22 経年風処理
リードに頼んで何か所か店を回り、買い物を済ませて家に帰った。庭の杉の枝も細めのを一本切ってもらい、のこぎりも借りる。
「奥様、のこぎりをお使いでしたら私がやりますが」
「ううん、いいの。久しぶりに使ってみたくなったから」
そう言って自分の部屋に入り、鍵をかけた。買って来たものを並べて作業に入る。これから薬液を作り、買って来た真新しい羊皮紙をその薬液に漬けて古い羊皮紙を作り出すのだ。
バルコニーの床にシーツを敷き、その上にスツールを置いた。スツールに枝を置き、足で枝を押さえながらゴリゴリと端から枝を輪切りにする。どんどんおがくずが溜まる。このおがくずを煮出して染め液を作るつもり。
ある程度おがくずが溜まったところでスツールを動かし、シーツをまとめたところで背後から声をかけられてビクッ! となった。
「それ、何に使うの?」
「ノンナ? いつから見てたの?」
「ついさっき。ノックしたけど返事がないし、鍵もかかってるからこっちから来ちゃった」
「来ちゃったってあなた、二階の手すりに立つのはやめなさいよ。リードやバーサに見られちゃうでしょ?」
「お母さんたら、私が落ちる心配はしないの?」
くすくす笑いながらノンナが手すりからひょい、とバルコニーの床に飛び降りた。裸足だった。
「あなたが落ちないことはわかってるわ」
「まあね。世間の泥棒はこのくらいのことはできるのかできないのか、知りたいよ」
「腕前によるんじゃ、じゃなくて! ねえ、私は心配よ。あなた外では」
「やらないって。で、それをどうするの?なんだか面白そう」
ノンナが私の手元を覗き込んでいるが、私は今、とても驚いている。ノンナの気配に全く気付かなかったからだ。私、衰えたの? ノンナが手すりに乗る気配や音に気が付かないなんてありえない。
愕然としている私に構うことなく、ノンナがちゃっちゃとシーツをまとめて私の部屋に入る。
「で? これをどうするの?」
「暖炉で煮出そうと思ってる」
「わかった。何をするのか教えてね」
ノンナは煙突の中の鉄板を外して火を使う準備をしている。水の入ったお鍋を火の近くに置いて
「このおがくずを入れるんでしょう?輪切りのも入れる?」
と屈託がない。
「うん、シーツの中身を全部入れて」
準備を終えたノンナがニコニコしている。
「ねえノンナ。さっき全然気配も音もしなかったんだけど」
「うん。気配も音も立てないで驚かそうと思ったから」
「それ、どうやったの?お母さんに教えてくれる?」
「ふふふー。知りたい?どうしようかなー。教えようかなーやめようかなー」
ノンナは笑っているが、私は多分とても真面目な顔をしているはずだ。この子、いつの間にこんなに腕を上げていたんだろうと、そっちが気になってしまった。シェン武術か? シェン武術にこんな要素があったのか?
