20 エドワードの親心
「王女の行方じゃなくて金の鉱脈を見つけたのか」
王城の北棟、四階の一室。
エドワード・アッシャーは甥っ子のクラークが提出した報告書を読んでいた。ビクトリアは失踪した第五王女の墓を見つけてくるかも、という自分の期待を大幅に超えた物を見つけてきた。
だが報告書は「スバルツ王国との国境付近に旅行した際、たまたま他の人と同行した結果、金の鉱脈を発見した」という形を取っていた。ジェフリー、ビクトリア、ノンナのことには一切触れていない。
「これはジェフリーに口止めされたな。だが、隠し通すのは悪い手だ。絶対にその功労者は誰だ、なぜ名前を隠すんだって話になる。大変な手柄を立てておきながら『褒美はいらない』なんて言ったら逆に興味を持たれる」
手柄はビクトリアにあるはずだ。本来なら彼女に莫大な褒賞金が出る。
だが彼女はおそらく褒賞金に興味も欲もないだろう。
弟もビクトリアの存在が知られるくらいなら報奨金など要らないと言うだろう。
ハグルの暗殺者集団の事件から五年。
王族と宰相はビクトリアという脱走工作員の記憶が薄れているはずだ。ここで彼らの興味を再び引くようなことは避けたいが、金鉱脈の発見はさすがに報告しないわけにはいかない。
エドワードは立ち上がり、銀髪を指で漉きつつしばらく窓の外を眺めた後でマイクを呼んだ。
マイクがやって来たのでエドワードは無言でクラークの報告書を差し出した。マイクが怪訝そうな顔で受け取り、報告書を読み始めた彼の目と口が少しずつ大きく開いていくのを、興味深く眺める。
「これ、発見したのはビクトリアさんでしょう? あの人、どれだけ有能なんですか! ああ、もったいない。うちで教官をやってくれたらいいのに。いや、あの人なら十分現役でいけますね」
「弟もビクトリアもそんなことは望んでないさ」
「そうでしょうけど。ハグルはこんな優秀な人をあっさり消そうとしたわけですね。馬鹿だなぁ」
それを聞いたエドワードが黒い顔で笑う。
「彼らは馬鹿な方が私たちは助かるさ。マイク、うちのチームで現地確認をする。君は山歩きに向いてるのを五人くらい選んでおいてくれ。私はちょっと出かけてくる。この報告書は、肝心なところがごっそり抜け落ちてるはずなんだ。クラークに聞いても何も知らなかったから、なぜ彼女は重要な事をクラークに教えなかったのか、私はそこが知りたくてね」
「抜け落ちてるんですか? 部長の勘がそう言うならきっとそうなんでしょうね」
◇ ◇ ◇
エドワードは伯父のバーナードの家に来ている。
「伯父上。ビクトリアたちが見つけた物の話を聞きましたか?困ったことになりましたよ」
「聞いたが。困ったこととはなんだね?」
「クラークが金鉱石発見の報告書を提出してくれたのですが、ジェフたちは自分の名前を出したくないらしいんです」
「そうなのか? 私は何も聞いてないが」
「ここは伯父上の助けが必要ですよ。伯父上とジェフが『失われた王冠』の暗号に気づき、王冠にたどり着く道標も読み解いたことにしませんか」
バーナードが驚きで目を丸くした。
「だめだ。ビクトリアの手柄を横取りなんて、とんでもない」
「横取りではありませんよ。おそらくジェフとビクトリアは注目されたくないのでしょう。褒美だっていらないと思っているはずです」
「そうかもしれんな」
「しかし、それでは逆に人の興味を引いてしまうんですよ。ビクトリアがどこかの偉い人から逃げていたことはご存じでしょう?」
「ああ、そうらしいな」
「伯父上が小説の暗号を解読してジェフリーが金鉱脈を発見した、という形にすれば伯父上とジェフに褒美が出ます。ビクトリアが詮索されることもなくなります。伯父上が褒美を受け取りたくないなら伯父上の取り分をジェフリーに渡せばいい」
「うーん、しかし」
よし、もうひと押しだ、とエドワードが優しく微笑む。
「それと、ビクトリアから聞き出してほしいことがあるんです。現場には五体もの骸骨があったそうですが、報告書は骸骨に関わる情報について全く触れてない。暗号で金鉱石のことを伝えようとしたエルマーが、五体もの骸骨に触れてないなんて、不自然です」
「それだ!私もどうもすっきりしない部分があると思ったんだ。そうだ、それだ。だが、羊皮紙が途中で紛失した可能性もあるぞ?」
エドワードがゆっくり首を振った。
「いいえ。壺に入れて封までしてあったならその可能性は低いです。道標の内容から考えると、遺体を放置したまま崖の裂け目を塞いだのはエルマーでなければなりません。資料管理部部長でもある私はそこをきちんと知りたい。ビクトリアが知っているようなら聞き出してくれませんか? 伯父上の研究の役に立つと言えば、ビクトリアも話してくれると思うんです」
