15 ペットのシビー
馬担当のリードは私たちが一日早く戻ったことと、見知らぬ少女を連れて帰ったことの両方に驚いていたが、事情を聞いて納得していた。
「奥様、私は噂で聞いたことがございます。スバルツでは、国の言うことを聞かずに自由に生きている森の民を取り込むために、強制的に自国民と結婚させているという話でした。しかしながら教育も施されておらず、極度に貧しい暮らしをしている森の住人と結婚する者たちは思惑があるということでした」
「リード、思惑って?」
「驚くことに、結婚の届を出した後は賃金要らずの使用人としてこき使うのだそうです」
「なんてことを。それじゃまるで奴隷みたいじゃないの」
「全くですよ、その扱いは奴隷同然だったと旅の商人が言っていました。過酷な環境に耐えかねて森に逃げれば、無理やり連れ戻されるそうで。聞いた時はまさかと思っておりましたが、本当だったのですね」
オーリは石積みの家の中で眠っていた。よほど疲れ切っていたのだろう。
彼女は寝袋に入るのを嫌がった。寝袋を床に敷き、上から私の上着を掛けてあげたら熟睡だ。私はリードに『彼女が黙って姿を消さないように見ていて』と頼んだ。ノンナは自噴井戸で水を汲み、私は火をおこしてお茶を淹れた。
ノンナが切り株に座り、木製のカップを両手で持ってお茶を飲んでいる。その姿を見て、さっきから気になっていたことを注意した。
「ノンナ、また石を拾ったの?ズボンのポケットが今にも破れそうだわ」
「拾ったよ。すごくきれいな石を見つけたの」
ノンナは石が好きだ。
本当は犬や猫を飼いたがってるのを私は知っていたが、ジェフリーと暮らす以前の私たちは住む場所を転々と変えていたからとても動物と暮らせる状況ではなかった。シェン国にいる時は仮住まいだったので犬猫は飼えなかった。
あちこちを移り住んでいる頃からノンナはきれいな石や面白い石を見つけると、拾った場所に関係する名前をつけて話しかけるようになっていた。
これは私のペットだと言っているのが不憫で申し訳なくて、私は思わず陰で声を殺して泣いたことがあった。
「とにかく石をポケットから出して。そのままではポケットが破れるかズボンの形が崩れるかのどっちかよ?」
「はぁい」
そう言ってノンナがポケットから石を取り出した。それを見て私が目をパチパチと瞬いていると、ノンナはとても満足そうに笑った。
「きれいでしょう?今まで拾った石の中で二番目にきれいだと思う。この子はシビー。シビル山で拾ったからシビーなの」
「ちょっとそれをお母さんに見せてくれる?」
「いいよ。でもお母さんでもあげないよ。私のペットなんだから」
それは大人の手のひら大のゴツゴツした白い石で、あの火口の中にたくさん落ちていた石と同じ種類だと思う。その石がノンナに選ばれた理由は一目瞭然だ。石の一部にまだら模様に金色が混ざっているのだ。
私は今まで何度か展示されていた金鉱石を見たことがあるが、こんなにたくさん金が含まれている石は一度も見たことがない。
私が驚いているのに気をよくしたらしいノンナが、自慢げに説明してくれる。
「もっと大きいのもあったけど、重いからこれにしたの。ペットはポケットに入るような小さい方が好き」
「ノンナ、これ、貸してくれる?」
「えええ。私のシビーなのに」
「少し借りるだけ。後でちゃんと返すわ」
「じゃあ、少しだけね。シビー、必ず返してね」
私は石を持って休憩しているジェフリーのところに行き、黙って石を差し出した。ジェフリーは二度見し、石を手に取って顔を近づけて見ている。
「ん? んん? アンナ、これってまさか」
「金鉱石でしょうね。おそらくこれが『失われた王冠』だわ。愚者の金かと思ってよくよく見たけど、間違いなく金だと思う」
「これは……えらい騒ぎになるな。あの火口は我が国の土地として線引きされた中にあるが、これをスバルツ王国が知ったら……」
「鉱脈の大きさと金の含有量にもよるだろうけど、もしかしたらもう一度戦争になる可能性さえありそうね」
「これはノンナのペットか?」
「ええ」
「しばらく俺が預かる。ノンナが持ち歩いて他人の目に触れたら面倒なことになる」
「私もそう思う」
「それにしてもこんなにたっぷり金を含んだ石がむき出しで転がっていたのか。露天掘りで採掘できるかもしれないってことだな」
