弁当裏
「どうしよう、俺の弁当の中になんかいる」
原田がそんなこと言い出した時、俺は「こいつもうだめだ」と思った。空気を察した原田はムッと眉をひそめる。
「ほんとに食われてんだって、一週間くらいずっと! 昼になって初めて弁当開けるじゃん、なのに米のとこちょっとへこんでんの。朝は満タンだったのに、ぜったい」
「ミッキー(鼠)の犯行だろ」
「害獣がフタ閉めて帰んのかよ」
「なら人間、お前の弁当がどうしても欲しいクラスの誰か。鬼重(柔道部員)とか轟(ラグビー部員)あたりの」
「女子の例を出せよぉ! 真剣なんだってば、聞け広瀬」
と、こっちを無視して身を乗り出す原田。
「昨日、部室のロッカーに弁当隠しといた。朝から昼までカギかけて。それでも食われてたんだぜ、絶対おかしいだろ」
まあ確かに、と言いかけたがクレバーな俺はふと思いつく。
「お前それ自分でやってんじゃないのか。無意識」
「えっまさかの夢遊? 俺いま起きてるよな広瀬、現実だよなリアル!?」
原田は似合わないシリアス面でバシバシ机をたたき始める。めんどくさくなった俺は適当にうけあった。
「それじゃあ弁当開けるとこ見てやるよ。二人がかりなら何かわかるだろ」
そしてやってきた昼休み。
俺は原田の机の横にしゃがみ、大きな弁当箱を水平視点で監視することにした。
弁当箱は四角い一段タイプで、フタの両脇にロックがついている。原田がそれをパコッとはずし、目くばせした。
「よし、開けるぞ広瀬。見逃すなよ広瀬。まばたき平気か? 潤ってる? ここにきて僕ドライアイですとかは勘弁しろよ?」
「うるさい早くしろ」
「イェッサ3、2、1、ゴー!」
パッ、と音がして目の前に弁当風景が現れた。
プチトマト唐揚げポテトサラダ。怪しい影はないが、原田の訴えどおりフリカケつきの白米が少し減っていた。
やられてるぞ、と言おうとした時。
目の端で何かがうごめいた。
俺の視線は原田が持ってるフタに吸い寄せられる。こまかい水滴がついた、紺色のプラスチックのフタ。
その片すみが、ぼこりと浮き出していた。
顔。
小さな青黒い顔だ。魚みたいな飛び出した目がぎょろりと俺を見た。
「うわっ!」
つい声をあげるとそいつはシュッと引っ込み、平らに消えてしまった。
「どうした!?」
と驚く原田が手にしているのは、何の変哲もないただのフタだ。
俺はまばたきして原田を見上げた。
「フタ、犯人はフタの裏だ。変な顔が隠れてる」
原田は「なにぃっ!」と目をつり上げてフタをにらむ。
「なるほどかくれんぼか、許さねえぞ弁当裏ぁ」
「なんだよ弁当裏って」
「名前がないと令状取れないじゃんよ」
原田は本気のアホの表情で手をふりあげた。
「かーちゃんの作ってくれたメシをタダ食いしやがって、ぜってー逮捕だからな! 手伝えよワトソン広瀬」
「どう考えても俺がホームズだろう」
「それでいいから名案出してくれ広瀬」
そういうわけで、俺たちは昼飯を食いながら弁当裏捕獲作戦を練りあげた。
盗み聞き防止としてフタをカバンの中に隔離しておくのも忘れなかった。
決戦は翌日の昼休み。
事情を知らない女子たちが「なにあれ……」「さあ、儀式?」と冷たい視線を送る中、俺と原田は弁当箱をはさみ向かいあった。昨日と同じ光景だが、勝負はこれからだ。
「いくぞ、せーのっ!」
原田が両手で持った弁当箱をひっくり返す。机の上で天地は逆さま、フタのロックをすばやくはずせば俺の出番だ。
「今だ!」
俺はご飯とおかずのつまった本体をつかみ、揺さぶってから勢いよく持ちあげた。
原田が押さえるフタの上に、ヒレカツや卵焼きがごろっとばらける。
白米は四角いかたまりになって現れた。
ずしりとした質量、しかしもぞもぞ動いている。
「む、むぐぅ」
小さなうめき声。
弁当裏だ。不意うちをくらって下敷きになった弁当裏が慌てている!
一気に興奮した俺は「よし証拠写真!」とスマホをつかんだ。
だが原田はものすごい勢いで白米に箸を突き立てた。
「も゛っ……!」
と濁った声がして弁当裏の動きがとまる。
教室から音が消えてみんなこっちを見た。
原田がにぎった箸をもう一度ふりかざす。ガツッ、と机ごと揺れる。
表情の消えた顔、額に浮く血管の影、力を込める拳のギリギリした緊張と黒い箸。
突き刺す。くりかえす。終わらない。
もう弁当裏の声はしない。
崩れかけた白米のすき間に鮮やかな赤色が染み出してきた。
( 了 )