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手札が多めのビクトリア 2 【書籍化・コミカライズ・アニメ化】  作者: 守雨
【失われた王冠の謎】

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11 壺と指示 

 ジェフリーが戻って来たのは一時間ほど経ってからだった。

「ただいま。だいぶ広い赤菱花の畑があったよ。畑を見られたくなかったのだろうし、俺たちのことを畑の存在を調べにきた役人と勘違いしたようだ」

「ノンナを連れてるのにですか?」

「クラーク、後ろめたいことをしてる連中は、何でも疑いたくなるものさ」


 赤菱花というのは真っ赤な四角い形の花を咲かせる植物で、たしか根っこを刻んでお酒に漬けておくと酒精に草の成分が溶け出して早く深く酔えるんじゃなかったか。少しのお酒でも酔えるから安上がり、とか気持ちよく酔える、とか。でも量を誤ると呼吸が止まって死んでしまうから、厳しく栽培が禁止されている植物のはず。


「明日の朝一番に警備隊に連絡してくるよ」

 というジェフリーの言葉を、四人の男たちが恨めしそうな顔で聞いている。

 私たちを武器で襲ったから相当な刑にはなるだろうが、赤菱花の栽培だけでなくいきなり人を襲ったのだ。私とジェフが弱かったら殺されて埋められ、子どもたちだって無事では済まなかったに違いない。償いはしてもらおう。


 夜、男たちは縛ったまま外に転がしておいた。クラーク様は「どうせ眠れそうにないから」と言ってジェフと交代で見張り番を引き受けてくれた。

 翌朝、日の出と同時にジェフリーが馬でシビルの町の警備隊に連絡に行った。


 ジェフリーが帰って来るまで、私とノンナは道標を探して家の中を徹底的に調べた。家の中にはこれといった物はなかった。なので入口のドアのところに立ち、家の中を眺めた。

 私が一番不自然だと思ったのが天井の傾斜だった。一見すると屋根の傾斜に合わせて天井板を張ってあるように見えるが、微妙に屋根の傾斜に合ってないのだ。そもそもこの手の家は梁がむき出しなのが普通なのに、なんのために天井板を張ったのだろう。


「天井を張ったのは冬に暖炉の熱を溜め込むためかしらね。もしかして何かを収納するためかしら。でも、出入り口が無いわね」

「お母さん、屋根裏を調べるなら私が天井裏に入る!」

「そう?じゃ、お願いしようかな」


 雨漏りで傷んでいるところを選び、下から交換用に積んである馬車の車軸で突いて壊した。テーブルをその下に移動させ、椅子を積み上げ、ノンナが椅子の上に乗って腐っていない部分に両手をかける。懸垂の要領で身体を持ち上げて足を掛け、屋根裏へと上がって行った。身の軽さはさすがだ。私ではあそこまで軽々とは上がれない。上がったところで体重で腐った天井を踏み抜きそうだ。


 少ししてノンナが

「お母さん、ボロ布に包まれてる壺を見つけたよぉ」

 と叫んで知らせてくれた。

 ノンナが屋根裏からボロ布にぐるぐる巻きにされた高さ三十センチほどの蓋付の青銅の壺を抱えて降りて来た。蓋と壺は溶かしたロウで密封されている。ナイフで蝋を剥がし、中を見て驚いた。丸められた羊皮紙の束がギッシリと詰められていたのだ。

 

 壺に収められていたたくさんの羊皮紙は、保存状態が良く劣化が少なかった。それを取り出し、羊皮紙に書かれているページの順に重ねていくと、本一冊分ほどの厚みになった。

 そして最後に二枚、ページ数が書き込まれていない羊皮紙が残った。


 一枚は『滝にぶつかるまで北に進め。風を見よ。勇気を持て』とある。もう一枚はびっしりと意味不明な文章が書き込まれていたので畳んでポケットに入れた。クラーク様とノンナは頭と頭をくっつけるようにして羊皮紙の束を夢中で読んでいた。

 ノンナが文章に夢中になってぐいぐいと羊皮紙に近づけると、クラーク様はちょっと困った顔になって身体を離す。するとノンナがまたグイグイ行く。


 それが繰り返されて、最後にはクラーク様はややのけ反った姿勢で小説を読むことになっていた。うちの娘が気を使わせてしまって申し訳ないです、クラーク様。


「先生、これ、すごい発見かもしれませんよ。おそらくこれはエルマー・アーチボルトの未発表作ですよ。同行させてもらってよかった! こんな歴史的な発見に立ち会えるなんて。僕は今、全身に鳥肌が立ってます」

