
二十人ほどの第二騎士団が馬で駆けつけ、次々と商会の建物に飲み込まれていく。それに気付いた通行人たちが「なんだなんだ」と立ち止まって様子を見ている。
そのうち中で怒声が響き、ガシャン! ガチャン! と何かが壊れる物音が聞こえてくる。
(へえ、騎士団相手に暴れるんだ?)
無駄なことを、と思いながら見ていると、何人かの男が後ろ手に縛られて引きずり出された。見るからに柄の悪そうな若い男性たちだ。
少しして年配の男性、中年の男性。男たちは十人くらいか。それから出てきた若い女性を見て私はハッと息を止めた。
きつい視線で自分を連行する騎士団員を睨み、見物人にも憎々し気に何かをわめいているのはオーリだった。オーリは、濃い化粧をしていて身なりも派手だ。うちの屋敷にいた時とはまるで別人だった。
全ての人間が引きずり出され、私たちの馬車の後に停めてあった犯罪者収容用の馬車に詰め込まれた。一見すると大きな箱を積んでいるようなその馬車には通常の壁がない。柵のようなもので囲まれていて、柵の隙間から見える限りでは座る場所がない。男たちとオーリは立ったまま詰め込まれていた。
「アンナ、あれ……」
「ええ、オーリね」
「こんなところで働いていたのか」
「詐欺の仲間入りが仕事と言えるならね」
集まって来た見物人は既に百人近い。その中には見知ってる顔もあった。うちの馬車を見ているから我が家の家紋にも気づいているだろう。
私が(あの人も野次馬に来てるのね)なんて思っているうちにジェフリーが御者のリードに声をかけて、私たちはいったん家に戻ることにした。
◇ ◇ ◇
修道院には事の次第を知らせる手紙を届けてもらい、私たちはソファーに座って口数少なくお茶を飲んだ。何かあったことを察したらしいバーサが、バターで焼いた薄切りパンとジャムを何種類か運んできてくれた。
「お疲れの時は甘い物が効きますよ」
そう言ってバーサが下がるのを待ちかねたようにしてノンナが口を開いた。
「お母さん、何があったの?」
「少し前に、お母さんが羊皮紙を染めて古く見えるようにしたでしょう?あの方法で嘘の契約書を作って、家を取り上げる詐欺集団がいたの。お父さんが連絡して、第二騎士団の皆さんがその悪い人たちを捕まえてくれたわ」
「ええー。なんで私も連れて行ってくれなかったの? 見たかったのに」
少し迷ったが、ノンナに本当のことを教えることにした。
「縛られて連行されていく人の中に、オーリがいたわ」
「えっ」
「オーリはここで静かに暮らすよりも、悪事を働く人たちと一緒にお金を手に入れる方を選んだようね。ここにいた時と比べたらすっかり表情が変わっていたわ。あなたは見なくてよかったと思う」
「見なくてよかったって、それどういう意味?お母さんはオーリが捕まっても心配じゃないの?」
ノンナが私に非難の目と口調をぶつけてきた。ジェフリーがすぐに間に入ってきた。穏やかな、いつもよりずっと穏やかな話し方だった。
「ノンナ、お前だったらどうした?」
「どうって?」
「ノンナが母親だったら、連行されていくオーリを自分の娘に見せてやりたかったかい?それはなんのために?」
「そういうことを言ってるんじゃないもん、お母さんの言い方が冷たいと思ったんだもん」
ノンナは私にオーリのことも考えて欲しかったのだろう。でも。
「勘違いのないように今、言っておくわね、ノンナ。オーリはクラーク様に嘘をつき、受け入れられなかったからこの家を出て行ったの。次は詐欺集団と一緒に行動して悪事に加担したわ。オーリは無理強いされたんじゃない。自分の意思で行動したの」
「オーリは詐欺だって知らなかったかもしれないよ?」
「そうね。でも、知らなかったでは済まされないのよ、もう大人だから。罪を償った後で助けが必要なら、私は手を貸す覚悟はあるわ」
それでもスッキリしていなさそうなノンナにジェフリーが話を続けた。
「オーリは頭が回る子だ。男たちが何をしているのかは知っていたと思うよ。彼女は真面目に働くことより人を騙して儲ける道を選んだんだ。もしあれがノンナだったら、俺は泣きながらお前を騎士団なり警備隊なりに突き出すよ。それが俺の愛情で責任だと思っている」
ノンナは何も言わずにジェフリーを見ていたが、肩を落として部屋から出て行った。
「あれで良かっただろうか。父親としての自信があるわけじゃないが、俺はいつだってああいう覚悟でノンナを育ててるんだが」
「私もノンナが犯罪に手を染めて人の苦しみと引き換えに儲けようとしたら、そうね、私も泣きながらノンナを突き出すと思う」
我が家には使いきれそうもないお金がある。お金に困ってノンナが何かしでかす事はないと思いたいが、裕福な貴族が後ろ暗いことに手を出すことなど、いくらでもある。
財政が豊かなことと心の豊かさは比例しないのが人の世の常だ。
「私たちはノンナが正しい選択ができる子になるよう育てましょう。そこから先はあの子の人生だわ」
ノンナを深く愛している私の口から、突き放すような言葉が出たのでジェフリーが驚いた顔をした。
「私はノンナが大切よ。自分のことよりずっと大切。でも、私たちは先に死ぬわ。あの子の人生を最後まで守ってやれるわけじゃない。私がいなくても生きていけるように、転んだら自分で立ち上がって、擦り傷の痛みに耐えられるように育ててやりたいの。いつまでも腕の中で守っていてはだめだと思ってる」
小さくため息をついて言葉を続けた。
「だけど、あの子をおなかで育てて、お産の苦しみに耐えて産んだ母親だったら違うのかな、と思うことはあるの。母親は善悪ではなくて、世界中を敵に回してでも我が子を守ろうとするものなのかな、と思うこともあるわ」
「アンナ……」
「これ、一生答えが出ない疑問だわね」
私がそう言って静かに笑うと、ジェフリーが私の頭を胸の中に抱え込んでくれた。
「俺も一緒に悩むさ。ひとりで抱え込むな。難しいな、子どもを育てるって」
「ほんとね。私は自分の中にお手本を持っていないから。迷ってばかりだわ。あなたと生きていくことには微塵も迷いがないのに」
「俺もだ。君と生きていく上で選択肢がいくつ出てこようとも、どちらを選べばいいか、即断できる自信があるよ」
その日はノンナをそっとしておいた。
ノンナの考えはノンナがたどり着いて見つけるべきだと思ったから。
ノンナは翌朝、何もなかったかのように笑顔で朝食の席に出てきた。
「お母さん、昨日はごめんなさい。あれは八つ当たりだった。私、警備隊につき出されるようなことはしないよ。お父さんとお母さんなら本当にそうするだろうなって思った。そしてきっとつき出された私よりお父さんとお母さんのほうがたくさん泣くだろうなって思ったよ」
子どもを育てるのは難しいけど、幸せを感じることも多い。
目には見えない何かを掴んだような気持ちになって、私は微笑んだ。