「カン先生がね、体重を移動するときに風を想像してごらんて。風は音を立てないよ、音を立てるのは風に煽られている他の物なんだよって言ったんだよね。ずっと意味がわからなかったけど、途中でわかったの。そしたら音を立てずに移動できるようになった」
「お母さん、今、とっても後悔してるわ」
「ん? なにを?」
「私もカン先生に武術を教わるべきだった」
カン先生はシェン武術の先生で、私たちがシェン国滞在中にお世話になった家の先代だ。ノンナはくすくす笑う。
「私が知ってることなら教えるよ? お母さんもいろんなこと教えてくれたもん」
「よろしくお願いします、ノンナ先生」
二人で笑い、お鍋の中のお湯が茶色になっていくのを眺めた。
「ノンナ、あなたはその年齢で既に相当な技術を持ってる。語学の知識も文句なしだわ。だけど、それはいいことにだけ使うようにしてね」
「でもさ、子爵令嬢としては使い道がない技術ばかりだよね」
「そんなことないわよ。誘拐された時に使える」
「そんなしょっちゅう誘拐されないって。もう、お母さんは時々笑えることを言うよね」
「あら、そうだった?」
ノンナが楽しそうに笑いだし、その話はそこまでになった。
お鍋の中のお湯がしっかりと濃い茶色になったので、冷めるようにバルコニーに運んだ。
「羊皮紙や紙を古く見せる方法、久しぶり。この方法以外にもあるだろうけど、あなたは偽物を見抜く目を持つためにも知っておくといいわ。一番いいのはひたすら本物を見ることだけどね」
夜になり、ジェフリーが帰ってきた。食事を終えた食堂のテーブルには、私が午後からずっとかかりきりで古く見えるように手をかけた羊皮紙と紙。隣に新品の羊皮紙と紙。片方は茶色の液に浸したり、拭いたり、畳んでシワをつけたりしてから乾かしたりしたものだ。その道の専門家なら見破れるかもしれないが、私の目には十分に古い物に見えた。
「なるほど。こんな風になるのか。すごいな」
「ジェフもノンナも古い羊皮紙の本を高値で買おうとするときは、こういう可能性があることを忘れないでね」
「俺はそんなものは買うつもりがないが、心がけておく」
「私も」
「そうですか。二人とも覚えていて損はないから、覚えておいてよ」
苦笑して二枚の羊皮紙を畳んで箱にしまった。
食後のお茶を飲み、甘いひと口サイズの焼き菓子を食べながら考えてしまうのはオーリのことだ。寝場所はあるのか、悪い人に利用されてないか、もしかして母国に帰りたいと思っているのではないか。
つくづく簡単に彼女の言葉を信じて連れてきた自分を反省する。いまだに第二騎士団からもザハーロさんからもオーリの情報は入って来なかった。
「ああ、そうだ、ビクトリア。今日、城で仕事の話をしていた時に、叙爵式の日程を知らされたよ。来月の初めだそうだ」
「そう。私とノンナは?」
「出なくていいよ。俺だけ参加だ。ただ、俺が子爵になったら、おそらくあちこちから茶会の誘いが来るようになる。それに出るか出ないかは、君に任せるよ。俺は君が体調不良だと言って全部断ってくれてかまわないからね」
「考えておくわ。でも、ノンナはそろそろ参加させた方がいいわよね?」
「そうだな。ノンナまで病弱と言い張るのは少し苦しいな」
渋い顔のノンナだったが、ここは諦めてもらおう。
「そうだわ、ジェフ。今日、南区の修道院の院長先生がいらしたの」
ジェフリーに薬の販売をさせてほしいと頼まれたことを告げると「いいと思うよ」という返事。
なので翌日には修道院に出向いて話を決めた。値段は私が決めて、販売手数料として売値の二割を修道院に渡すことになった。もっと渡してもいいのだが、私が後から寄付の形にしてお金を渡した方が、私の帳簿の処理が簡単なのだ。
「ありがとうございます。これで多くの貧しい人々が苦痛から解放されますわ」
と、院長は喜んでいた。私も学んだことが役に立つのは嬉しい。双方満足の契約になった。
その後、私とノンナはバーナード様のお屋敷に通い、翻訳のお手伝いを週に三回ほどこなしている。
バーナード様はあの文書を紙に書き写し、毎日のようにウンウンと悩みながら解読しようとなさっている。見ていて胸が痛い。
だが私が口出しできることではないので、せめてものお詫びの気持ちで、せっせとバーナード様がお好きな子羊のローストを焼いてさしあげたり、野菜たっぷりの煮込みを作ったりしている。
シビル山の金鉱石がその後どうなったのか、私たちは何も知らなかった。
私は週に一度、黒ツグミに行く。
オーリのその後を確認したり、黒ツグミのご近所さんのことを教えてもらったり。ザハーロさんはいろんなことを知っていた。情報通らしくない外見の情報通だった。
黒ツグミで英気を養ってまた家に戻る。
五年間シェンにいたのが嘘のように以前と同じ生活が戻ってきていた。
そしてついに、ジェフリーの叙爵式の日が来た。