バーナードがまた考え込む。
「伯父上、ジェフは子爵になっても領地無しです。先のことを想えばお金はいくらあっても邪魔にはなりません。ノンナだってもう十二歳です。数年もすれば花嫁さんですよ。あの子に嫁ぎ先で肩身の狭い思いはさせたくないじゃありませんか。ジェフの性格では私や伯父上からの資金援助は絶対に断るでしょうしね」
ノンナが肩身の狭い思いをする、という言葉にバーナードはぐらついた。
「ふむ。ジェフたちがそれで当然受け取れるはずの褒美を手にできるなら……。私に人間らしい生き方を取り戻させてくれたのはビクトリアだ。ビクトリアには恩を返したいと思ってはいるんだ。彼らが同意するのなら、ビクトリアとノンナのために協力しよう」
「よかった。さすがは伯父上です。では、ジェフの名前を出すことと骸骨に関する情報を聞き出すこと、頼みますよ」
それだけを言うとエドワードはさっさと屋敷を後にした。
兄としてはやはり受け取れるはずの褒賞金を弟に受け取らせたい。子爵になればそれなりに品位の維持に費用がかかる。
騎士を全うしていればそこそこ裕福に暮らせたのだが、弟はビクトリア絡みで騎士の立場を投げ捨ててしまっている。
「でも結局経済のことで苦労するのはビクトリアだから。私としてはなんとか力になってやりたいさ。王子が爵位を与えるなんて言い出さなければこんな厄介なことにはならなかったんだが」
第一王子がとにかくジェフリーを気に入ってるから爵位を授与という流れになったが、ビクトリアは平民の方が気が楽だったろうに、と気の毒に思う。
だからこそジェフリーが褒賞金を受け取れるようにしてやりたい。それはエドワードの親心であり兄心だった。
◇ ◇ ◇
私はジェフリーと二人で、バーナード様からの呼び出しに応じてこのお屋敷に来ている。
「ええ?伯父上、私の名前を出したい、ですか?」
「お前がどうしても嫌なら諦めるが、私とお前が暗号を解読してお前が金鉱脈を見つけたことにすれば褒美が出るだろう。私の分はお前に渡すさ」
「しかし……」
「それに、この世紀の大発見に至る過程を学会に発表できる。文学好きの歴史学者としては小説に隠されていた真実を広く世に知らしめたいのだ」
「うーん」
「子爵を賜れば生活にも付き合いにもそれなりの金がかかる。ノンナだっていずれ花嫁になるだろう。嫁ぎ先で肩身の狭い思いをさせたら可哀そうじゃないか。財産はいくらあっても邪魔にはならんよ。ビクトリアとノンナのためだと思って、この話を受けてくれんかね」
私とジェフリーは互いの目を見る。
公の席に参加しなくていいのなら、私は構わない。『妻は身体が弱いので』とでも言ってもらえればいいではないか。
バーナード様のお顔のしわが五年で深くなられ、手の甲の皮膚に張りがなくなられているのを見ていたら(まあ、いいか)という気持ちになってくる。
アシュベリー王国を含めた周辺の国では六十歳になると「この先の時間は神様からの贈り物」という言い方をする。
四十代五十代を無事に生き延びて六十歳になったら、いつ旅立っても歳に不足はないということだ。バーナード様は結構なご長寿ということになる。
「ジェフ、私の名前が出ないなら私は構わないわ。バーナード様も学者様としての使命を果たしたいでしょうし。公の席に夫婦で呼び出されることがあったら『妻は病弱で寝込んでおります。申し訳ございません』と言えばいいわよ」
「すまないね、ビクトリア。君が公に顔を出したくない事情は聞いているよ。どこかの偉い奴に惚れられて逃げていたんだろう?」
「ええ、まあ」
『惚れられた』の意味合いは、バーナード様が思ってるのと事実とではだいぶ違う。だが、ここは肯定するところだろう。
「君の安全を脅かすようなことはしないさ。私の発表が不自然にならないよう、君にもう一度事実を詳しく教えてほしいんだが」
「はい、バーナード様」
「助かるよ。で、五体の骸骨についてエルマーは何かを書き残していたのではないかね?その部分だけがごっそり抜け落ちている気がするんだが」
ジェフリーがほんの一瞬固まったが、すぐに笑顔になった。
「ああ、わけのわからない文章の書かれたものが一枚あったね?ビクトリア」
「はい。あれは何かの書き損じかと思って除けておきましたが、あれかもしれないわね、あなた」
私たちは「明日にでも使用人に届けさせます」と答えてバーナード様のお屋敷を出た。
私は
「アレの欠落に気が付くなんて、歴史学者、恐るべしね」
と感心したし、ジェフリーは
「俺は学者を甘く見ていた」
と苦笑していた。
 