「寒いなら私の上着を貸そうか?」


 クラーク様が興奮の面持ちだ。ノンナの方をチラッと見たがノンナの幼い勘違いには訂正を入れないでいてくれた。ありがとうございます。大人になられましたね、クラーク様。


 そのうちに外から複数の人の声が聞こえてきた。

 急いで外に出ると、ジェフリーが警備隊の人たちを十人以上引き連れて戻って来ていた。


「ビクトリア。これから警備隊員を赤菱花の畑に案内してくる」

「いってらっしゃい」


 その後は警備隊の人たちに昨夜の襲撃のことを説明した。

 私は「ここには子どもたちに『野営』を経験させたかったから来た」「襲われてとても怖かった。昨夜は恐怖で眠れなかった」「夫が退治してくれなかったらみんな殺されていた」と怯えた表情で答えておいた。

 

 夕方までかけて赤菱花の畑は燃やされた。風がない晴れた青い空に、森の中からまっすぐに黒い煙が立ち上がっていた。これでいい。これであの草で死ぬ人がいなくなる。

 男たちは馬に乗せられ、運ばれて行った。やれやれだ。

 夕食時、ジェフリーとノンナは「美味しい美味しい。空腹だとほんとに美味しいね」と完食したが、クラーク様は何か考え込んでいて、あまり元気も食欲もないようだった。

 

「俺の甥っ子だし、俺が聞いてみるよ」

「むしろ先生と呼んでもらっている私の方が話しやすいかもしれないわよ」


 ジェフリーと私のどちらが話しやすいだろうかと話し合い、結果、私がこっそり話を聞くことになった。夕食の後、古い大きな切り株に二人で腰をかけて、私が話しかけた。


「クラーク様、何か気になることがありましたか?」

「先生。僕は自分が情けないです。悪漢に襲われた時になんの役にも立ちませんでした。六歳も下の女の子に守ってもらうなんて。情けなくって」


 そうよね。ごめんね。とっさのことだったし、安全を最優先したとは言え「ノンナ、クラーク様を守れ」なんて配慮に欠けた発言だった。ジェフリーに悪気はないし、クラーク様もそこはわかっていると思うけれど。


「クラーク様。人には得手不得手があります。クラーク様は勉学に秀でているではありませんか。誰にでもできることではありませんよ」

「勉強ができても弱い男なんて」

「男は強くなければならない、女はつつましくなければならない、という思い込みがクラーク様にそう思わせているだけですよ。それ、他人の考えです。ご自分の人生なのに他人の考えのために苦しむなんて、人生の無駄遣いです」

「他人の考え……でもそれが普通じゃないですか」

「クラーク様が気になさっていらっしゃる『普通』からすると、私とノンナは『普通』からとんでもなく外れております。ふふふ」


 クラーク様はきっと(確かに)と思われたのだろう。表情が少し明るくなられた。


「私もノンナも淑女の『振り』はできます。でも本当のところではとんでもなく活発でやんちゃです。それでも、ジェフリーはそんな私たちを愛してくれますし、私とノンナは幸せです。自分が幸せなら他人の言う『普通』なんて、聞き入れなくてもいいじゃありませんか」

「そうなのでしょうか」

「ええ! 人生はあっという間に過ぎ去ってしまうんです。私たちがシェン国に行っていた五年間も、過ぎてしまえば一瞬でした。クラーク様も他人の考えに左右されている間におじいさんになってしまいますよ?」

「先生、」

「なんでしょう」

「やっぱり先生はすてきな先生です!」

「ありがとうございます。ノンナのこともクラーク様ご自身の心で見てやってください。少々やんちゃですけれど、可愛い子です」

「ええ、ノンナは可愛いですよ」


 そうおっしゃってから(しまった)という顔になったクラーク様は、私が知っているあの頃の繊細な少年のお顔だった。


 

「さて、一日を無駄にしてしまったが、明日は出発しよう」

「ええ。『滝にぶつかるまで北に進め。風を見よ。勇気を持て』に従ってみましょう」

「お母さん、楽しいね!」

「楽しいわね、ノンナ」


 私たち一家がそんな会話をしている間も、クラーク様は手帳にたくさんの文字を書き綴っていた。記録係としてのお仕事に取り組んでる時のクラーク様は、責任感の強い大人の顔だ。


 翌日、青銅の壺は再びロウソクのロウで密閉して屋根裏ではなく地面に穴を掘って埋めた。

 天井を壊した以上、誰かがこの家に入ったら真っ先に注意を引いてしまうからだ。

 私は少し離れた場所に穴を掘り、壺を埋めて、上から落ち葉を被せて目立たないようにした。


「うん、離れて見てもわからない」

「お母さん、早く出発しようよ!」

「はあい。今行くわ」


 ポケットに入れてある羊皮紙は、落ち着いてからゆっくり読むつもりだ。


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