「大変な発見だわ」
しばらくジェフリーは考え込んでいたが、やっと口を開いた。
「あの小説を書いたエルマーはなぜ金鉱のことを暗号にしたんだろう」
「わからない。簡単に金が手に入るというのにあんな森の奥で不自由な暮らしをする理由もわからないし」
私はポケットから意味不明な文章が書き込んである羊皮紙を取り出した。
「これを解読したら何かわかるのかもしれない。ちょっと今夜から本気で解読に取り組んでみるわ。それで、クラーク様にこの金鉱石のこと、お伝えするべきよね?」
「あの火山の所有者は国だから、文官のクラークに知らせないわけにはいかないだろう」
その夜、皆で石積みの家で眠ることになった。
私は外で見張り番をすると言って、焚き火の明るさを頼りに羊皮紙の解読に取り組んでいる。
知ってる限りの暗号を試してみたが、全く答えにたどり着かない。
その昔、ハグルの組織には暗号の作成と解読に優れた天才工作員がいた。その工作員が作り出した暗号の仕組みは形を変え、磨かれながら現在も使われ続けている。
私は暗号を解くのは得意だったが、仕組みを編み出すことはできなかった。天才が考え出した暗号は数字の組み合わせを鍵にする方式で、その鍵さえあれば複雑な文章も安全に送ることができる優れものだった。これもそういう仕組みなのかもしれない。
もう一度暗号解読に使えそうな鍵はないものか、と考えていたらジェフリーが家から出てきた。
「アンナ、交代するよ。君は寝た方がいい」
「そうね。ありがとう」
翌日。金鉱石の存在を確認するためにもう一度四人で火口に向かった。リードとオーリは留守番だ。
私たちはまたあの狭い裂け目を難儀しながら通り抜け、火口に入り込んだ。火口は昨日と同じように静かに風が吹いていて、小鳥の声がしている。低木が生い茂り白い石が転がっている静かな世界だった。
「こっちだよ」
案内役のノンナの後をついて火口の中を進む。
ノンナがシビーを見つけた場所には、やはりいくつもの金鉱石が転がっていた。一見するとただの白い石なのだけれど、土や泥を手でこすり落とすと、石の中にまだらに入り込んだ金が光を反射して光った。
「すごい。いったいどれだけの金が隠れてるんだろう」
クラーク様が興奮の面持ちでつぶやいた。
「これが争いを招かなければいいんだが」
ジェフリーは心配そうな顔だ。
「お父さん、バーナード様とスーザンさんにお土産で持って帰ってもいい?」
「あー、スーザンはやめておけ。噂になっていろいろ厄介なことになりそうだ」
「えー。残念。バーナード様ならいいの?」
「伯父上なら密かに眺めるだけにするだろうから、まあいいか」
「よかった!」
クラーク様も小ぶりな石を拾って泥を落としていたが、ふと私を見て
「先生は持ち帰らなくていいんですか?」
とおっしゃる。
「私はいいかな。眺めたくなったらノンナのシビーを見せてもらうから」
「うん、いいよ。時々でよければ私のシビーを貸してあげる」
「ありがとう、ノンナ」
こうして私たちは火口を後にして待っていたオーリとリードと合流した。
皆で石積みの家に戻り、翌日には王都へと帰ることになった。その夜も私はみんなが寝てから焚火のそばで独り暗号に取り組んだ。
だが、どうにも歯が立たない。もうすぐ朝になるという時刻、私はへとへとだった。
「もう眠らなくちゃ」
朝が来たら王都に向けて出発だ。
ふと(ダメ元でカロライナ王女の名前を数字の鍵にして読んでみようかな)と思った。カロライナの名前をハグルの天才が作り上げた方法で数字に置き換え、その数字に従って文章を進んだり戻ったりしながら文字を拾い上げて書きとってみた。
すると……。
意味不明の単語の羅列に見える文章からするすると言葉が浮かび上がって来るではないか。
私は慌てて紙とペンを手に、浮かび上がって来る言葉を書き記した。途中で起きてきたジェフリーが何か察したようで、物言いたげな表情で私を見ている。
私はジェフリーに説明するのももどかしく、浮かび上がって来る言葉を紙に書き続けた。
その結果、埋もれていた真実が私の目の前に現れた。
アシュベリー語の文章の中にハグル方式の暗号文が隠されているなんて。
それは歴史学者のバーナード様を始め、誰も想像しなかったであろう内容だった。






